160. 第二の襲撃

 グレーテルはガルム領、ノーヤダーマ城の城下で孤児院を開いていた。


 自分のような不幸な子どもを作らせない。


 それがグレーテルの掲げている信念だった。


 アークによって救われた身。


 それを世の中のために、とりわけアークのために使いたいと考えていた。


 自身の過去の経験を踏まえ、孤児院を開こうと思ったわけだ。


「お姉ちゃん……」


 グレーテルは肩を震わせている少女の手をぎゅっと握った。


 この孤児院の子たちだけは守らなければならない。


 特にいまグレーテルの手を握っている少女は、闇の手によって両親を殺された子であり、孤児院でもしばらく一人ぼっちだった。


 一年以上かけてようやくグレーテルに懐いてくれた。


 慕ってくれるようになった。


――この子だけじゃない。みんな守らなくちゃ。


 グレーテルは誰一人として死なせてはならないと考えていた。


 窓から外の景色が見える。


 空には竜がいた。


 それも、ひときわ大きな竜。


――あんなのどうやって倒すの?


 グレーテルの脳裏に不安がよぎる。


 たとえアークであっても、あれには敵わないではないだろうか?


 と、不安に押しつぶされそうになった瞬間。


 まるでグレーテルの不安に反応したかのように、巨大な竜がグレーテルを見た。


 否、それはグレーテルを見たのではなく、巨大な眼で地上を見下ろしたに過ぎない。


 だが、その威圧は、それだけで人を気絶させてしまいかねないものだった。


 人間が矮小な存在だと思い知らされる。


「――――」


 竜が咆哮を上げた。


 それは体を震え上がらせるには十分だった。


 もはや咆哮は威嚇を超えて攻撃となっていた。


 孤児院の子どもたちが泣きわめく。


 恐怖が連鎖していくかのように広がっていく。


 そして、


「――――」


 竜がその巨大な口を開いた。


 その口から、とてつもない熱量が放たれた。


 終末を思わせられる一撃――竜の息吹ドラゴン・ブレス


 グレーテルマザーのもとにいたころでさえ感じたことのない、根源的な恐怖を覚えた。


 格の違い、生物の差を感じさせられる。


 城下を焼き尽くさんとする熱が地上に迫ってくる。


「――――ッ」


 グレーテルはぎゅっと少女の体を守るように、抱きしめた。


 もちろん、その程度のことで少女を守れるはずがない。


 願掛けにすらならない。


 だが、彼女にできることはそれしかなかった。


 次の瞬間――。


 ゴォォォぉ、と爆音が鳴り響いた。


 竜の息吹のとてつもないほどの熱量が一瞬で冷めた。


 爆風から冷たさを感じる。


「これは、この冷たさは……」


 その冷たさをグレーテルは知っている。


 温かみのある冷たさ。


 矛盾しているようだが、グレーテルは確かに冷たさから温かみを感じたのだ。


「ふははははっ! でかいトカゲめ! 人間様の力を思い知らせてやろう!」


 アークがまるで救世主のように現れたのだった。


◇ ◇ ◇


 外に出てみると、竜の群れが押し寄せてきていた。


 先頭には巨大な竜。


 オレの領地に土足で踏み込むとはいい度胸だな?


 貴様らの侵入を許可した覚えはないぞ?


 害獣どもめ。


 手加減などせんぞ?


 地に落としてやろう。


「――――」


 はんっ。


 巨大な竜がオレの街に向かって威嚇してきた。


 貴様、誰に喧嘩を売ってるのかわかってるのか?


 ああん?


 オレはアーク・ノーヤダーマだぞ?


 その喧嘩、言い値で買ってやろう。


 竜が攻撃をしかけてきた。


 竜の息吹ドラゴン・ブレスだ。


「――――」


 オレは特大の氷塊を作る。


「死ね、デカブツめ」


 氷塊を巨大な竜に向かって放つ。


 氷塊と竜の息吹ドラゴン・ブレスがぶつかり合い、爆風と爆音となって周りを叩きつける。


「ふははははっ! でかいトカゲめ! 人間様の力を思い知らせてやろう!」


 竜なぞ、図体がでかくて空を飛べるだけのトカゲだろう?


 オレの敵ではない。


 なんせオレは全生物の中でも頂点に立つ男だからな!

 

 空から引きずり下ろしてやろう!


 オレは見下されるのも、見下されるのも嫌いだ。


 見下すのは大好きだ!


 さあ、貴様を見下すとしようではないか!


「必ず地に這いつくばらせてやるよ!」


 オレはでかい竜を指さしながら、そう宣言した。

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