148. 伝言ゲーム
原作では第一軍と竜が辺境伯を襲うこととなる。
だが、この世界ではシナリオが大きく変わってしまっていた。
その結果、彼ら第一軍と竜がガルム領に攻め入ることとなった。
これは原作の修正力というべきものか。
ヘルがアークを最大の敵と見定め、同様に国王ウラノスもアークを邪魔者だと考えた。
つまり、アークは活躍しすぎてしまったのだ。
目の敵にされるのも仕方がない。
精強と
アーク陣営にとって、今までで最も困難な戦いになる。
果たして、のんきに散歩なんかしているアークにこの戦いを乗り越える力はあるのだろうか。
原作の修正力が勝つのか、アークの幸運が勝つのか、それは誰にもわからない。
◇ ◇ ◇
これから始まる戦いは、国全体を巻き込むものになる。
国王派対第一王子・第二王女派との戦い。
これは同時に先王よりも前の時代の旧体制を好む貴族と、アークを中心とした新体制を望む貴族の戦いでもある。
大貴族のほとんどは国王派閥に属している。
三大公爵のうち、ヴェニス公爵以外の二公爵は国王派であり、四大侯爵に至ってはすべて国王派である。
大貴族と呼ばれる中で国王側についていないのは、ヴェニス公爵と辺境伯くらいであろう。
どちらも貴族の中では変わり種と呼ばれている。
ヴェニス公爵は、もともと悲願を達成することにご執心であり、権力闘争にはそこまで力を入れていなかった。
そんな中でアークによって街を救われたのだから、アーク側、つまり第一王子・第二王女派につくのは当然の成り行きであった。
そしてこれも当然だが、ルインもアーク側である。
「怖い」
ルインも若い新兵と同様に戦争に恐怖していた。
戦うのが怖く、何よりも失うのが怖い。
アークという圧倒的なカリスマがあっても、すべてが救われるわけではない。
今から始まるのは戦争だ。
呆気ないほど簡単に人が死ぬ世界だ。
ルインとて例外ではなく、死ぬときは死ぬ。
ルインは学園で多くの仲間を得た。
アークをはじめとし、マギサやスルト、バレットだ。
彼女は何かを失うことに人一倍恐怖を抱いている。
かつて夢で見た、ヴェニスの崩壊。
アークがいなければヴェニスは今頃、海の底に沈んでおり、文字とおり海の街となっていただろう。
失ってからでは遅いことをルインはひしひしと感じていた。
「マギサ様、ルイン様。お二人は次の戦、城で待機をお願いいたします」
そうカミュラに言われたとき、ルインはとっさに「私も戦場に立つ」と言い返そうとした。
だが、ぐっと言葉をこらえた。
「アーク様が仰っておりました」
「なぜですか?」
マギサが怒りを滲ませた声で問う。
「お二人の戦う場所はここではないとアーク様は仰っておりました」
「私は……ッ」
マギサはムッとした表情で部屋を出ていく。
その姿からマギサが怒っているのが丸わかりだ。
ルインもマギサの気持ちはわかる。
ここまで来たのは一緒にアークと戦うためだ。
目の前で戦いが行われるのを黙って見てることなどできない。
「カミュラ。私は無力な学生ではない」
「ええ。存じてますとも」
「それならなぜ、待機を命じる? 王女はともかく、私の命はそう重くない」
ルインは最悪の場合でも替えのきく、そういう駒の一つでしかない。
対して、マギサを戦場に連れて行かない理由はわかりやすい。
ルインとは違って変えの効かない存在であるからだ。
「アーク様はマギサ様もルイン様も等しく大切に想われております」
「そういうことが聞きたいわけじゃない」
「竜の王が攻めてきます」
「……っ」
ルインが息を飲む。
竜の王、それは神話に登場する生き物だ。
すべての竜を統べる、神と同列に語られる存在。
「なるほど。あの襲撃はそういうことか……」
帰って来る途中に竜の襲撃にあった。
そこに竜の王が絡んでいたというわけだ。
「竜の王の襲撃に備えよ。それがアークの言いたいこと?」
「ええ。おそらくは。この城の結界では竜の王の息吹に耐えられません。
多くの犠牲が出ることでしょう」
「……ニライカナイで防げというの?」
「アーク様はそれができるとお考えです」
「……まったく、無茶にもほどがある」
ニライカナイなら、竜の王の息吹を
「わかった。どうせ、やるしかないし」
たしかに、ルインは第一軍と戦っている場合ではない。
それにしても、と彼女は考える。
「第一軍と戦うほうが楽なんて……」
しかし、ルインは成し遂げるしかない。
ここで彼女が失敗してしまえば、多くのものが失われてしまう。
それはルインが最も恐れるものである。
ルインは第一軍の次に現れる脅威に向けて準備を始めるのであった。
◇ ◇ ◇
当然だが、アークは何も意図していない。
アークが
「王女とルインだが、オレが戻るまでは城でゆっくりさせといてくれ。
あいつらにはあとでしっかり戦ってもらわなければならんしな」
というものだ。
この情報を申は曲解し、さらにジークから得られた情報も勝手に混ぜ合わせてカミュラに伝えた。
さらにその情報をカミュラの中でも勝手に解釈し、ルインに伝えたのだ。
こうしてアークの意図が全く含まれていない内容がルインに伝わるという、恐ろしい伝言ゲームが起きていたのだ。
アークになり切って思考する
そして、伝えられた内容に納得してしまうルイン。
こうしてアークの何気ない発言によって、戦いの準備が勝手に進んでいくのであった。
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