裏吉野千夜一夜物語

KPenguin5 (筆吟🐧)

第1夜 ツキヨミ

「今夜は月がきれいだね。カイ。今日はスーパーブルームーンって言うんだって。月が大きく見える日なんだよ。月との距離が短くなってるんだって。」

僕は美しい月に見とれている。膝の上には祖母が飼っている猫のカイが丸まっている。

最近、祖母の体調はあまり芳しくない。床で「そろそろお迎えの時期なのかしらね。」という祖母に、かける言葉もなく家族としてはとても心配だ。

僕は、おばあちゃん子だったから、日々弱弱しくなっていく祖母を見ていると、悲しくなってくる。そんな僕を気遣っているのか、カイは最近僕といる時間が増えた。


カイはいつからこの神社にいるのかわからない。祖母が言うには、祖母が物心つくころにはもうすでにこの神社にいたという。普通の猫ならすでに寿命が尽きてもおかしくないはずなのだ。

ただ、ここは裏吉野。妖が普通に暮らす集落である。

猫は、長生きをすると猫又という妖になるといわれている。猫又になると人の言葉を理解し、二足歩行をする。そして尻尾が二股に分かれるらしい。

カイの尻尾はすでに二股になっているし、人の言葉を話したりはしないが、僕たちの会話を理解している様子を見せることがある。

すでに、猫又になっているんだと思う。


「カイ、月には月の神様がいるんだよ。太陽に太陽の神様がいるように。月には月読尊、太陽には天照大神。

そう、あれはこんな月が大きく美しく見えた日だった。今夜は眠れそうにないから、僕の話聞いてくれるかな。カイ。」

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ツキヨミノミコトは天照大神と兄弟だ。

伊弉諾尊が左目を洗ったときに天照大神、右目を洗ったときにツキヨミノミコトが生まれた。

その後、鼻を洗ったときに生まれたのが須佐之男命だ。

この三人の神は三貴神と呼ばれてる。とっても有名な神様だよね。

実は、僕はツキヨミノミコトに会ったことがあるんだ。

僕がまだ幼い子供だった頃の話。


ある時、僕はすごい高熱を出して寝込んだことがあるんだ。ほんとはその日、お祭りがあってユウタやユウタの仲間の天狗たちと遊びに行く約束をしていたんだけど、行けなくなっちゃって、悔しくて泣きながら寝ちゃってたんだね。

夜中にトイレで目が覚めた。家族はみんな寝てるし、怖かったけど一人でトイレに行った。

うち古い家だから、縁側の先にトイレがあるだろ?トイレをして縁側を通った時、見上げた夜空に浮かんでいた月が、いつもよりかなり大きかったんだよね。

見ていたら、包み込まれてしまうんじゃないかと思うぐらい大きく思えた。

僕は、今なら月に触れるんじゃないかと、縁側から降りて外に出たんだ。


月を目指してふらふらと歩いていたんだけど、いくら歩いても月にたどり着かない。

僕は途中で疲れたのと家からかなり離れちゃったことで、怖くなっちゃって、大きな木の下でしゃがみ込んで泣いちゃったんだ。

どれぐらいそうしてたんだろう。泣きつかれてふと見ると、僕の前に背の高い細身の白い着物を着た男の人が立っていたんだ。

ぼんやり白く光ってるようにも見えて、すごく不思議だった。


「おい、坊主。」

突然話しかけられて、びっくりした僕は、震えて声が出なかった。

その人は、とにかく髪も肌も白くてそしてすごく綺麗だった。

「生者の匂いがするな。迷子か?ふんっ。迷い込んだのか。

お前が来るところではない。帰れ。」

そう言われても、帰る道も分からなくなっていたし、歩き疲れてへとへとでもう動く気力も体力も残ってなかった僕は、どうしたらいいかわからなかった。だから、ただべそをかいていたんだ。

