184. クーの叫び

 歩きがてら、クーの話を聞いていた。


 いや、クーじゃなくアウズンブラか。


 話の9割は理解できなかったが問題ないだろう。


 大事ことは残りの1割ってどっかの自己啓発本で言ってたしな!


 まあ、自己啓発本なんてクソの役に立たんかったがな!


 もしも自己啓発本が活きるなら、オレはあんなクソみたいな人生を歩んでいない。


 傾聴が大事? みたいな本を読んだことがある。


 人の話を聞きすぎて耳にタコができたが、まったく意味がなかった。


 むしろクソ上司のクソな説教を延々と聞かされてたわ!


 あのクソ上司、最後はオレに罪を来させやがって……。


 ああ、考えるだけムカついてきたわ。


 だが、この世界でのオレは傾聴なんて必要ない!


 なぜならオレは貴族だからだ!


 貴族は他人の話に耳を傾ける必要はない!


 好き放題いって領民から搾取することこそ、貴族の務め!


 ノブリス・オブリージュってやつだ!


 ふははははははははは!


「アーク様。あの子は……ヘルは悲しい子です。悲しい境遇のせいで世界を憎んでいます」


 そのヘルというやつがこの城の支配者らしい。


 つまり、そいつを倒せばオレは秘宝をゲットできるわけだぜ!


 ヒャッハー!


 倒すべき敵がわかったぞ!


「はっ、だからなんだ? 同情しろとでも言うのか?」


「いいえ。アーク様の手で終わらせてほしいのです」


「ふんっ。そんな面倒なことをなぜオレがする?」


 意味がわからん。


 なぜオレが誰かの指図を受けなきゃいけないんだ?


 オレは伯爵だぞ?


 指図する側にいる。


 指図されるのは大嫌いなんだ!


「オレはオレのやりたいようにやるまでだ」


 だがまあ、オレの目的のためにヘルを倒すのは全然ありだ。


 そいつを倒して財宝をガッポガッポ手に入れてやるぜ!


「ヘルと言ったか? そいつを倒してオレがすべてを手に入れてやる!」


「それで構いません。どうかあの子を止めてください」


 ふんっ、貴様に言われんでもやってやるわ。


 それにしてもこのアウズンブラというやつ、気に食わんな。


 本当に気に食わんやつだ。


◇ ◇ ◇


 原作でもアウズンブラは登場する。


 スルトとマギサの二人を最後に手助けするキャラだ。


 原作での流れはこうだ。


 多くのものを失ったスルトとマギサは最後にこの古城にたどり着く。


 スルトの嗅覚で古城を見つけ出すのだ。


 だが、二人しか残っていない状況でヘルの軍勢に敵うはずもない。


 そこで登場するのが干支の一人、丑のクー。


 クーはアウズンブラという牛の神と合体させられたキメラだ。


 クーの体にアウズンブラが降臨し、主人公たちを導いていく。


 アウズンブラの案内のおかげでスルトとマギサは敵に遭遇することもなく、無傷でラスボスであるヘルのところまでたどり着くことができる。


 原作ほんらいだったら、スルトを導くはずだったアウズンブラ。


 しかし、原作とは違い、この世界にはアークがいる。


 アークが中心となって回っているこの世界で、神であるアウズンブラもアークを英雄・・・と勘違いしてしまった。


 そのせいで本来だったらスルトが導かれるはずなのに、なぜかアークが導かれることとなった。


 そもそもこの世界のスルトはというと、最終決戦の舞台にすらいない。


 すでにこの世界ではアークこそが主人公ヒーローなのだ。


 スルトがやらなければならなかったことをアークが引き継いでいる。


 もちろん、アークは自分が世界の命運を託されていることに気づいていない。


 こんな男に世界の命運を託すというのは、喜劇以外の何者でもない。


◇ ◇ ◇


 丑のクー。


 アウズンブラに体を乗っ取られる少女だ。


 アウズンブラは神である。


 神を降臨させその身に宿すというのは、並大抵のことではない。


 たとえばこの世界にも宗教があり、選ばれた聖女は神を身に宿すことがある。

 

 しかし、それができるのはほんの数十秒。


 長くても1分程度だ。


 それ以上やると身の危険がある。


 この世界にないものを無理やり降臨させるのだ。


 それも神という上位存在を降臨させるのだ。


 危険がないわけがない。


 しかしクーはアウズンブラの一部と融合している。


 そのため他の降臨と比べると、神を身に宿したときの負担は遥かに小さい。


 ちなみにだが、降臨とルサールカの人の体を乗っ取る魔法は別のもの。


 降臨というのは、神に向けて仮の体を用意し、一時的に憑依させるというもの。


 それに対し、ルサールカの魔法は体そのものを乗っ取るというもの。


 ヘルが別の世界線でマギサの体をのっとったときも、根本的にはルサールカと同じ術式を使っている。


 降臨も乗っ取りもどちらも憑依であり、同じ性質を持つものだが結局何が違うのか?


