189. 英雄は遅れてやってくる
かつて学園で起きた事件。
そしてアークが解決した事件。
学園がまるごと術式に覆われ、死んだものが次々と魔物になっていった。
あのときはクリスタル・エーテルを媒介に魔法陣が発動され、学園に混乱をもたらした。
もしもアークがいなければ被害は甚大だっただろう。
事実、原作では学園が崩壊した。
しかしあくまでもこの事件は学園という狭いエリアで起きただけのもの。
これがもっと広い範囲だったらとしたら?
想像を絶するほどの被害になる。
「くっくっく……。はははははははっ! 終わりのはじまりだ! 国の滅亡が始まる!
余の代ですべてを終わらせるのだ!」
ウラノスが発動した術式も、学園で起きた事件とまったく同じのもの。
それでは今回の術式範囲は一体どのくらいなのだろうか?
そもそもなにを媒介としているのか?
王都の結界だ。
第一王子が王都を一日で陥落できたのも、結界が機能を失っていたという理由も挙げられる。
そして、王都の結界は地脈を利用して作り上げられており、クリスタル・エーテルよりも遥かに多くの魔力を結界に供給できる。
さらに地脈の場合、半永久的に結界に魔力を供給し続けることができるのだ。
術式の効果は王都を中心として国全土に及んでいた。
特に王都に近づくほど、その影響力は大きかった。
今回の戦争では大勢の死者が出た。
死者が魔物となって暴れ始める。
これこそが本当の
地獄絵図が広がっていた。
闇の手が望んだのは、この地獄絵図。
そのための戦争であった。
ウラノスの死がトリガーとなって魔法が発動し、国王自らが国を崩壊させるという図式だ。
ナンバーⅣ、怠惰のウラノス。
ウラノスがヘルから賜った力は、国を崩壊させるための力であった。
生前、怠惰を貪っていたウラノスは死んでから初めて勤勉さをみせるのだ。
ちなみに原作では、ウラノス王はシュランゲの血の池によって息の根を止める。
そして原作でも同様に、ウラノスの死をきっかけに国中が地獄と化す。
原作でもこの世界でも同じようにストーリーが進んでいる。
果たしてこの地獄を止めることができるのだろうか。
それは誰にもわからない。
◇ ◇ ◇
「弱い、弱すぎるぞ。オーディンの子よ」
ヘルは失望しながらマギサとルインを見下ろしていた。
マギサとルイン――彼女らは神級魔法の使い手と稀代の天才魔法使いである。
同年代であれば、彼女が負けることはほとんどないだろう。
同年代に限らず、この二人の技量はトップクラスだった。
だが、相手が悪い。
死の神、ヘルである。
原作でも当然のように作中最強キャラだった。
二人がいくら凄腕の魔法使いであろうと、ヘルを倒すのは無理である。
他の敵と比べても頭一つ抜けている。
彼女らもよく戦った方である。
マギサは同時に30体のゴーレムを操って戦い、ルインは
しかし力の差は歴然。
ヘルは力の半分も出さずに彼女らを圧倒した。
ヘルには2つの力がある。
ヘル本来の死の神としての力と、英雄スルトの力である。
この程度の相手に使うのはもったいないと言わんばかりに、ヘルは死の神の力を使わずに戦っていた。
英雄スルトの力だけで二人を圧倒した。
さらにいえば、ヘルはスルトの扱っていた剣――レーヴァテインを持っていない。
本来の力とは程遠い中で、マギサとルインに完勝したのだ。
「オーディンの子とはいえ血が薄まりすぎたか。やはりアークが異常なだけのようだ」
ヘルが二人に向けて手のひらを向けた。
「……」
マギサは立ち上がろうとするが、
「ムスペルヘイム」
それよりも先にヘルの手から炎が解き放たれた。
ムスペルヘイムの炎はすべてを焼き焦がす。
その灼熱を前にして、マギサは歯を食いしばった。
「……ッ」
ムスペルヘイムは神級魔法である。
その炎を防ぐには同じ神級魔法が必要である。
マギサも神級魔法を扱うことはできる。
だが、彼女の魔法で作り出されたゴーレムたちは灰となっていた。
唯一ソードマンだけがかろうじて立っていたが、それで何ができる?
いや、まだできることは残っている。
「ルインを守りなさい!」
マギサはとっさにソードマンに指示を与えた。
何もやれなくても大事な人は守りたかった。
「な……ッ」
ルインが驚愕に目を見開く。
そしてムスペルヘイムの炎がマギサを飲み込もうとしたとき――
「――ニブルヘイム」
全身を焦がすほどの灼熱が一気に冷却された。
マギサを守るように氷の壁が作られていた。
否――それは氷の壁というより、氷の空間。
「――――」
ムスペルヘイムの炎とニブルヘイムの氷がぶつかり合う。
神級魔法同士の衝突は空間に亀裂を発生させ、衝撃波を生んだ。
「……ッ!」
マギサとルインは同時に吹き飛ばされる。
マギサは後ろに吹き飛ばされる中、一人の男の姿を目に入れた。
彼女が心から信頼している人物。
どんな状況でもなんとかしてしまえると思える英雄。
アークが不遜な笑みを浮かべながら立っていた。
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