186. 届かなかった声
「アーク様。今は人間ひとりを気にかけている場合ではございません。
ヘルの目的は世界を滅ぼすこと。この世界だけはないのですよ?
8つの世界すべてが飲み込まれてしまうのです。それを止めることが最優先じゃないでしょうか?」
「オレはいまクーと話をしている」
なんでこいつがしゃしゃり出てくるんだ?
それがムカつく。
あー、思い出す。
オレの後輩にもこういうやつがいたな。
なんでもかんでもしゃしゃり出てくるやつ。
ああいうやつが、なぜかクソ上司に気に入られてたな。
「……さすがに不遜ですね」
「不遜は貴様だろう? オレは誰だと思ってる?」
アーク・ノーヤダーマだぞ?
ガルム伯爵だぞ?
「私がいなければたどり着けないかもしれませんよ。あの子のところに」
「馬鹿か、貴様は。他人に案内されて探す秘宝に何の価値がある? 面白みがないだろ」
そもそも貴族ってのは、他人に頼めば何でもやってもらえる。
それはそれで良いし、それこそが貴族の特権だと思う。
だが、自分で掴み取るほうが面白いこともある。
今がそのときだ。
自分で宝を見つけてこそRPGだ。
ダンジョン攻略の醍醐味だろ。
「自分で選べることに意味がある。身勝手な理由で他人の権利を奪うなよ?」
オレの一番嫌いなこと、それは奪われることだ。
癇に障る。
略奪者は平気で他人の尊厳を踏みにじる。
奪われる者の気持ちを知らないし、考えようともしない。
あのクソ上司のように――。
経理の女狐のように――。
だからオレは奪う側に回ろうと思った。
悪徳貴族として領民の権利を奪いまくった。
そして奪われたなら全力で取り戻す。
クーはオレのものだ。
「早くその体から出ていけ」
「はあ……わかりました。私も人間苦しめて愉しむ趣味はございません。
ですが、私がいなくなれば敵が押し寄せてきますよ。それでも構いませんか?
正直にいいます。いまの貴女の力ではヘルに及びません。あの子は何千年も力をため続けた神なのです」
つまり、そいつを倒せば何千年分の秘宝が手に入るわけか!
燃えるじゃないか。
「強い
「あーる、ぴー、じーが何を指しているかわかりませんが……良いでしょう。
この子からは離れることにします。ですが、約束してください。必ずヘルを倒す、と」
「貴様と約束するつもりはない。さっきも言ったが、オレの前に立ちはだかるなら殺すまでだ」
「ふふっ。まさに英雄ですね」
英雄か……。
オレが英雄なわけがなかろう?
ただの悪徳貴族だ。
英雄とは程遠い、身勝手な貴族だ。
いまも他のやつらを戦争に向かわせながら、オレだけこうして遊んでいる。
誰がどうみても悪徳貴族だ。
間違っても英雄ではない。
「――――」
クーの表情がぱっと変化した。
なんか憑き物がとれたような顔だ。
クーがぱちぱちと瞬きしたあと、目をキョロキョロと動かす。
あー、なんかわかる。
こいつはクーだ。
このコミュ障な感じはクーしかない。
やっぱり親近感が湧くな。
クーが視線を彷徨わせたあと、オレを見た。
そして、
「ああ……ああ、あああああああああああああああああ!」
クーが唐突に叫んだ。
え、なんなの?
どうしたん?
さすがはコミュ障だ。
そのコミュニケーション能力の低さに、むしろ感嘆する。
生前のオレでも、ここまでのコミュ障ではなかったな。
◇ ◇ ◇
クーはずっと声を封じられてきた。
幼い頃からずっと
クーは誘拐されたのではない。
売られたのだ。
クーがその事実を知らないだけ。
そしてキメラにされてからは闇の手によって声を封じられた。
何も言わず、ただ命令に従って動くのみの傀儡として扱われた。
そして原作における最期。
神によって意思を封じられ、スルトたちに見捨てられた。
彼女の人生は最期までずっと封じられてきた。
原作でクーの口から呪詛が飛び出したのも、仕方のないことだった。
誰が彼女を責められよう?
誰も責められまい。
もし責める相手がいるとしたら、これほどまでに
「ああ……ああ、あああああああああああああああああ!」
クーが叫ぶ。
原作でも彼女は叫んだ。
呪いが叫びとなって溢れ出した。
それでは、この世界での叫びはなんなのだろうか?
喜びだ。
初めて自分を認めてもらえ、見てもらえた。
その歓喜が叫びとなった。
アークに声を届けたくて叫んだ。
クーは自分の感情を言葉で表現するのが苦手だ。
言葉が出てこない。
言葉では気持ちが伝わらない。
だから叫びで表現した。
自分の素直な気持ちを叫びに乗せた。
今までずっと届かなかった声。
届けるために叫んだ。
「クー。よく聞こえたぞ、貴様の声」
アークがクーの頭にポンッとふれた。
クーはそれだけで顔から湯気が出るほど赤くなった。
嬉しさと恥ずかしさが同時にこみ上げてくる。
この幸せな時間がずっと続けばいいとクーは思った。
だが、今は幸せを噛みしめるときではない。
アウズンブラがいなくなったことで闇の手がアークたちの存在を感知した。
そしてゾクゾクと出てくる、闇の手の集団。
無限に湧いてくるんじゃないか、とそう錯覚するほどの数だ。
クーは大きく深呼吸する。
「こ……ここは、わ、わだしが戦います! あああアーク様は先へ進んで……進んでくだひゃい!!」
クーはちゃんと言うことができた。
「あとは任せた」
「……は、はいぃ!」
アークが先に進む姿を見ながら、クーはぐっと拳を握る。
はじめてまともに会話することができた。
単純にそのことが嬉しかった。
そして闇の手の者たちを見る。
クーの力は溶かすこと。
アークの天敵ともいえる力である。
あらゆるものを溶かすことができる、アウズンブラの能力の一つ。
ルインの
かつて世界の氷を舐めて溶かしたアウズンブラ。
クーの力は、ニブルヘイムの氷をも溶かすことができる。
神級魔法に匹敵する力だ。
もちろん、それだけの力を使ってしまえばクーもただでは済まない。
しかし、そもそも闇の手の者たちを倒すのに神級魔法に匹敵する力は必要ない。
「氷を溶かす霧雨。細かき
ああ、血よ、肉よ。すべてを土に還さん――
もくもくと霧が発生し、部屋に充満する。
霧に触れた闇の手の者たちが次々と溶けていく。
ルインの魔法よりも広範囲な魔法であり、集団相手には絶大な効果を発揮する。
延々と湧いてくる闇の手の者たちとクーとの戦いが始まった。
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