185. クーの願い
オレは城の中を彷徨っていた。
思っていた以上に、敵が出てこない。
というか、城に入ってからまだ一回も戦闘が起こってない。
なぜだ?
そうか、そういうことか!
オレが偉大すぎて敵が逃げてしまっているんだ!
ふはははっ!
なるほどな!
それなら納得だぜ。
「なあクーよ」
「アウズンブラです」
オレの前を歩くアウズンブラがきっぱりと否定してくる。
オレはクーと話をしたことがほとんどない。
というか、一度もなかった気がする。
オレが話しかけても逃げていく。
まあオレは偉大だからな。
偉大すぎて、そういう態度を取られてしまうのも仕方がない。
でも、なんかクーに親近感が湧いてんだよな。
生前、オレも人と話すが苦手だった。
社会人になってなんとか最低限のコミュニケーションを取れるようになった。
だが、そのコミュニケーションで失敗した。
人と話すのって難しいよな。
人と話すが苦手だと自分の中に溜め込んでいく。
オレもそうだった。
「コミュニケーションって難しいよな」
アウズンブラと名乗る女が振り返る。
やつはオレの目をしっかりと見てきて、
「何がいいたいのですか?」
と聞いてきた。
こいつはクーじゃないんだな。
人と話すのが苦手なやつは、まともに相手の目を見ることができない。
かつてのオレもそうだった。
そのせいで就活に失敗しまくり面接で落ちまくった。
落ち続けたが、最後に拾ってくれた会社があった。
そこに恩義を感じた。
この会社で頑張っていこうと思った。
だから、柄にもなく正義感を掲げて不正を告発しようとした。
もっと会社が良くなるように、と。
黙っていることなどできなかった。
くそみたいな思い出だ。
「クーよ。貴様は話すのが苦手なだけで、自分なりの意見を意思を持ってるんだろ?」
よく勘違いされがちなことがある。
発言しないのは意見を持っていないからだ、と。
だが、それは違う。
むしろ他の人よりも多くの意見を持っていることもある。
いつも色んなことを考えてる。
しかし、それを表に出す機会がない。
考えた言葉を出すまでに時間がかかってしまう。
話そうと思ったら、次の話題にいってしまっていたりする。
そうして意見がないように思われる。
昔のオレはそうだった。
コミュニケーションが得意ではなかったが、ちゃんと自分なりの考えを持っていた。
それを表すのが苦手だっただけだ。
そして自分の意見を出したときに、罪をなすりつけられた。
声を封殺された。
死者は物言わないっていうが、まさにそれだ。
オレはきっとあの会社では死者だったのだ。
本当にクソみたいな会社だよな。
クソみたいな人生だったよな。
もうそういうのはうんざりだ。
しゃべらないからって意見がないわけじゃない。
意見を言ったら口封じをされるなんて論外だ。
意思を封じられるなんてもってのほかだ。
「オレはな、クー。貴様と話したことがほとんどない。貴様がどういうやつかは知らん」
会話したところで相手のことがわかるわけじゃない。
会話しなかったらなおらさらだ。
オレはクーのことをほとんど知らん。
おかっぱ頭でコミュ障な少女ってことしか知らん。
オレが勝手に昔のオレを投影して親近感を覚えてるだけだ。
「何を言っているのでしょう?」
「勝手に
人の意見奪うやつも、意思奪うやつも、人生奪うやつも、オレは全部大嫌いだ。
オレはそうやって奪われた。
なにより、
「貴様はオレのものだ」
勝手に人のもんに手を出すのは許せん。
勝手にオレのもんを奪うやつは許さん。
それがたとえ神であってもな。
「戻ってこい、クー。貴様の声を聞かせろ」
さあ、オレはクーを返してもらうか。
◇ ◇ ◇
クーは昔から人と話すのが苦手だった。
考えていることはたくさんあった。
妄想ならいくらでもした。
友達に囲まれ、その中心にいて楽しく話をしている自分を想像した。
しかし、現実ではクーはいつも一人ぼっちだった。
家族といても外にいても、誰とも話さなかった。
話したいことはたくさんあるのに何を話せば良いかわからなかった。
そして、彼女は闇の手に捕まった。
一人だったからあっさりと誘拐された。
きっと誘拐されたことに誰も気づいていないだろう。
家族でさえ気づいてくれないだろう。
クーは四女だった。
両親もクーの存在を忘れてしまっているに違いない。
捕まってから色々とひどいことをされた。
怖かったが逃げることはできなかった。
よくわからない化け物を体に移植させられた。
同じ化け物を移植された他の子供達は、みんな体が氷のように溶けていった。
クーだけ奇跡的に適合した。
そうして彼女は
それからも、クーは酷いことをされ続けた。
体をいじくり回された。
そんな絶望的な
クーを含めた
クーはアークのことを英雄視していた。
自分とは程遠い人間だと思っていた。
アークをすべての中心にいる太陽のような人だと思った。
それに対し、クーはいつも一人。
クーの周りには誰もいない。
干支になってからも単独行動が多かった。
影が薄いのは承知していた。
よくラトゥがクーのことを気にかけてくれたが、まともに会話することができなかった。
他の干支のメンバーとも仲が悪かったわけじゃない。
干支に悪い人はいなかった。
問題はクーにあった。
他人と会話することができない。
頭の中でいくら会話の準備をしても、それを相手に伝えることができない。
挙動不審になってしまう。
アークともまともに会話したことがなかった。
正直、クーはアークに忘れられているかもしれないと考えていた。
アークにはたくさんの信頼できる部下がいる。
干支以外にも、カミュラを筆頭とした指、ランスロットの指揮する軍。
学園でも信頼におけるものたちが大勢いると聞いた。
そんな中、ろくに会話もしたことがないクーのことなんて気にもとめていないだろう。
クーは今回の戦いで、アークとともに戦いたいと思った。
最後になるかもしれないからだ。
そして古城に足を踏み入れた瞬間だ。
クーは唐突に眠気を感じた。
気がつけば体が乗っ取られていた。
アウズンブラという存在に――。
クーはアウズンブラの説明を
クーの体に無理やり組み込まれた化け物はアウズンブラという神。
アウズンブラはクーの体を使ってアークと話す。
それはクーが望んでいたこと。
――私だってアーク様と話したかった。
でも、クーにはアウズンブラのように話すことができない。
そもそもクーのことなんか必要ないんじゃないか?
「クーよ。貴様は話すのが苦手なだけで、自分なりの意見を意思を持ってるんだろ?」
アークがクーに向けて言葉を吐く。
アウズンブラではなく、その中にいるクーに向けて。
アークはちゃんとクーのことを見てくれていた。
そうだ。
クーはクーなりに考えて生きてきた。
考えたものを表現するのが苦手なだけだ。
言葉が声にならず、埋もれていってしまった。
「貴様はオレのものだ」
ドキッとした。
「戻ってこい、クー。貴様の声を聞かせろ」
はじめてだった。
はじめて自分の声を聞きたいと言ってくれた。
嬉しかった。
それだけでクーにとっては十分だった。
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