143. 作戦会議
ガルム領の中心――ノーヤダーマ城。
ノーヤダーマ城は緊迫した雰囲気に包まれていた。
第一軍のテュールが攻め込んできているという情報が飛び込んだからだ。
第一軍とは王国最強の軍隊。
だが、問題はそれだけではない。
第一軍が攻めてくる。
その事実はつまり、国王がガルム伯爵を敵と認識したということだ。
もう後戻りはできない。
指も干支も、アークに対しては絶対の忠誠を抱いている。
問題は、軍だ。
当然、軍もアークに対しての忠誠心は強い。
だがしかし、干支や指のように自らの命を投げ売ってでもアークに付き従えるかといえば、答えはノーだ。
時と場合によるとしか言いようがない。
もっとも軍に所属している以上、命令とあらば従うしかない。
国と戦えと言われれば、彼らは勇猛果敢に戦うだろうが、望んで国と戦いたがる者はいない。
それと同時に、もう一つの知らせが届く。
アークの帰還。
干支やアークの友人たちも一緒にいた。
その友人の中に第二王女や公爵令嬢がいたため、これもまた緊迫感を高める要因となった。
国王派と第一王子・第二王女派で対立していることは、多少知恵が回るものなら当然のように把握していた。
第一軍が攻め入ってくる。
それも第二王女と公爵令嬢がいるのに、だ。
これはつまり、国を分けた本格的な戦いが始まることを意味していた。
「――――」
ノーヤダーマ城の一室では重々しい雰囲気が漂っていた。
戦略会議が開かれる。
議題は当然、第一軍にどう対応するかについてだ。
最初に口を開いたのは、当然、アークだ。
皆のもの、と静かに、けれど力強く言葉を吐く。
「わかっていると思うが、ここからが本当の戦いだ」
会議に参加している面々は緊張に顔を強張らせる。
「我々が準備してきたのは、この戦いのためだ。
我が軍は劣勢である。
ヴェニス公爵を始め、北の辺境伯、北神騎士団、ゴルゴン家、そしてバベルの塔からの協力も取り付けた。
学園は中立を保つと言っていたようだが、東のゲルプ侯爵を足止めするようだ。
ふっ、中立という言葉はなかなかに便利であるな」
アークはいつもよりも口数が多く、皮肉を交えながら語る。
いつもアークなら、いちいち語ることはない。
最低限の情報伝達だけをするのがアークのやり方だ。
だが今日のアークはよく喋る。
それだけこの戦いにかける思いが強いということなのだろう。
会議の参加者はそう捉えた。
「厳しい戦いになることは間違いない。だが我々に敗北の二文字はない。
たとえ敵が第一軍であろうと、国であろうと……。
闇の手であろうと、我々は勝たなければならない。
すべてはガルム領に住む者たちのために。そしてこの国の明るく平和な未来のために――」
アークの言葉に周囲は各々の思いを胸に頷く。
そしてアークはひとしきり周りの反応を見た後、
「それでは始めようか」
と威厳のある声を発した。
ちなみに、この場にいるのは本物のアークではない。
申がアークに扮しているのだ。
彼女は自分が考える”アーク像”を忠実に再現していた。
だが当然、本物のアークは何も知らないため饒舌に語れるわけがない。
もはやアークが領主をやるよりも、申がやったほうが良いのではないか?
