騎士との手合わせ

「ハア……ッ! ハア……ッ!」


 あの日・・・の最後の光景を思い出し、僕は過呼吸になり、胸をかきむしる。

 そうだ……僕は、戻ってきたんだ。

 全てに裏切られ、彼女を死に追いやるきっかけとなった、今日という日に。


「あ、あはは……っ」


 目が覚めて、三年前の婚約発表の日……つまり、今日の朝に死に戻ったことを知った時には、大声でわらったとも。


 だって、僕は僕を裏切り、罠にはめた連中に復讐することができるのだから。

 アビゲイル皇女を、あの結末に導かずに済むのだから。


 何より……あの日・・・の彼女の言葉の続きを、知ることができるのだから。


「そのためには、絶対に間違えるわけにはいかない」


 王国の連中は、あの日・・・……三年後の皇都制圧のために、用意周到に準備を重ねていた。

 アビゲイル皇女の夫である、僕の権限を利用して。


 逆に言えば、僕は王国がどのようにして皇都を制圧したのか、その全てを把握している。

 なら、それを逆手に取って、王国の企みをことごとく潰してやる。


 もちろん、それだけじゃ面白くないので、思う存分踊って・・・もらう・・・つもりだけどね。


「だけど……アビゲイル皇女との婚約式までは、まだ三か月もある」


 一度目の人生・・・・・・では、皇国に行くことが怖くて、ずっと部屋に引きこもって、時には恐怖に押しつぶされそうになって悪夢にうなされ、叫んだりした時もあった。思い出しただけで、穴があったら入りたい。


「……まあいいや。二度目の人生・・・・・・では、この期間を有意義に使おう」


 僕は拳を握って気合いを入れると、部屋を出て騎士達の訓練場へと向かう。

 ストラスクライド皇国内には、ヴァルロアの王子である僕を敵視している者は多い。


 もちろん、アビゲイル皇女が僕に絶対に手出しさせないよう、騎士に護衛させて守ってくれてはいたけど、その騎士自身の暴走などを含め、命の危険にさらされたことは一度や二度じゃなかった。

 なら、自分の身は自分で守れるようにしないと。


 ……いや、違う。

 あの日・・・の彼女を守れるように、強くなるんだ。


 ということで。


「九八一……九八二……九八三……ッ」

「「「「「……………………………」」」」」


 騎士達の訝しげな視線を無視し、僕は一心不乱に木剣を振る。

 一応、剣術そのものは一度目の人生・・・・・・での経験もあるため、それなりに備わってはいるものの、身体能力はあの日・・・から三年前に戻ってしまっている。


 何とかして、あの日・・・まで……いや、それ以上の身体に鍛え上げないと。


「九九八……九九九……一千……ッ!」


 剣の素振り一千回をやり遂げ、僕は膝をつく。

 やはり、まだ身体が出来上がっていないために疲労がすごい。


「ハア……ハア……つ、次だ……っ」


 僕は木剣を置き、走り込みを開始しようとして。


「ギュスターヴ殿下、少々よろしいですか?」


 一人の騎士が、声をかけてきた。

 だけど、その表情……どこか僕を馬鹿にしていることがうかがえる。


 ああ、知っているよ。王宮騎士は王家に忠誠を誓っているのであって、不義の子である僕をその一員として認めていないことを。

 僕だってオマエ達にそんなものは求めていないし、剣を捧げられても迷惑なだけだ。


「お一人で訓練をされても、なかなか上達しないでしょう。それに、剣の訓練は実戦こそが一番の近道。どうです、この俺と手合わせをしませんか?」


 なるほど……この騎士の目的は違うだろうが、基礎体力を含めそのほうが鍛えられるのも事実。

 なら、僕に否やはない。


「ありがとう、助かるよ」

「そうこなくては」


 僕は置いたばかりの木剣を再び手に取り、騎士に案内されて訓練場の真ん中へ移動する。

 他の騎士達も、僕達の様子を見て訓練の手を止め、こちらに注目した。


「さあ、はじめようか」

「ギュスターヴ殿下、それなりに持ちこたえてくださいよ」


 木剣を構える僕を見て、騎士は口の端を持ち上げる。

 さて……侮ってくれるのはいいが、真剣に相手してもらわないと訓練にならないんだけどな。


 なら。


「始……っ!?」


 王宮騎士団の副団長を務めるクレマン=バラケによる開始の合図を待たずに、僕は一気に詰め寄り、騎士の木剣を叩き落とした。


「ごめん……気がはやってしまったみたいだ」

「…………………………」


 僕は頭を下げて謝罪すると、騎士は無言で落とした木剣を拾う。

 だがその視線は、先程までのような見下したものから、僕に恥をかかされたことによる怒りに変わっていた。


「では、再び構え……始め!」

「うおおおおおおおおおおおおッッッ!」


 仕切り直し後の試合開始の合図と同時に、騎士が木剣を構えて突進する。

 冷静さを失っているせいか、動きも単調だ。


 とはいえ。


「ぐ……っ」


 体格も筋力も、素早さだって向こうのほうが上。体重の軽く非力な僕では、騎士の剣撃を受け止めるだけで押し込まれてしまう。


「ほらほら、どうしたんですか! これじゃ訓練になりませんよ!」


 思いきり木剣を打ち据えることができて、気分がよくなったのだろう。

 ついさっきまでの怒りの表情から一変し、あざけるような笑みを見せた。


 だが、この騎士は分かっていない。

 防戦一方とはいえ、有効打を一度も入れることができていないことに。


「ほら! ほら!」

「……っ!」


 ますます調子に乗り、騎士の剣は大降りになっていく。

 チラリ、と周囲をうかがうと、一部の騎士は異変に気付いているようだけど、それ以外の多くの者は盛り上がり、野次を飛ばしていた。


 そろそろいいだろう。


「さあ、これで終わり……っ!?」

「ああ、これで終わりだ」


 あごを上げてがら空きになった喉笛に突きを叩き込み、騎士がもんどり打って倒れる。


「ごぽ……ごぽぽ……」

「っ!? いかん! 早くコイツを医務室に連れて行くんだ!」


 白目を剥き、口から血の泡を噴いている騎士を、他の騎士達が血相を変えて運び出す。

 僕はその様子を見て、口の端を持ち上げた。

 の数を一人でも減らせたんだ。僕にとって、こんなに嬉しいことはない。


「っ! 次は俺が!」

「いや、私にやらせろ!」


 騎士の敵討ちとばかりに、残っている騎士達が次々と名乗りを上げる。

 だが。


「駄目だ! 手合わせはもうしまいだ!」


 王宮騎士団の副団長が強制的に終了させ、血気にはやる騎士達をたしなめた。

 このまま続ければ、僕に危害が及ぶことになりかねないからね。

 しかも、アビゲイル皇女との婚約だって控えているんだ。万が一のことがあったら、それこそ全員の首をねても責任が取れない。


「……ギュスターヴ殿下も、どうかこの辺で」

「ああ、分かったよ」


 忌々しげに睨む副団長を一瞥いちべつし、僕は何食わぬ顔で訓練に戻った。

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