騎士団長グレンとの試合
「おや……?」
「…………………………」
騎士達が訓練している横を歩く僕に向けられる、二つの視線。
――皇国の盾、“サイラス=ガーランド”。
――皇国の矛、“グレン=コルベット”。
この二人が、どうしても必要だから。
「ハッハ! まさかギュスターヴ殿下が、このようなところにお越しになるとはな!」
口
ヴァルロワ王国との戦争において、五万の軍勢に対して僅か五千の
その隣で澄ました表情をしている青年は、騎士団長のグレンだ。
彼もまたその武の才能により若干二十二歳で騎士団長の座に就き、エドワード王に付き従って数々の武功を上げる皇国の攻撃の要で、その凄まじい槍捌きと単騎で戦場を駆け抜ける姿から『疾風迅雷』と呼ばれ、王国から恐れられていた。
なお、その名字から分かるとおり、グレンはクレアの兄でもある。
僕は二人のゆっくりと歩を進め、二人の前に立つと。
「はじめまして。この度アビゲイル殿下の婚約者となりました、ギュスターヴと申します。以後お見知りおきを」
胸に手を当て、
「これはこれは、私は皇国軍を預かっているサイラス=ガーランドと申しますぞ。それでこっちが……これ、挨拶をせぬか」
「…………………………」
気さくに応じるサイラス将軍とは異なり、グレンは僕に鋭い視線を向けるだけで口を開くことも、会釈すらしない。
つまり、僕のことを認めていないということだ。こういうところ、兄妹だなと思う。
「ハア、まったく……それで、ギュスターヴ殿下はこちらにはどのような用件ですかな?」
「はい。せっかくですので、剣術の訓練をしようと思いまして」
「ほ……皇室の訓練場は使われないので?」
「ええ。一人で訓練をしても、上達いたしませんので」
僕の言葉に、訓練をしていた騎士達がこちらに注目した。
ひょっとしたら、手合わせをさせられるかもと考えているのかもしれない。騎士からすれば、いい迷惑だよね。
敵国の第六王子とはいえ、アビゲイル皇女の婚約者である僕に怪我をさせるわけにもいかないし。
しかも、もし僕を負かしたことで、主君であるアビゲイル皇女から
彼等にとって僕から手合わせは、全力で避けるべき災難みたいなものだろう
だけど、心配はいらない。
僕は、騎士達に手合わせをお願いしたりはしないから。
「グレン殿、お手合わせ願えますか?」
「っ!?」
深々とお辞儀をする僕に、さすがのグレンも目を見開いた。
まさか、自分が手合わせを求められるとは思わなかったのだろう。
「ブ……ブワッハッハッハ! これは何とも、豪胆な御仁だわい!」
隣で聞いていたサイラス将軍が、嬉しそうに豪快に笑う。
とはいえ、ここにいる全員がグレンの相手にならないと、そう思っているだろうな。
もちろん、僕だってこの男に勝てるとは思っていないさ。
「いかがですか? もちろん、あなたに負けたり、怪我をさせられたからといって、文句を言ったりするつもりはありません」
そんなもの、グレンが気にするはずもないけどね。
むしろ、この男に勝負を挑んだ大馬鹿者として、嘲笑の的にされるだけだ。
「グレン殿?」
「……承知しました」
僕が引き下がらないことが分かったんだろう。
グレンは
「では」
「いきます!」
木剣を構えるなり、僕はいきなり突っ込む。
王国でレナルドやあの騎士と手合わせした時と違い、様子見も小細工もなしだ。
ただ、自分の全てをぶつけるのみ。
だが。
「あぐ……っ」
開始から十分足らず。
僕の剣はかすりもせず、ただひたすらグレンに剣を打ち込まれていた。
あは、は……それにしても、一切手加減なしか。
おかげで僕は、
「…………………………」
無造作に剣を構え、僕を見下ろすグレン。
まるで、
すると。
「……やはり、あの御方には相応しくない」
「え……? がはっ!?」
グレンが呟いた瞬間、思いきり蹴りを入れ、僕は腹を抱えてのたうち回る。
「戦場では蹴られることも珍しくはありません。当然、このようなことも」
「が……うぐ……っ」
倒れる僕に、執拗に木剣を振り下ろすグレン。
な、なるほど……容赦ないね。
そして、僕のことが心底嫌いだっていうことも分かったよ。
「……ほう?」
「ハア……ハア……ッ」
剣撃を受けながらも、僕はみっともなく地面を転がって距離を取り、立ち上がる。
「あの御方の婚約者ともあろう方が、みっともないですね」
「あ、はは……おかしなことを言う。戦場で、見た目なんて気にするのか……?」
皮肉を
いずれにせよ、今の僕では実力差があり過ぎて手も足もでないことは事実。このまま続けたところで、さらに痛めつけられるのがオチだ。
じゃあ、もう降参して尻尾を巻いて逃げるかって? 馬鹿な。
皇国に来た時点で、僕に逃げ場なんてどこにもない。
それに……僕は、誓ったんだ。
王国への復讐と、アビゲイル皇女と自分の身を守るのだと。
だから。
「ぐ……っ」
「おや? 先程のように地面に倒れ……っ!?」
身体に木剣を打ち込まれるが、一歩も引かずただグレンを見据える。
それだけじゃない。次の一撃も、さらにその次も、僕は身体で受け止めるどころか、一歩、また一歩と足を前に出した。
「くっ! このっ!」
「は……はは……っ」
既に感覚が麻痺してしまった僕は、気づけば薄ら笑いを浮かべていた。
でも……それでも……こんな、なんの想いも込められていない剣なんかに、屈してたまるか。
僕の想いを……覚悟を、止められてたまるものか。
「これ、で……」
壁際に追い込み、ようやく後退をやめたグレン目がけ、木剣を振りかぶる。
顔にも散々打ち込まれたせいで、まぶたが腫れてろくに前も見えないけど、この男に一撃見舞うには問題ない。
そして。
「あ……れ……?」
僕は、そのまま地面に倒れ込み……意識を失った。
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