第2夜 RING DING DONG
裏吉野の冬は厳しい。雪が降り凍てつくような寒さが身に染みる。
本当に春が待ち遠しいが、桜の咲く春になるまでにはまだ後2か月ちょっとはかかる。長い冬だ。
今夜もカイは僕の膝の上で丸まって僕の話を聞いているのか、それとも寝ているのか。
僕は火鉢の温もりを引き寄せた。
カイ、今日も寒いね。最近また、お祖母ちゃんの調子があまり芳しくないな。
暖かい春が来るのが待ち遠しいよ。桜が咲いたらおばあちゃんとまた桜を見に行きたいね。
今日は2月3日。そうだ、今日は鬼の話をしよう。
そう、鬼にとっては、今日はあまりよくない日だよね。
この話はね。この妖鬼神社の鬼神である大狗神様に聞いた話なんだ。
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節分、それは鬼にとっては一年で一番いやな日だ。
「鬼は外、福は内」その掛け声で鬼たちに豆を投げつけられる。
ただ、鬼というだけで。何も悪いことをしていなくてもな。
夜も煌々と明かりがともり、本当の闇が市中から無くなったこの現代での節分は、人間たちにとって厄を払い無病息災を願う日だが、鬼たちにとっては自分の本当の姿がばれてしまったのではないかとビクビクして過ごす一日だ。
だから、日本国内にいる鬼という鬼が現代の今でも今日の日を忌み嫌う。
だが、ここ吉野の節分は一風変わった様相を呈している。
「鬼は内、福は外」
この掛け声で豆を投げる。いにしえより人間たちに迫害され追い出された鬼たちが、この日吉野の山に集まってくるのだ。
そして、吉野の山は鬼たちを受け入れる。
中には福の神として人間界に迎え入れてもらえる鬼もいるが、大半は吉野にとどまり、この裏吉野で生活をする。
人間は異形の者を恐れ、排除しようとする。
本来、鬼も神も同じ生き物なのにな。
人間よりも悠久の年月を生き、人間にはかなわない力を持ち、そして異形の者。ただ、人間にとって都合がいいか都合が悪いか。それだけの事だ。
現に、我は犬神としてこの妖鬼神社に祀られておるが、我もまた鬼なのだよ。
我が若いころ。まだ人間も今ほどの文明を持っておらず、夜がきちんと闇の時間となり鬼たち妖がまだ暮らしやすかったころの話だ。
我は京都の四条河原町というところに住んでおった。
昼の明るい時間は、町の中の小さな祠で過ごし夜になって闇に紛れれば町の中に出るという生活をしていた。
その頃から、四条通は花街の通りでとても賑やかで華やかな町だった。
ある時、夜もかなり更けた時間に市中を歩いていると、若い娘が男たちに追われていたんだよ。
娘は本当に慌てていたんだろう、我にぶつかり転んでしまった。
我はその娘を助け起こして、後ろに匿い男たちと対峙した。
「大の男が3人もぞろぞろと、娘一人を追いかけていたぶろうとは何事ぞ。ちょうど暇を持て余していたところだ。我が相手になってやろう。」
そう男たちに言うと、男たちは我に向かって飛び掛かってきた。
「その女は俺たちの獲物なんだ。かっこつけやがって。」
男たちは勢いだけはよかったが、そんなに強くもなかった。
まぁ人間と狗神では相手にもならんのでな。
男たち三人は這う這うの体で逃げ帰っていったよ。
ただ、争った際、ちょっと楽しかったのか、普段は隠している尻尾が出てしまったんだ。
「ありがとうございました。助かりました。」
襲われていた娘が頭を下げてお礼を言った。
「こんな真夜中に、娘一人で街歩きなど危険であろうが。」
「私には闇も光も関係ありません。昼間であっても私の世界は闇ですから。この道は通いなれた道ですし、どうしても今夜行かなくてはいけない場所がありましたので、こうして出かけておりました。
助けていただき、ありがとうございました。」
「お主、もしや目がみえぬのか?そうか。
先程の輩たちがまた襲って来るやもしれん。うちまで送っていこう。」
そういうと、娘は少しほっとしたような顔をして、
「ありがとうございます。ちょっと怖かったんです。助かります。」
といった。
娘は一花といった。生まれつき目がみえず病気の父と二人暮らし。
病気の父親が喘息の発作が起こり、その発作に効くという野草を探しに出かけていたらしい。
その野草はいつも生えているところは知っていたし、匂いで分かるからいつものように出かけたら、男たちに襲われたらしい。
家まで送り届けた後、我はいつもいる祠へ戻った。夜も明けたからな。
数日後、しんしんと雪が降る日だった。
祠でのんびり寛いでいると、祠の外で我を呼ぶ声がした。
「狗神様。おられませぬか?先日のお礼に伺いました。」
先日の娘が来ておった。
