178. 認識阻害の結界

 カミュラが、


「城に向かう」


 と、アークの吐いた言葉を勘違いしたのには理由がある。


 彼女を含めたアーク陣営幹部たちは、この戦いで闇の手と戦う想定をしていたからである。


 これが最後の戦いになるだろう、とカミュラは確信していた。


『城に向かう』と言われて、まさかノーヤダーマ城に戻るとはまったく考えてもいなかった。


 戦いを放りだして領地に引き返すという選択肢をアークがするとは夢にも思っていなかった。


 ヘルの本拠地が”城”であることは、すでに調査済みである。


 それゆえに「城に向かう」を「敵の本拠地に向かう」と勘違いしたのだった。


 アークへの信頼が高すぎて、もはやまともにコミュニケーションがとれていない状態であった。


 悪いのはすべて脳天気なアークである。


 と、それはさておき。


 結界の解除方法には主に5つのパターンが登場する。


 1つ目は解析。


 これが最もスマートで魔法使いにとって最も好まれる解除方法だ。


 学園のカリキュラムの一つ”解除学”の中にも結界の解除方法を教えられる。


 結界術式の理解と糸を紐解くような精密な魔力制御は講義・・・としては最適だ。


 しかし、解析には時間を要することが多く、実はこれによって解かれた結界はそう多くない。


 次に2つ目。


 魔法結界の劣化だ。


 劣化以外にも魔力の供給不足なども挙げられるが、要は勝手に結界が解かれるパターン。


 このパターンはかなり多い。


 都市を守るような結界も時間とともに劣化したり、そもそも魔力不足による結界の維持が難しくなったりする。


 そうならないようにこまめなメンテナンスが必要となってくる。


 3つ目は供給源を断つこと。


 2つ目の魔力供給不足と原理は同じだが、人為的に魔力の供給源を断つ場合だ。


 実際にカミュラが学園で結界を壊したときも、クリスタル・エーテルを奪い、魔力供給源を断った。


 供給源は魔石や地脈、人間の魔力などが挙げられる。


 なんにせよ供給源を絶ってしまえば結界の維持ができなくなる為、結界は壊れる。


 4つ目が術式破壊。


 魔力供給源ではなく、術式そのものを破壊してしまうことだ。


 これは内部破壊とも言われている。


 そして最後の5つ目。


 外部破壊だ。


 力押しである。


 結界といっても攻撃を受ければダメージを負う。


 攻撃を受け続ければいつかは壊れる。


 外からのダメージでも結界は破壊されるのだ。


 内部と外部の空間を隔てるのが結界だ。


 外部からの攻撃を受けるほど、結界にダメージが蓄積されるのは当然のことだろう。


 結界を作るときは外部からの攻撃に耐えられるような設計されることが多い。


 結界の種類によっては物理攻撃を通せないか、極めて小さくするものもある。


 簡単に壊されないように設計されていることがほとんどだが、一から解析し解除するよりは遥かに簡単だ。


 結界の解除が物量押しという、なんともロマンのない方法だ。


 5つパターンがあるが、今回の場合は外部破壊が一番有効だろう。


 劣化と内部破壊は論外。


 解析には時間がかかり、魔力供給源を断つとしても地脈などが使われていない場合は、外からの解除ができない。


 消去法として外部破壊しか選択肢がないのだ。


 だが、この認識阻害の結界の最大の問題は、”認識ができないこと”それ自体だ。


 認識ができない為、壊そうと思っても壊す対象がわからず結界を壊せない。


 さらにこの結界は、知らず知らずのうちに結界から遠ざけられる効果があり、近づくことさえ困難。


 認識阻害というのは非常に厄介な術式であり、結界なのだ。


 だが認識阻害とはいうものの、存在が消えるわけではない。


 認知ができないだけである。


 さらにいうとこの認識阻害は、バベルの塔のものと比べると質が低い。


 バベルの塔の認識阻害はもはや認識阻害のレベルを越えていた。


 認識できない者に対して、存在そのものを消していた。


 それに比べると、この結界の質は低い。


