194. アーク死亡
カミュラは
地下から出ると、世界は一変していた。
うじゃうじゃと現れる魔物の群れ。
だが、問題はそこではない。
問題は空だ。
空がぱっくりと割れている。
黒と白の2つの力がぶつかり合っている。
闇と氷。
終末を彷彿とさせる光景だ。
「アーク様」
まがまがしい闇に対抗するように氷の世界、ニブルヘイム。
カミュラは即座にアークがヘルと戦っているのだと理解した。
彼女は道を塞ぐ魔物を、
だがしかし――。
「――――」
唐突に音がやんだ。
まるで世界が止まったかのような静寂が訪れた。
戦いが終わったようだった。
「……ッ」
胸がざわついた。
心臓をぎゅっと何かに掴まれたように、冷や汗がツーっと頬を伝う。
ようやくカミュラはアークのもとにたどり着いた。
そこでは人だかりができていた。
みなが無言になっていた。
その中心でアークが目を閉じていた。
カミュラは何が起きているのか、理解できなかった。
いや、理解を拒んでいた。
戦いが終わったということは、どちらかが負けたということ。
いまだにヘルの脅威が、濃密な死の気配が古城に漂っている。
負けたのはどちらか――。
そんなのは明白だった。
「そん、な……」
カミュラはその場で崩れ落ちる。
戦いに絶対など存在しない。
だけど、アークが負けることはないと考えていた。
今までだってそうだった。
どんな敵が現れようと、アークが不敵な笑みを浮かべながら倒していった。
たとえ敵が死の神ヘルであっても、アークなら倒してくれるだろう。
最後は自信たっぷりな声で勝利を宣言してくれるだろう。
カミュラはそう思っていた。
だが、
「――――」
アークは目を覚まさない。
――アークが死んだ。
◇ ◇ ◇
アーク、死亡。
アークにとってのはじめての敗北。
ヘルにやられたわけではなく、自滅によって死んだのだ。
魔力を使いすぎ、生命エネルギーまでも使い果たしてしまった。
力を使いすぎたアークの髪は真っ白になっていた。
しかし、アークは魔物になることはない。
なぜならアークは魔物となる核である魂を使い果たしていたからだ。
それは幸というべきか。
もしもここでアークが魔物となり、襲いかかってきたとしたら絶望だろう。
不幸中の幸いというのは、まさにこのときに使うような言葉だ。
もちろん、誰も”幸い”などとは思っていないが――。
言葉をなくし、呆然と佇む人々。
誰もなにも言えずにいた。
「そ、んな……」
カミュラが到着する。
誰もカミュラのほうを向かない。
「なんで……?」
カミュラが呆然としながら問いかける。
「アーク様はこの世界を救うために、その命を犠牲にして戦いました。魂を代償に戦い続けました」
静寂の中、マギサが答えた。
マギサはギュッと手を握る。
血が滲んでいるのにも気づかないくらいに強く――。
もしもアークの隣で戦える力があればこんな結末にはならなかった。
弱かったのだ。
誰も彼も彼女もアークの隣に立つにはふさわしくなく、アークをひとりにしてしまった。
マギサは弱さ故に、その立場に甘んじてしまった。
「ごめんなさい」
誰の謝罪かはわからないが、それは彼女らの総意だ。
弱く、頼り切ってしまったことへの謝罪。
「……っ」
音を立てて、カミュラのもっていた
コロコロと転がり、マギサのもとにたどり着く。
マギサが
「……これは?」
「アーク様に頼まれたものです。ですがっ! こんなもの、もう何の意味もございませんっ!」
到着が遅かったことを嘆くカミュラ。
もう少し早ければ、早くにアークに渡していればアークが魔力を使い切って死んでしまうこともなかっただろう。
カミュラは自身の行動の遅さを嘆いた。
「アーク様からご依頼を受けていたのですか?」
マギサは再度確認するようにカミュラに尋ねる。
「はい……」
マギサは
こんな濃密な魔力を有するものを今まで見たことがない。
そして同時に考える。
もしもこれがあれば、創生魔法が完成する。
人間を創り出すことができる創生魔法。
異なる世界線でのマギサは、死の世界を通ってこちらの世界に顕現した。
その際に、マギサは自分の身体を創生した。
しかし、創生魔法は不完全であり、時間とともに彼女の体は蝕まれていった。
そこでクリスタル・エーテルを使ったが、クリスタル・エーテルでは不十分だった。
アークがなぜカミュラに
単純にこれがあればヘルとの戦いに活かせるだろう。
シンプルに考えればそれが答えだろう。
だがしかし、今までアークは他の人が考えつかないようなことをやってのけてきた。
神の視点のように全てを見通してきた。
アークがこの戦いの前に見ていたものは何か?
マギサの中に眠る、もうひとりの
創生魔法。
神級魔法。
神の魔法。
マギサの力。
これを使うことで奇跡を起こせる。
彼女はやり方をわかった。
彼女の中にいる彼女が教えてくれた。
マギサのもつ神級魔法の行き着く先は、蘇生。
創生魔法の最終形態は人を創ることであり、人を蘇らすこと。
壊れしまった器はもとには戻らないなら、最初から創り直せば良い。
暴論だ。
しかし、その暴論がまかり通るのが神級魔法だ。
だが、神の力とは言え、これほどの力を使うには代償が必要となる。
創生魔法はオーディンの魔法だ。
相応の対価が必要になる。
その犠牲は、マギサ自身の命。
術者本人の命を捧げることでアークが復活するなら――。
そう考えたときにマギサの中から声が聞こえてきた。
――私を使ってください。
それはもうひとりのマギサ。
彼女はマギサの中で生き続けていた。
――いま、確信しました。このために私は生きていたのです。どうか、遠慮せず使ってください。それが私の願いです。
一つと犠牲にして一つを救う。
それはマギサにとっては究極の選択。
救えるならどちらも救いたい。
しかし、それはできない。
それならばマギサは選択をしなければいけない。
人を殺し、人を活かすということを――。
マギサは覚悟を決めた。
一人の命を犠牲に、神の所業、蘇生を始めた。
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