「早く帰れ。でないと本当に帰れなくなるぞ。」

「どうやって帰ったらいいのかわかりません。道が分からなくなりました。」

気力を振り絞ってそういったんだ。

「このまま、こうしていると冥界に連れていかれてしまうぞ。

仕方ない、この面をかぶって私の傍におれ。絶対にその面を外したり、声を出したりするでないぞ。声を出したり、顔を見られたりすれば、奴らに見つかって黄泉の国に連れていかれる。そしてもう二度と戻ることはかなわぬ。よいな。」

その人はそう言って、狐の面を僕にかぶせたんだ。


しばらくすると、僕たちの前を何か黒い影のような行列が通り始めたんだ。

影はゆらゆら揺れているし、そしてどんどんやってくる。

よく見ると、泣いているような影もあるし、怒って隣の影に殴りかかっているようなものもある。人なのかそれとも何なのか、僕はわからなかった。

その人のような影は大きな月の中に吸い込まれていったんだよ。


僕は、とにかく怖かった。連れていかれたら、もう家に帰れないと思うと怖くて怖くて仕方なかった。ガタガタ震えて大声で泣き叫びたかった。でも声を出すと連れていかれるといわれたし、目をつぶって必死に堪えていたんだ。

今思えば、あれは死んだ者たちの魂だったんではないかと思う。


僕は必死に声を出さないように堪えていたんだけど、急に声がしたんだ。

「ツキヨミ様、滞りなく。」

僕は恐る恐る目を開けた。そしたら、山ほどの大きな鬼が目の前にいて、僕を見下ろしていたんだ。その恐ろしげな姿に僕は思わず、

「ヒッ!!」

と声を出してしまった。鬼に気づかれてしまったと思った。

するとその大きな鬼が僕の頭をつかんだ。僕はもうだめだと思った。もうみんなのところに戻れないと、泣き叫びそうになったんだ。

そしたら、その大きな鬼が僕の口をふさいで、

「お前も鬼か?」といったんだ。

僕の母は人間だけど、父は鬼だから、僕は半鬼なんだ。

その鬼はニヤリと笑うと僕は目の前がクラクラして意識を失ってしまった。

意識を失う直前ににその鬼が「勇太、大きくなったな。」って言ったような気がした。


翌朝、僕は縁側で寝ていたんだよね。母さんが起きた時に僕が寝床にいなくて探したら、縁側で眠る僕を見つけて、びっくりしたらしい。

母さんに起こされた僕は、昨夜起こったことを話したんだけど、母さんは夢でも見たんだとまともに取り合ってくれなかった。でも、僕の手元にはツキヨミ様に被せられた狐面があったんだ。

その日、ばあちゃんがこっそり僕に言ったんだ。

「勇太が昨夜体験したことは、ツキヨミ様の冥途行脚だよ。よく戻ってこられたね。

昨夜は月が一番大きくなる日だったから、死者の魂が行く黄泉の国への道が開いたんだ。お前はそこに迷い込んでしまったんだよ。本当に戻ってこられてよかったよ。」

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「カイ、あれから僕はその冥途行脚には出会ってない。でもね、僕はやっぱり月が好きなんだね。なんか妖しくて、優しくて、いつも僕らを見守ってくれてる気がするんだ。あと、最後に抱き抱えてくれた鬼はもしかしたら、父さんだったんじゃないかと思うんだ。

ツキヨミ様に次に会うのは僕の命が終わった時なのかな。

ばあちゃんはまだまだ連れて行ってほしくないんだよね。まだ僕の傍にいてほしいんだ。ツキヨミ様、僕のお願い聞いてくれるかな。


カイ、そろそろ空が明るくなってきたよ。今日も一日いい日になればいいね。

僕の話に付き合ってくれてありがとね。」


カイは僕の膝の上から降りて、背伸びをして「ナァ」と鳴いた。

そして、たぶんまた、ばあちゃんの枕元に向かったのだろう。

僕は、立ち上がりゆっくりと伸びをして、朝の空気を吸い込んだ。











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