147. テュール

「国内で最強の戦士は誰だ?」と聞けば、おそらく多くの者がトールの名を上げるだろう。


 一対一で戦うなら、最も相手したくない人物だ。


 トールは一人で戦況を変えうる力を持っていた。


 だが、戦争において最も敵に回したくない人物といえばテュールだ。


 天才的な嗅覚をもって、数々の戦で武功を立ててきた男だ。


 北部遠征で三倍の兵力を持つ異民相手に勝ちを収めたのは、もはや伝説であろう。


 北の異民から最も恐れられている人物だ。


 そんなテュールだが、彼は忠誠心が高い人物としても有名だ。


 現国王であるウラノス・サクリ・オーディン――国内からの支持が圧倒的に低い国王であり、公爵の傀儡と化しているにもかかわらず、テュールは忠誠心を持ち続けてきた。


 そのためテュールは、国王の牙とも呼ばれていた。


 獅子マークの旗を掲げ攻め入る姿は、まさに圧巻である。


 原作で辺境伯軍を破ったのも、第一軍の指揮を取っていたテュールである。


 そのテュールがノーヤダーマ城に向かって進軍している。


 1万5000の軍勢。


 ロット侯爵の軍と比べると月とスッポンである。


 当然、月が第一軍である。


 それは行軍速度に現れていた。


 ロット侯爵の倍ほどの速度が出ており、その事実が練度の高さを示している。


 もちろん兵士の士気も高い。


「ガルム伯爵は出てくるでしょうか?」


 腹心の問いに、テュールは「ふむ」と頷く。


 定石なら城内に籠もるはずだ。


 最強の第一軍とはいえ、城にこもられたら攻略するのにも時間がかかる。


「出てこなければ楽なのだがな。まあ十中八九出てくるであろうが」


 普通であれば、籠城戦のほうが厄介である。


 だが、テュールはむしろ籠城戦のほうが楽だと考えていた。


「……なぜでしょう?」


「今回の戦、グリューン侯爵からの援軍があるのは知っているな?」


「ええ。まさか竜を手なづけるだなんて」


 地上と空、両方から攻め入ることができるのだから籠城したとて崩すのは容易い。


「ですが、野戦であろうと竜の脅威は変わらないはずでは?」


 腹心の言う通り、竜がいるからといって野戦のほうが良いという話にはならない。


「敵が籠城戦を望むなら、我ら第一軍は待てば勝てる。竜が攻め入るのを待つだけだからな。

だが、野戦となると勝敗はわからぬ。グリューン伯爵との連絡がしばらく途絶えておるしな」


「つまり……どういうことでしょう?」


「なぜ我らはここまで簡単に領内に踏み入れたと思っておる?」


 テュールが質問を質問で返す。


「誘われているということでしょうか?」


「そうじゃ。アークは我らを誘っている。おそらく短期決戦が目的であろう」


「それはなぜ?」


「考えられる理由は一つ」 


 テュールは白くなった顎髭をわしゃわしゃと擦る。


「我らと竜。同時に相手するのを避けるためだ」


 グリューン侯爵からの連絡が途絶えている。


 その事実からテュールは推測する。


 おそらくアークが何らかの手をうち、グリューン侯爵を遠ざけているのだ、と。


 その間に第一軍を倒そうという算段なのであろう。


「つまり敵さんの目的は各個撃破。野戦で第一軍を潰し、その後に竜を潰す。

敵さんからすれば、短期決戦で勝敗がつくのならそれに越したことはないからな」


 腹心が「なるほど」と納得したように頷く。


 獅子の軍勢と竜の群れ、同時に攻められるよりは各個撃破したほうがはるかに楽だ。


 もちろん、各個撃破も容易ではないが。


「ガルム伯爵に同情してしまいますね」


 テュールは腹心をちらっと見る。


「なぜかね?」


「唯一の希望が第一軍を短期決戦で勝つしかないなんて、同情を禁じえません。

飛ぶ鳥を落とす勢いのガルム伯爵とて、さすがに今回は終わりでしょう」


「お主は絶対に勝てると思っておるようだな」


「勝負に絶対はありませんが、それでも勝てると思ってしまいますよ」


 テュールは首を軽く横にふる。


「この戦、厳しい戦いになるぞ」


「北の異民に囲まれたときよりはマシでしょう?」


「くはっ。あのときは本気で死ぬかと思うたわい」


 三倍の兵力に囲まれ、テュールも死を覚悟したほどだ。


「あれ以上の死地を経験したくはないな」


 なにはともあれ、テュールからしても短期決戦は望むところである。


 アーク軍がいかに精強であろうと、第一軍のほうが強いのは事実である。


 結果、自分たちが有利なことに変わりはないのだから。


「ガルム伯爵と相対するというのは、死地に赴くということではないか? のぉ?

神級魔法は天災じゃぞ」


 突如、テュールと腹心の会話に老齢の魔法使いが割り込んできた。


 彼の名はマーリン――宮廷魔法使いだ。


「そのためにお主を連れてきたのだ」


「ふぉっふぉっふぉっ。この老いぼれに何ができましょう」


「お主の謙遜は皮肉にしか聞こえぬな。この国にお主よりも優れた魔法使いが、一体どれだけいる?」


 マーリンは、ふぉっふぉっふぉっ、と笑って「過大評価じゃよ」と答える。


「相手はあのガルム伯爵じゃ。

儂みたいな老いぼれが勝てるとは思えんがの。

これは謙遜ではなく事実じゃよ、テュール。」


「マーリン殿でも勝てないなら、この国で勝てる魔法使いはいませんよ」


 テュールの腹心がすかさず口を挟む。


「そうじゃ……。神級魔法の使い手、無詠唱魔法、桁外れな魔力量。

あれはもはやバグじゃ。世界のバグに誰が勝てるというのじゃ」


「たしかにあれはバグかもしれぬな。

だがバグなら取り除く必要があろう?

そのためのお主じゃ。

私はマーリンこそ最高の魔法使いだと考えておる。

アークでもイカロスでもシャーリックでもなくな」


 マーリンは視線を上げ、テュールを見る。


「フォーフォッフォ。この老いぼれに何を期待しとるか知らんが。

過大評価が過ぎるぞ、テュール」


「魔力量だけで言えばお主のほうが上だろう?」


「ふむ……。なんにしても陛下・・・の命令というならば仕方あるまい。

老いぼれの意地でも見せるとしよう」


 マーリンはふぉっふぉっふぉと奇妙な笑い声を上げながら目を細めた。

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