楽しみな二人 ※サイラス=ガーランド視点

■サイラス=ガーランド視点


「勝負あり、だな」

「…………………………」


 グレンの肩をポン、と叩き、私はギュスターヴ殿下を横たわらせる。

 だが……ハッハ。気を失っても、剣は離そうとせぬか。


 二人の戦いを見学しておった騎士達は、ギュスターヴ殿下を完膚なきまで叩きのめしたグレンに称賛の言葉を送っておる。

 それとは別に、殿下に対して心無い言葉を吐く者もそれなりにおるがな。


 かく言う私も、ギュスターヴ殿下に対して思うところがないわけでもなかった。

 突然結ぶこととなった休戦協定のおまけ・・・として、アビゲイル殿下の婚約者としてやって来たのだから。


 それもあり、昨夜のアビゲイル殿下とギュスターヴ殿下の婚約記念パーティーも、私は参加しなかった。聞いたところによると、このグレンも同じだったようだ。


 だからこそグレンも、ギュスターヴ殿下を認めず、あそこまで執拗にもてあそんだのだろう。

 はっきり申せば、グレンのしたことは主君への背信行為に等しく、到底許されるものではない。


 とはいえ、グレンとの立ち合いを望んだのはギュスターヴ殿下自身。であれば、たとえこのような結果になったとて、文句は言えんわい。


「さて……」


 それにしても、派手にやられおったな。

 幸い骨まではいっておらぬようだが、それでも、しばらくはまともに身体を動かすことはできんだろう。


 とにかく、良いものを見せてもらったわい。


「ガーランド将軍、どちらへ?」

「決まっておる。勝者・・を医務室に連れて行くのだ」

「え? 勝ったのはグレン団長ですが……」


 ハッハ、尋ねた騎士が、私の言葉を聞いて首を傾げておるわ。

 だが、騎士達に囲まれて苦虫を噛み潰したようなつらをしているお主なら、分かっておるだろう?


 お主が、自分よりも実力が数段劣るギュスターヴ殿下の気迫に押され、退いてしまったことを。


 ギュスターヴ殿下に、負けた・・・という事実を。


 ◇


「ギュ、ギュスターヴ殿下は!?」


 医務室に飛び込んできたのは、アビゲイル殿下。

 息を切らし、見るからに狼狽ろうばいしておられる。


 どのような時であっても表情を崩さない、あの『ギロチン皇女』と呼ばれた御方が。


「とりあえず、治療は終えております。骨に異常もありませんので、一週間程安静にしておれば回復するでしょう」

「ああ……ギュスターヴ殿下……っ」


 彼の手を取り、アビゲイル殿下は安堵の表情を浮かべる。

 よく見ると、その瞳に涙を溜めておられた。


「……それで、何故このようなことになっているのですか?」

「はっ……」


 恐ろしく低い声で尋ねられ、背中に冷たいものを感じつつも、私は事の一部始終について説明した。


 訓練中にギュスターヴ殿下が訪れ、挨拶もそこそこにグレンに勝負を挑んだこと。

 グレンに一方的に打ち負かされ、このように怪我を負ってしまったこと。

 何より……その気迫で、あの・・グレン=コルベットを追い詰めたこと。


「……確かに勝負に敗れたかもしれませぬが、グレンを退けたその気迫……長年ヴァルロワ王国との戦を繰り広げてきた私も、ここまでのものを見せられたことは滅多にございませぬ」

「つまりグレンが、私の・・ギュスターヴ殿下をこのような目に遭わせたということですね」

「「っ!?」」


 アビゲイル殿下の言葉に、私も、そばにおったグレンの妹も息を呑んだ。

 言葉を少しでも間違えれば、のように文字どおり首をねられてしまいそうだわい……。


「ま、誠に申し訳ございません! 兄に代わり、何卒なにとぞご容赦を……っ!」

「あなたが謝ったからといって、ギュスターヴ殿下の受けた苦痛がなかったことになるとでも?」

「い、いえ、決してそのような……っ」


 床に平伏すグレンの妹が、肩を震わせる。

 そうか……ギュスターヴ殿下といい、私もまだまだ人を見る目がないわ。


 氷のような冷たさを持つと思っておったアビゲイル殿下が、まさかその瞳の色のような苛烈さを持ち合わせておったとはな。


「……二人共、出ていってちょうだい」

「っ! ア、アビゲイル殿下……」

「聞こえなかったの? 出ていって」


 有無を言わさぬ声で、殿下は我等に退室を迫る。

 こうなっては、一切聞く耳を持たぬだろう。私はグレンの妹の肩を叩きかぶりを振ると、彼女はゆっくりと立ち上がり、力なく医務室を出て行った。


 一方、私はといえば、思わず口の端を持ち上げた。


 アビゲイル殿下の本来の気性を知れたことも僥倖ぎょうこうだが、ギュスターヴ殿下のグレンを上回るあの気迫。

 それに、今日の立ち合いではグレンの足元にも及ばなかったが、十五歳にしてあの実力は確かなもの。これからの将来に期待を感じさせずにはおれん。


 そんな原石を、この私が磨いてやれば……。


「ただし、それが皇国にとって良いことなのかは分からぬがな」


 たとえアビゲイル殿下の婚約者となったとて、出自は宿敵ヴァルロワ王国の王子。未来の強敵に仕立て上げることになるやもしれん。

 皇国の臣としては間違っているのかもしれんが、武人としての血を抑えることもできぬわ。


 何より……あの御方・・・・のお嬢様を、悲しませてしまったからな。


「ハッハ……これから色々と、楽しみだわい」


 二人の殿下の将来を思い、私は破顔した。

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