190. 死の予感

 ニブルヘイムには欠点がある。


 それは範囲指定が難しいことであり、周囲を巻き込む危険があることだ。


 逆にニブルヘイム・ゼロは範囲が限られ過ぎている。


 要は強力な魔法故に使い勝手が悪いというのがニブルヘイムの欠点である。


 だが、今のアークはその欠点を補うことができた。


 アークとファバニールの戦いにおいて、アークは地脈を用いることで限界を超えるほどの力を使いニブルヘイムを放った。


 それによりファバニールを倒すことができたものの、反動としてアークは魔力回路と刻印が完全に繋がってしまった。


 それはつまり、魔力回路が開いた状態ということ。


 魔力回路が開くとは、無制限に魔力を吸収し続けるということ。


 魔力を使い放題になる為、戦闘面においてはメリットが大きい。


 さらに回路が繋がったことにより、魔力コントロールの精度も向上していた。


 つまりどういう状況かというと、アークは想像したとおりに魔法を扱えるようになっていた。


 ある意味、魔法使いとしての究極の状態である。


 こうしてアークは無意識に史上最強の魔法使いになっていたのだった。


◇ ◇ ◇


 ふはははははっ!


 やはりRPGってのは敵が出てなんぼだな。


 敵を倒しまくって経験値たくさん手に入れたぜ!


 まあ経験値なんて概念ないんだけどな!


 ふははははは!


 レアアイテムであろう赤い宝玉も手に入れたことだし、そろそろボス戦でもやるか。


 こういうのは頂上にボスがいると決まっている。


 というわけでオレは頂上目指して走った。


 なんかナンバーズとか名乗ってるやつがうじゃうじゃ出てきたが全員ぶっ倒した。


 他のやつらよりもちょっと強かったが……まあ大して変わらん。


 雑魚狩りはもう飽きた。


 ボス倒して財宝ゲットしてやるぜ!


 ふははははっ!


 そしてオレはついにたどり着いた。


 ボスの場所に!


「ムスペルヘイム」


「ニブルヘイム」


 オレは直感に従ってニブルヘイムを放った。


 次の瞬間、


「――――」


 衝撃波が襲ってきた。


 だが、それがなんだ?


 オレはガルム伯爵だぞ?


 ふははははっ!


 その程度で倒れるほどやわではないわ!


「ニブルヘイムの番犬よ。久しいな」


 え、誰?


 知らないんだけど。


 って、あれ?


 こいつ……スルトじゃね?


 いや、違う。


 スルトじゃない。


 同じ顔だが……雰囲気が全く違う。


 まさか……こいつも双子?


 マギサとマギみたいな関係か?


 この世界、双子多すぎるだろ。


 まあいいか。


 オレは直感でわかる。


 こいつがこの城のボスだ。


 つまり、こいつを倒せば秘宝、財宝を手に入れられる!


 ふははははっ!


「オレは貴様を倒して前に進む。そしてその先にあるものを手に入れる」


「私を倒して未来を掴み取ろうというか」


 オレは「ああ」と言って頷く。


 やはり、こいつを倒せば財宝が手に入るわけだ。


 オレの未来、それはつまり財宝を手に入れた夢の未来だ。


 それを掴み取るためには、目の前の男を倒す必要がある。


「番犬風情が私を倒せるとでも? 私は死の神、ヘル。有象無象と一緒にするでないぞ」


 そうか、やはりこいつがヘルか。


 ボス確定だな。


「結局、勝つのはオレだ。なぜならオレは世界に愛されてるからな!」


「くっ……はははははっ! そうか! 世界に愛されているか! それならば仕方ない」


 ヘルがオレを睨んできた。


「殺すしかあるまいな」


 ゾクッとした。


 背筋が粟立つ。


 なんだ?


 今の感覚は?


 まあいい。


 ぶっ殺すまでだ!


「――――」


 オレは魔力を練り、一気に発射。


 氷華。


 氷の華。


 無数の華が宙を舞うように放たれる。


 やはり圧倒的な量に勝るものはない!


「――赤壁レッドクリフ


 ヘルが炎の壁を展開し、オレの魔法を防いできた。


 それなら、


「――――」


 オレは続けざまに魔力を練り、無数の氷の刃を出現させる。


 そして刃先をヘルに向けたが――。


「は?」


「番犬よ、その程度か」


 氷の刃が一瞬で消えた。


 溶かされた……のか?


「無詠唱魔法が使えるのは自分だけとでも思ったか? 私は神だぞ」


「貴様が神であろうと、オレはそれを上回るだけだ」


「私を前にしてその威勢、褒めてやる。褒美として神の一端を見せてやろう」


 ぞわり――。


 背筋が粟立つ。


 ああ、まただ。


 またこの感覚だ。


 こいつからは嫌な感じがする。


 この感覚は、ずっと昔に感じたような気がする。


 そう、あれは前世での出来事。


 死ぬ直前のことだ。


「……ッ」


 なるほど。


 そういうことか。


 これは――死の予感。


 ヘルってのは相当やばいやつのようだ。


 こんなに死が身近に感じるのは、前世でのあの体験以降一度もない。


 そりゃあ、そうだ。


 オレのような貴族が死を近くで感じる経験などあるはずがない。


 ははっ。


 ははははははっ!


「ふははははははははは!」


 だったら、なんだ?


 オレはガルム伯爵だぞ?


 死が怖くてどうする?


 死ぬのなんて怖くはない。


 一番怖いのは、オレがオレでなくなるときだ。


闇の手ダーク


 ヘルの全身から黒い靄が発生した。


 そしてその靄が形を作り、うじゃうじゃと無数の手に変化した。


 闇の手だ。


 無数の闇の手がオレに迫ってきた。


「く……っ」


 わかる。


 これはやばいってわかる。


 捕まったら……たぶん死ぬ。


 オレの直感が告げている。


 それなら従うしかない。


 とりあえず逃げるか。


 戦略的撤退だ!


 ふははははっ!


 あの闇の手に捕まらないように逃げまくる。


 逃げながら時折一発ぶちかます。


――氷塊


 最もシンプルで威力のある一撃だ。


「その程度の魔法で私を傲れるとでも思ったか? ぬるいぞ、番犬」


 闇の手によってガードされる。


 あの防御を突破するのは骨が折れそうだ。


 まあいい。


 どんなに強かろうが、最後に勝つのはオレだからな!


 いまはやはり戦略的撤退のとき!


 逃げるが勝ちという言葉がある。


 オレはこの言葉が好きだ。


 逃げて何が悪い?


 立ち向かうことが全てか?


 じゃあ立ち向かった挙げ句、罪をなすりつけられたオレの人生かこはなんだったんだ?


 あのときオレは逃げればよかった。


 転職するなり退職するなり見て見ぬふりするなり無断欠勤するなり、なんでもよかった。


 無理に立ち向かわなくてもいい。


 逃げることは悪いことじゃない。


 最後に勝てば何も問題ない。


 そして最後に勝つのはオレと決まっている。


「逃げてばかりでつまらんやつだ。興ざめさせるなよ」


 だれがまともに戦うか、バーカ。


 正攻法なんて糞食らえだ。


 オレでも勇者でもなければ英雄でもない。


 悪徳貴族だからな!


 卑怯だろうがなんだろうが構わん。


 要は勝てばいいんだろ?


 だったら勝ってやるよ。


 どんな手を使ってもな!


 ふははははははっ!

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