195. 蘇生

 生きていることに何か意味があるなんて彼女は考えていない。


 意味があったとして罪が許されるわけでもなく、意思がなかったとして過去が消えるわけでもない。


 人生に意味はない。


 意味があるかどうかは関係ない。


 結局は自己満足だ。


 誰かを救いたいという自己満足。


 どうしようもないほどのお人好しである彼女は、傷つけるよりも救うことを望んだ。


 しかし皮肉なことだ。


 その手で多くの者達を傷つけてしまったのだから。


 満足のいく人生だったなんてことは口が裂けても言えない。


 良い人生だったなんて死んでも言えない。


 それでも彼女はたしかにここにいた。


 たしかにここに生きていた。  


 良い人生でもなければ満足のいく人生でもないが、一つだけ望みを叶えることができた。


 多くのものを殺し、たった一つの命を救うことができた。


 アークを生き返らせることができた。


 愛する人を救うことができた。


 愛する人と一つになることができた。


 マギサ・・・・はアークの中で永遠に生き続ける。


◇ ◇ ◇


 ここは……どこだ?


 わからない。


 何もない空間だ。


 白い空間。


 白なのか?


 白いという感覚があるが、本当に白かはわからない。


 というか、そんなことどうでもいい。


 オレはどうなったんだ?


 死んだのか?


 死か……。


 二度目の死だ。


 前の人生でオレはたくさんの後悔をもって死んだ。


 最期は誰にも見向かれもせずに死んだ。


 ああいう最期は絶対に嫌だ。


 そういう人生がイヤで、オレはこの世界で自分勝手に生きた。


 貴族に生まれ変わってラッキーだった。


 すべてオレの思い通りにやれた。


 本当に良い世界だった。


 世界はオレのために回っていた。


 気楽だった。


 気分が良かった。


 前世でのオレが不幸だったから、世界がオレに良い夢を見せてくれたような気がする。


 本当に良い夢だった。


 他人のためじゃなく自分のために生きる世界はなんて素晴らしいものだろう。


 後悔がない。


 やりたいように生きて死ぬというのは、思いの外気持ちが良いものだ。


 やりたいことを何もできずに長生きするよりも断然良い。


 オレがいなくなったことで、おそらく他の奴らは喜ぶだろうな。


 なんたってオレは悪徳貴族だ。


 好き放題やってきた。


 干支も指も軍も領民も学園のやつらもみんな喜ぶだろう。


 解放されたと言って喜ぶだろう。


 ふははははははははっ!


 それなら貴様らを解放してやろう!


 せいぜいオレを侮辱するといい!


 オレがいなくなったあとでどれだけオレを侮辱しようが構わん!


 オレには永遠に届かんのだからな!


 ふははははははははっ!


 これが勝ち逃げというものだ!


 死んで勝ち逃げか、最高の気分だ!


――アーク様。


 ん?


 誰かの声が聞こえる。


 これは……マギサ?


 なんでマギサの声が聞こえるんだ?


 よくわからんが、呼ばれているからオレは声のするほうに行ってみた。


 まあ体なんてないんだけどな!


 ふははははっ!


◇ ◇ ◇


 マギサの神級魔法の話をしよう。


 いくら神級魔法とはいえ人間をまったく同じ状態で生き返らせることはできない。


 だが、もちろん例外もある。


 アークの死因が生命エネルギーの枯渇、つまり魂の消失だ。


 魂が完全に消滅してしまえば、当然、蘇生は不可能。


 しかし、実際は魂がこの世から完全に消えるまでに多少のタイムラグが存在する。


 マギサがやったことはシンプルで、神の遺物ヴェスティージをコアとし、アークの魂の残骸を結合させる。


 正確には欠損した魂を完全な状態に戻す作業である。


 そして完全な状態に戻った魂を軸として肉体を再構成させる。


 やっていることはシンプルだが、難易度は鬼のように高い。


「――――」


 誰もが見つめている中、


「ん?」


 アークがむくっと起き上がた。


 創生魔法によってアークが復活したのだった。


 その代償としてマギサの中に眠っていたもうひとりの存在マギサは消失した。


 だが、それも彼女の望み。


 こうしてアークは生き返ったのだった。

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