 そもそも広範囲の認識阻害を成立させるのはもちろんのこと、それを維持し続けるのは困難だ。


 綻びが生じる。


 ある程度、結界の場所を特定してしまえば、結界の綻びから違和感を見つけることができる。


 最も難しいのが”場所の特定”であり、国全土を探すのは非常に骨が折れる。


 しかし、アークが生じさせた勘違いによって、本来なら最も難しいとされる場所の特定を行ってしまっていた。


 もちろん、並の魔法使いでは場所がわかっていたとしても、認識阻害の結界を壊すのは無理だろう。


 綻びを見つけることができない。


 つまり、魔力感知ができない。


 そこでマーリンだ。


 マーリンの最も得意とするのは乱魔であるが、マーリンはそもそも魔力制御全般が得意である。


 当然、魔力感知に関しても超一流の腕前を持つ。


 ちなみに魔力感知の精度だけでいえばアークやスルトもマーリンに並ぶが、マーリンの場合、広範囲の探知が可能である。


 総合的にみたとき、魔力感知に関してマーリンの右に出るものはいない。


「ふぉっほっほ。全力でいくとするかのぉ」


「気合い入れすぎて昇天するなよ」


「そうなれば本望よ」


 マーリンはそういうと同時に魔力を解き放った。


 魔力分散。


 今回の目的は乱魔ではなく、感知。


 空気中に広げた魔力を動かし、広範囲で感知していく。


 マーリンが本気を出したときの最大感知範囲は半径3キロにも及ぶ。


 だがしかし、今は感知の精度を上げる必要があり、半径1キロにとどめている。


 それでも十分な広さなのだが。


 感知範囲の広さはさすがマーリンというべきか。


 そして、


「ふぉっほっほ。なるほど、なるほど。これは巧妙じゃのぉ」


 マーリンは違和感を覚えた。


 魔力の歪み、結界の綻び。


 ちなみに原作では、スルトの魔力感知で闇の手の本拠地にたどり着くことができた。


 スルトの魔力感知、魔力探知は並外れていた。


 加えて原作のスルトは並々ならぬ執念を持っていた。


 数多くのものを失っていたスルトは自分が死んでもヘルを倒すという執念に駆られており、それが彼の感覚を研ぎ澄ませていたのだ。


 だがしかし、この世界でのスルトにそこまでの執念はない。


 そして今この場にもいない。


 そもそも原作でのスルトは本拠地にたどり着けただけで結界を解除できたわけではない。


 その代わりのマーリンだったが、


「ふむ……。これは儂ひとりでは無理そうじゃ」


 結界の破壊を断念した。


 結界の綻びを見つけ、あと少しのところでギブアップした。


「どうしてですか?」


 カミュラの問いにマーリンが答える。


「この結界、おそらくじゃが魔力を受け流すように作られておる。

受け流しができんよう、結界を覆うほどの広範囲魔法で破壊する必要があるじゃ……。

あいにく儂の苦手な分野じゃ」


 加えて言うなら、認識阻害の広さが想定以上に広かったのも原因だ。


 マーリンは別に範囲攻撃魔法が使えないわけではない。


 しかし、結界を破壊できる規模の魔法は使えない。


「ふははははっ! それなら問題あるまい! オレの魔法でぶっ壊してやろう!」


 そうアークが宣言した。


 事実、アークの広範囲魔法ニブルヘイムなら結界を壊せる可能性が高い。


 だが大きな問題が2つあった。


 1つ目は魔法の範囲。


 ニブルヘイムは広範囲な魔法であるが、結界の大きさがそれを上回る可能性だ。


 そしてもう一つ。


 ニブルヘイムには大量の魔力が必要になる。


 いまから大きな戦いが控えている中、結界を破壊するのにアークの魔力を消費させるのは得策とはいえない。


 だがしかし、アーク以外に広範囲な攻撃魔法を使えるものはこの場にはいない。


 マーリンがダメだというならアークしかいないはずだったが……。


「私、やります」


 緑髪の少女が手を上げた。


 みんな一斉に少女を見る。


 干支の一人。


 のシュランゲが全員の視線を集めていた。

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