 神や精霊などの存在がどの世界にあるかがポイントとなる。


 他の世界から憑依させる場合は降臨となり、逆に同じ世界の場合が、ルサールカやヘルが使った術となる。


 この術式の違い及ぼす影響は大きい。


 降臨の場合、異なる世界から存在を呼び寄せている分、リスクが大きい。


 そのリスクを取るのは降臨させられる側である。


 そして知っての通り、このアニメの原作シナリオは鬱展開満載だ。


 各登場人物に不幸を与えるのが原作の仕事ストーリーだ。


 特に干支は全員もれなく不幸な最期を迎える。


 救われた干支は一人もいない。


 ではクーはどうなるかというと……原作でも当然、死んでしまう。


 その死に方はかなりグロテスクだ。


 神の降臨の代償は、その神の性質によって異なる。


 たとえば炎を司る神なら全身が燃える。


 ではアウズンブラ降臨の代償は?


 アウズンブラは”溶かす”能力を持っている。


 かつて世界の氷の溶かしたように、アウズンブラはいかなるものでも溶かすことができる。


 そして代償は、全身が溶け出すというもの。


 アウズンブラの負荷に耐えきれなかったクーの体はどろどろのアイスのように溶け、朽ちていく。


 アウズンブラからすればクーの死などどうでもよく、クーがどんな最期を迎えようと気にならない。


 一見アウズンブラが酷いやつのように見えるが、そもそもアウズンブラは神である。


 人間が一人死のうが気にすることではないのだ。


 アウズンブラは自身の目的のために主人公に協力をしているだけであり、決して良いやつではない。


 オーディンもそうであったのように、神は味方ではない。


 しかし残酷なことに、原作では、アウズンブラの助けがなければ主人公たちはヘルのもとにたどり着けない。


 そこでアウズンブラは主人公たちにまたしても究極の選択を強いてくる。


 このままヘルのもとまで主人公たちを案内する代わりにクーを見殺しにするか、案内をやめてクーを活かす代わりに敵に囲まれるか、だ。


 前者を選択した場合、安全にヘルのもとにたどり着けるが、クーは必ず死ぬ。


 後者の場合、運が良かればヘルのもとにたどり着けるが、敵に囲まれて全滅する可能性のほうが高い。


 原作でのスルトとマギサは大いに悩んだ。


 その結果、二人の出した答えは、”クーを見殺しにする”というものであった。


 本来なら、そういう選択をしないはずのマギサでさえも、鬱展開のオンパレードのせいで心が蝕まれてしまっていたのだ。


 そうして彼らはクーを殺すという選択を取ってしまったのだ。


 アウズンブラは主人公のスルトとマギサをヘルの近くまで送り届け、笑顔で手をふるのだ。


 だがすでにそのときにはクーの体はかなり溶けていた。


 グロテクスな光景だ。


 さらに残酷なのはここからだ。


 クーはアウズンブラに体を乗っ取られていたときも意識があった。


 自分ではどうしもなく、指一本動かすことができず体が溶けていく。


 その恐怖は計り知れないものだろう。


 そして最後の希望であったスルトたちに見捨てられるのだ。


 絶望がクーの心を支配する。


 アウズンブラの降臨が解けたあと、ドロドロに溶けた体でクーが叫ぶ。


「お、おまいら! ゆ、るさない! ぜったいに……絶対に! 許ざない!」


 見殺しにされた怨念を主人公スルトたちにぶつけながら、クーは一歩一歩彼らに向かって歩いていく。


 まさにホラーだ。


 スルトがクーを燃やすのだが、燃やされながらもクーは呪詛を吐き続ける。


 私が何をした?


 何も悪くことはしていないのに……。


 なぜこんなに仕打ちを受けるのか?


 なぜこんな最期を迎えるのか?


 普通の女の子として生きたかっただけなのに……。


 あまりにも鬱な展開。


 誰も報われない展開。


 主人公の選択は、決して間違ったものではなかっただろう。


 だが、その選択で一つの命を奪ってしまった。


 これはアニメでは賛否を生んだ内容だ。


 無論、否定の意見のほうが多かったが……。


 あまりにも主人公らしくない選択だ、と批判された。


 そしてマギサもマギサヒロインらしくないと批判された。


 だが、誰が彼らを責められよう?


 この絶望の中でそれ以上の選択が彼らにできただろうか?


 そう、これは絶望の原作シナリオ


 二人に救いはない。


 登場人物すべてに救いがない。


 これが原作の流れだ。


 しかし、原作とは異なり、この世界にはアークがいる。


 アークは原作クラッシャーである。


 果たしてアークはこの鬱展開をぶっ壊すことができるのだろうか……。

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