「もし、居られるなら、外に出てきてもらえませぬか?それとも昼間はお出にならないのでしょうか?」
鬼の中には昼間の光が苦手な種もおるが、我は昼の光を浴びることができる。ただ、明るい時間に出歩くには目立ちすぎる風貌だから、昼間は隠れておった。
「一花か。どうした?」
「あぁ、狗神様。先日のお礼に伺いました。
こちら、私が働いています料理屋の稲荷です。お口に合いますかしら?」
「これはかたじけない。おお、此れはうまそうな稲荷だな。いただくとしよう。」
小さな稲荷が折りの中に整然と並んでおり、とてもおいしそうな香りがした。キツネ色の揚げが食欲を誘う。
一つ口の中に入れると、甘く味付けされた揚げの出汁の香りが口の中に広がる。一度、噛めば揚げの中の米がほろほろと口の中にほどけて、噛めば噛むほどに米の甘みと揚げの出汁が相まって幸せな相乗効果を生み出す。
我は、狐ではないが稲荷が好きなのだ。
「うん、旨い!!」
そういうと、一花はとても嬉しそうな顔をした。
「よかった。狗神様はお稲荷がお好きなのですね。
もしよろしければ、時々お持ちしますね。」
「それは、とてもありがたい。我は稲荷が大好物なのだ。これで、二つ楽しみが増えたよ。」
「二つ?」
「二つ。稲荷を持ってきてくれるのは一花なのだろ?稲荷も嬉しいが、一花と話ができるのも我は嬉しいぞ。」
そういうと、一花は顔を真っ赤にして下を向いてしまった。
「ん?我は何かおかしなことを言ったのか?」
一花は真っ赤な顔のまま、我にお辞儀をして走って帰ってしまった。
でも、一花はその次の日もまたその次の日も稲荷をもって我のもとにやってきてひと時を過ごしそして、夕刻には帰っていった。
ある日、その日はちょうど節分の日で、雪も降り芯まで冷えるような日だった。その日も一花が訪れてくれるものと思って祠で待っておった。
だがその日はいつもと様子が違った。
「狗神様!逃げてください。早く!!」
一花の声がしたので、祠から出て様子を見ると、いつぞやの暴漢3人とほかにも数人の男たちに羽交い締めされた一花がみえた。
「何をしておる。一花を放せ。」
「っけ。カッコつけやがって。お前、鬼だよな。
鬼には豆をぶつければ退治できるんだろ。今日はな、節分なんだよ。お前たち鬼を追い出す日だ。
お前たち鬼はな、人間なんかと仲良くなんかできないんだよ。
女を助けたかったら、さっさとこの街から出て行ってもらおうか。」
我が、本気を出せばあんな奴ら一握りなのだが、一花が奴らの手の内にいるとなると、なかなか手を出しずらいのと、あと奴らが持っている柊とイワシの頭がどうしても嫌でな。
「一花を離せば我はこの町を出て行く。だから、一花に危害を加えるな。」
そう、言ってしまったんだ。
鬼は噓をつかない。嘘がつけないのだ。嘘をつく必要もないしな。
だが、奴らは一花を離さなかった。そして一花を凌辱しようした。
だから、我は奴らを一人ずつ伸していった。
一花の目が見えなくてよかったよ。
もう立てないやつもいたかもしれない。10人ほどいたが、ほとんどは腕や足が折れていただろう。手加減なんかしなかった。ただ命だけは助けてやった。まぁ、死んだほうが良かったと思うかもしれないがな。
我は、悪漢どもをコテンパンに伸してしまったので、もうその祠にはいられなくなった。
だから、一花への手紙を残して我は吉野へやってきた。
「一花の稲荷はうまかった。幸せになれ」とだけ残してな。
我が、この吉野へ来た理由だよ。
悲しい話ではない。我には永い寿命がある。人間の寿命は我々には儚すぎる。こんな出会いなんぞ、腐るほどあるわ。
ただ、この出会いは忘れられぬのだよ。
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カイ。人間の一生は本当に短いね。
ここにいる鬼たちも、いろんな思いを抱えて生きているんだよね。
みんなが幸せになれる方法ってあるんだろうか?
僕たち鬼や妖も人間も幸せになれるってことあるだろうか?
ん?カイもう夜が明けるね。今日も一日寒くなるかな。
早く春が来るといいのにな。
『人間同士は争いばかりだね。人間は愚かな生き物だよ。人間の時間は短いのに、もっとその時間を大事に使えばいいのに。
私利私欲のために争うより、自分も仲間も大事に今の時間を大事に生きればいいのにな。僕はそう思うよ。ジン。』
カイはジンにそう言った。でもジンにはまだそれは聞こえていなかった。
カイが話せるようになるのはまだ先の話。
裏吉野千夜一夜物語 KPenguin5 (筆吟🐧) @Aipenguin
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