皇国の盾と矛

「マリエット、おかしなところはないかな……」

「はい! これならアビゲイル殿下も、ギュスターヴ殿下に釘付けになると思います!」


 身だしなみを整えた僕は、鏡に向かって尋ねると、マリエットが手放しで褒めた。

 少し気に入らないところではあるが、この女にとって僕がアビゲイル皇女を籠絡ろうらくし、きたる日に備えて駒として扱えるようにすることが至上命題。なら、嘘を吐くはずがないか。


「分かった。ありがとう」

「いえ! 今日も頑張ってください!」


 言われなくても……と言いたいところだけど、昨夜のこともあり、ちょっと緊張している。

 さすがに初日からいきなり部屋に忍び込むばかりか、感極まって泣くし、彼女をその……抱きしめてしまったし。やっぱりあれは、ほぼ夜這いだった。


 嫌われたということはないと思っているけど、それでも、少々やり過ぎたことは否めない。


「さあ、アビゲイル殿下がお待ちのはずです! まいりましょう!」

「ああ」


 覚悟を決め、僕はアビゲイル皇女の部屋へと向かう。


 そして。


「ギュスターヴ殿下、おはようございます」


 部屋の扉をノックすると、既に支度を終えたアビゲイル皇女が、優雅にカーテシーをした。

 昨夜のこともあるからだろう。より綺麗に映る彼女に、目を奪われてしまう。


「殿下……ギュスターヴ殿下……」

「へ? あ、ああ……おはようございます、アビゲイル殿下」


 後ろからマリエットに耳打ちされて我に返った僕は、慌てて朝の挨拶を返した。

 いけない、見惚れている場合じゃないよ。


「それでは、朝食にまいりましょう」

「はい」


 アビゲイル皇女の手を取り、食堂へと向かう。

 でも……。


「…………………………」


 昨夜のことがあったから、それなりの変化があると思ったけど、まるで仮面を被ったかのように無表情だ。

 一度目の人生・・・・・・で感じていた、彼女のように。


 色々と聞きたくなってしまうけど、マリエットやクレアがいる以上、夜まで待つしかないな。

 彼女の反応がそのようなものなので、僕はつい不機嫌になってしまう。


「お嫌いなものがあれば、遠慮なくお申し付けください」


 ……それ以外の僕に対する心遣いは、完璧なんだよね。

 今朝の料理も僕の好きなものばかりで統一しつつ、朝食らしくさっぱりとしたものや栄養にも配慮していて、文句のつけようがない。


 クレアは、アビゲイル皇女のこうした扱いに不満があるみたいで、先程から冷ややかな視線を送っているけど。


「ギュスターヴ殿下は、本日はどう過ごされますか?」

「僕ですか?」


 尋ね返す僕に、アビゲイル皇女が頷く。

 一度目の人生・・・・・・でもそうだったけど、第一皇女として数々の公務に就く彼女とは違い、皇国における僕の立場は彼女のお飾りでしかなく、公務などは一切なかった。精々、皇室主催の行事に顔を出す程度だ。


 なので、以前の僕は部屋に引きこもるか、自分の身を守るためにひたすら一人きりで修練に励むか、そのどちらかでしかなかった。


 とはいえ、この二度目の人生・・・・・・ではやるべきことがある。

 そのためには、時間なんていくらあっても足らないんだ。


 なので。


「王都からここまで、あまり身体を動かす機会がありませんでしたので、少したるんだ身体に活を入れたいと思います」

「そうですか」


 それだけ聞くと、アビゲイル皇女はもう用はないとばかりに食事に集中する。

 とりあえず、僕の予定を把握したかっただけのようだ。


「ご馳走様でした」


 会話のない食事を終え、僕達は席を立つ。

 マリエットとクレアが片づけに集中している、その隙に。


「……昨夜のことは、僕とあなただけの秘密ですからね?」

「っ!? は、はい……」


 念のため耳打ちをして釘を刺したら、彼女が耳まで真っ赤にしてうつむいた。

 人間味のない冷たい時間を過ごしたと思ったけど、最後にこんなにも可愛らしい反応を見せてくれたことで、僕は心の中で胸を撫で下ろした。


 やっぱり……彼女は彼女だ。


「それでは、失礼いたします」


 うやうやしく一礼し、アビゲイル皇女はクレアを連れて食堂の前から去る。

 送っていこうかとも思ったけど、ひょっとしたら僕がいたらまずい場面があるかもしれないので、念のため遠慮することにした。


 ……まあ、クレアの視線が『ついてくるな』と、はっきりと物語っていたけど。


「ギュスターヴ殿下は、食事中におっしゃっていたように、剣術のお稽古ですか?」

「そうだね。だから、マリエットはしばらく自由にしていていいよ」

「かしこまりました」


 マリエットもお辞儀をし、この場から離れた。

 さて……じゃあ、向かうとしようか。


 僕はきびすを返し、皇宮に併設されている騎士達の宿舎へと向かう。

 皇宮内にも皇族が利用するための特別な訓練場が備え付けられてあるが、僕はそこを利用するつもりはない。

 一度目の人生・・・・・・では、誰も人が来ないからと、もっぱらそこに入り浸っていたけどね。


 だけど、今回はそうはいかない。


 だって。


「おや……?」

「…………………………」


 騎士達が訓練している横を歩く僕に向けられる、二つの視線。


 ――皇国の盾、“サイラス=ガーランド”。

 ――皇国の矛、“グレン=コルベット”。


 この二人が、どうしても必要だから。

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