161. 最強対最強

 竜という存在は人間を遥かに超える力を持つ。


 その中でも最も強大な力を持つ竜、ファバニールがノーヤダーマ城を見下ろすように空で悠然と構えていた。


 ファバニールが巨大な口を開ける。


 その瞬間――。


 多くのものが息を呑み、絶望を覚えた。


 何もできない。


 人間とはなんて無力なのだろう、と。


 竜とは神話の存在だ。


 それならずっと神話の中で大人しく眠っててくれと願う。


 だが決して、竜は神話の世界に帰ってくれず、彼らに牙を向く。


 竜の息吹ドラゴン・ブレスが地上に放たれる。


 しかし、


「――――」


 同時に氷塊が竜の息吹ドラゴン・ブレスに対抗するように放たれた。


 直後の爆音と爆風。


 ファバニールの竜の吐息ドラゴン・ブレスとアークの氷塊がぶつかりあったのだ。


 それはまるで神話の戦い、化け物同士の戦いだった。


 巨大な竜はもちろんのこと、アークも十分化け物だった。


 轟く竜の咆哮。


 夜空を覆い尽くす数々の星。


 その星すらも覆い隠すほどの竜の群れ。


 第一軍との戦いの熱も冷めぬうちに、ブリュンヒルデとファバニールが襲いかかってきた。


 連戦による疲労は、彼らの足を止めてしまっていた。


 こんな中、竜と戦うなど恐怖でしかない。


 だが、


「ふははははっ! でかいトカゲどもめ! 人間様の力を思い知らせてやろう!」

 

 この状況でもまったく恐れを見せない男、アークに人々は希望を見出す。


 竜の先制攻撃をアークは見事打ち破ってみせた。


 その姿は兵士たちに希望を抱かせた。


 竜の群れに気圧されていたアーク陣営だが、アークの魔法によって一気に戦意を取り戻す。


 こうして開戦の火蓋が切られたのだった。


◇ ◇ ◇


 ふははははっ。


 トカゲ狩りの時間だ!


 最近はこのへんで賊も魔物も出なくなってきたしな。


 久しぶりに狩りができる!


 さあ、存分に楽しもうではないか!


 空に居座る竜よ。


 貴様の居場所はそこではないぞ?


 オレよりも上にいることは許さん。


 しかしまあ、空を飛ぶ敵というのは厄介なものだな。


 それ以上に厄介なのが、こちらには守るものがたくさんあるということだ。


 オレの大事な城があり、街があるんだ。


 人もいっぱい住んでいる。


 彼らを失うわけにはいかない。


 オレのために今後もたっぷり働いてもらわんといかんからな!


 というわけでデカ竜よ。


 場所を変えようではないか!


 オレがいい場所を案内してやるよ!


 行ったら誰も帰ってこないほどいい所らしいぜ?


「オレが貴様を地獄へ案内してやるよ!」


 ふははははっ!


 地獄への案内人とは、このアーク・ノーヤダーマのことよ!


◇ ◇ ◇


 竜の鱗。


 それは防具にも使われることもある。


 もしも重装歩兵の装備をすべて竜の鱗を使ったもので揃えれば、最強の歩兵隊ができるだろう。


 竜の鱗には特殊な防御結界が施されており、生半可な魔法では鱗に傷一つ付けることができない。


 それが竜の王と呼ばれるファバニールならなおさら、傷を付けるのは困難だろう。


 まだ生まれてから10年と少しだが、ファバニールはたしかに竜の王であった。


 最強種である竜の中でも最強の存在。


 人間が戦って良い敵ではないのだ。


 そもそも竜からして、人間は敵ではないのだ。


 人間が蟻を敵と認識しないように、竜もまた人間を敵と認識していない。


 竜の王。


 強欲の竜。


 そしてナンバーズⅠ。


 イカロスよりも上の称号を与えられた、最強の敵。


 そんな敵と一人の人間がぶつかり合っている。


 ファバニールに一人で挑むなんて狂気の沙汰だ。


 自殺願望を抱いているとしか言いようがない。


 アークがファバニールを「的がでかいだけのデカブツ」と表現したが、それは間違いだ。


 体が大きれば当然、耐久力も高い。


 普通の魔法では傷ひとつ付けられない。


 だが、


「ガルウゥゥぅぅ――!」


 ファバニールはアークの攻撃に対し、反撃を試みていた。


 それはファバニールがアークの攻撃を脅威と感じている証拠だった。


 アークの一撃というのは、並の魔法攻撃ではない。


 アークの攻撃手段は極めてシンプルだ。


 絶対零度アブソリュート・ゼロやニブルヘイムを除けば、ただ氷塊をぶつけるだけの攻撃。


 氷塊の形を変えたりはするものの、それだけだ。


 アークの魔法といえば、神級魔法ニブルヘイムと答える人が多い。


 アークの代名詞とも言える魔法だからだ。


 しかし、多くの場面でアークが使うのは、ただ氷塊をぶつけるだけの魔法だ。


 では、なぜそれを多用するのか?


 シンプル・イズ・ベスト、とその言葉に集約される。


 物量で押し切るだけの戦術だが、しかし、それ故に強い。


 下手な小細工は一切通用しない。


 そしてファバニールにもその攻撃は効いていた。


 ファバニールがたかが一人の人間を敵とみなすほどに――。


「――――」


 炎と氷の激突する。


 美しさとは程遠く、破壊的な光景だ。


 しかし、互角などではない。


 ファバニールには圧倒的に有利な立場にあった。


 珍しく、アークが苦戦を強いられている。


 アークの体力も無限にあるわけではない。


 そもそもアークは一人で山を彷徨っていたり、第一軍に対して魔法をぶっぱなしまくったりし、それなりの疲労が溜まっていた。


 本人はアドレナリンで気づいていないが、疲労はそろそろピークに達しようとしていた。


 今までどの戦いでも余裕をもって戦ってきたアーク。


 そのアークにとって今が一番つらい戦いであった。


 なお、本人は――


「ふははははっ! まだまだやれるぜ! 今日のオレは冴えてるようだ!

今夜は朝まで踊りつくそうぜ? なお、巨大なトカゲさんよぉ!」


 と、ハイテンションであった。


 まったく、自分の身体にも鈍感なアークである。

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