142. ありふれた悲劇
深く静かな夜。
ジークとブリュンヒルデが対峙している。
あれから10年弱。
久しぶりの再会。
ジークにとってブリュンヒルデは自分を地獄に落とした人物。
「ねえ、ジーク。昔話、楽しかったわね」
「……そうですね」
「うふふっ。あれからどうだった? 私のことどう思ってる?」
「お嬢様。私はお嬢様を恨んでなどおりません」
「……」
ブリュンヒルデはジークを睨みつける。
「貴方を苦しませたのが私だったこと、今でも深く後悔しております」
「後悔? そんなの私は――」
望んでいない。
ブリュンヒルデがそう続けようとしたが、ジークは被せるように言った。
「私はアーク様に救われました。貴方を恨む理由はもうないのです」
その言葉はジークの本心であった。
それと同時にブリュンヒルデを止めるための言葉でもあった。
だがしかし、
「――――」
ブリュンヒルデの反応は劇的だった。
そしてその反応はジークが望んていたものとは真逆だった。
隠しきれない怒りが、ブリュンヒルデの顔にあらわれた。
「お嬢……様?」
「アーク・ノーヤダーマ」
ブリュンヒルデが呟く。
その声には憎悪が含まれていた。
嫌悪ではなく、憎悪だ。
「ほんっとうに邪魔な存在ね。目障りなんてものじゃないわ」
もしもアークがいなければジークは今も地獄を見ていたはずだった。
そうであれば、ずっとブリュンヒルデを恨んでくれていた。
恨みという感情は愛よりもずっと確かで残りやすく、そしてわかりやすい。
だが
「殺さなきゃね。本当ならもっとすぐに殺すべきだったわ。ああ、しまったわ」
ブリュンヒルデは空を仰ぐ。
「もっとすぐに動くべきだった。でも今からでも遅くはないわよね? ねえ、ジーク」
ブリュンヒルデは口角を釣り上げながら、視線をジークに向ける。
同時に、ファバニールが巨大化する。
「……ッ」
ジークは息を呑む。
ファバニールの、その巨体に驚かされた……わけではない。
暴力的とも言える圧倒的な力に驚愕を隠せないでいた。
アークですら勝てるかわからない。
そう思ってしまうほどに。
「じゃあね、ジーク。楽しかったわ。またね」
そういってブリュンヒルデはファバニールに乗って夜の闇に消えていった。
◇ ◇ ◇
ジークフリートの悲劇。
アニメでは、なかなかに強烈なインパクトを与えた回である。
闇の手によって操られている身ながら、ジークはその強靭な精神力で意志を獲得した。
干支で惟一、主人公側に立った人物でもある。
彼女の目的はブリュンヒルデに会うこと。
しかし、原作のストーリーに希望などない。
ジークフリートは主人公スルトたちとともに行動するものの、その命には限りがあった。
闇の手の呪縛から完全に逃れることはできなかったのだ。
代償として
そして彼女は呆気なく死んでしまうのだった。
ブリュンヒルデに会うこともできず、最後は弱った体ではまともに戦うこともできず、闇の手の一員によって殺されてしまう。
ナンバーズでもない、名もなきキャラに。
干支最強と呼ばれた彼女には、相応しくない最期だ。
そしてその体はさらなる実験のために使われ、
スルトは仲間だったジークをその手で殺すことになる。
もう死んでるとはいえ、一緒に行動したものを手にかけるのは気持ちの良いものではない。
さらに衝撃だったのがその後の展開だ。
スルトはブリュンヒルデにジークの死を伝える。
すると、
「ああ……ああ。ああああああああああああああああああ!」
ジークの死を知ったブリュンヒルデが突然発狂い出し、主人公たちの目の前で自殺してしまう。
そういった、なんとも言えない結末となるのだ。
アニメでは、突然ブリュンヒルデが笑いだしナイフで喉を切り裂く姿、視聴者にトラウマを与える光景であった。
ビュッと鮮血が舞い、スルトの顔に血が付着。
目を見開き笑った状態で事切れるブリュンヒルデ。
唖然とした顔で血を拭うスルト。
クオリティが高いせいで一つ一つの描写が視聴者の胸をえぐるシーンとなったのだ。
アニメではジークとブリュンヒルデの関係について詳しく語られていなかった。
つまり、視聴者からすれば突然ブリュンヒルデが発狂し自殺したということだ。
視聴者は展開についていけずにポカンとし、彼らの心中に後味の悪いものだけを残した。
さらにこれだけで終わらないのが原作だ。
ブリュンヒルデの死によってファバニールが暴走する。
ファバニールは怒りと悲しみのあまり、辺境伯領を破壊し尽くし、敵味方関係なく殺し尽くし、そして空に消えていくのだった。
誰も救われない終わりである。
原作に救いがないことは、もはや言うまでもない。
だが、救いがないのは敵キャラも同様である。
登場人物全てに容赦がないのが、この原作の嫌らしいところだった。
しかし――この世界にはアークがいる。
アークがいることで、この後味の悪い展開がどう変わるか……。
それは誰にもわからない。
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