そう思わされる一幕であった。
◇ ◇ ◇
三方会議。
軍、干支、指とトップが集まる会議である。
彼らは互いに優劣は存在しない。
定期的に各トップが話し合いを行っている。
軍からはランスロットと副官のモルドレッド、そして参謀たち。
干支からは子のラトゥがメインで出席し、時と場合によって他のメンバーが参加する。
指からはカミュラとシンモラだ。
軍事会議には、主にこの三方会議のメンバーが集められていた。
それに加え、ここにはアークが連れてきた面々もいる。
スルト、ルイン、マギサの3人だ。
そしてアーク。
だが、本物のアークではなく申が擬態した姿。
話し合いはもちろん、第一軍に関することだ。
常識的に考えれば籠城戦だろう。
最強と名高い第一軍相手に、野戦を挑むのは愚かとしか言いようがない。
軍からはもっぱら籠城戦を押す声が出ていた。
ただ一人。
軍の中では、ランスロットだけは軍議に口を出さず、周囲の意見に耳を傾けているようだった。
そんな中――。
「ニーベルンゲン平原に出て、第一軍を迎え撃つ」
アークに扮した申がそういった時、会議はしんと静まり返った。
しかし、すぐさま、
「閣下! それはなりません!」
軍からも猛反対の声が上がった。
ただでさえ劣勢だ。
その上、敵はテュール率いる第一軍である。
野戦に持ち込んでは勝ち目が薄いのは明らかだ。
軍には勇猛果敢な猛者が揃っているものの、彼らもただの死にたがりではない。
だが、しかし、
「これは決定事項である」
アークがそう言うものだから、他の者は何も言えないでいた。
アークの決定は絶対である。
ちなみに
今の申は、本物のアークよりも
ブリュンヒルデとファバニールが本物のアークを探しに回っている。
つまり、ブリュンヒルデたちが
――チャンスは今しかない。
陸では最強の第一軍、空では最強の竜の群れが攻めてきている。
これらを同時に叩くのは、さすがに無理である。
必要なのは、各個撃破。
アークが単独行動しているのは、ファバニールを引き付けるため――申はそう推測していた。
もちろん、それは勘違いであるが……。
アークは何も考えていないし、そもそもこの状況を一ミリも知らない。
しかし、アークがそんなポンコツであることを申は露程も思っておらず、”アークならこう考えるだろう”という推察のもとに動いている。
短期決戦で第一軍を破り、その後、竜の襲撃に備える。
これが申の考えたシナリオだ。
そして彼女は、
「定石というものは、それが通じるからこそあるのです」
ランスロットの部下モルドレッドが静かに、けれど、厳しくアークの判断を否定する。
「奇策は不満か?」
「とんでもございません。しかし、定石を検討せずいきなり奇策に入るのはいかがなものかと」
「ふむ。貴様の言うことも一理あるな」
モルドレッドの発言は何も間違っていない。
奇策は所詮、奇策である。
最初から奇策を論ずるのは、あまり褒められたことではない。
「野戦でテュール相手するのは怖かろう。なあ、モルドレッドよ」
「ええ、もちろん。地上の獅子テュールが怖くない者などいましょうか?
閣下は別でしょうが」
剣呑な雰囲気が場を支配する。
アークが、ふんっ、と鼻を鳴らす。
「ランスロット、貴様はどう考える?」
唐突に話を振られたランスロット。
彼は内心「こっちにふるなよ」と思っていたのだが、もちろん表情には出さない。
「アーク様がそう仰るなら、我々はそれに従うまでです」
「違う。貴様の意見を聞きたいのだ」
うっ、と胃を抑えたくなるランスロット。
そもそもランスロットに意見などない。
「第一軍と戦うのは嫌だ、逃げたい」という思いしかない。
しかし、さすがに臆病なランスロットであっても、逃げの選択を取れるはずもなければ、ましてやこの場でそのような発言をするはずもない。
ランスロットは必死に頭を回転させる。
だが、彼の頭では良い答えなど浮かぶはずもない。
「私はアーク様のお考えに賛成です。野戦を望まれるというのには何か
結果としてランスロットはアークの機嫌を損ねないような、無難な発言に徹した。
「わかっているなら話が早い。ならば、どう戦う?」
「正面から迎え撃つというのは……無謀でしょうね」
当たり前のことを、さもそれっぽくいうランスロット。
「ほぅ? オレの魔法が通用しないとでも?」
アークがからかうように言う。
「当然、敵もアーク様のニブルヘイムを警戒しているでしょう。何も対策を打たないほど愚かではあるまい」
「ではどうするのだ?」
アークがニヤリと笑う。
いつもよりも責めが強いアークに、ランスロットは「もうやめてくれ」と願う。
ランスロットの頭で思いつくようなことは、当然、他のメンバーも思いつくようなことである。
だが、みながランスロットの発言を待っている。
ランスロットは胃をキリキリさせながら答える。
「側面から叩きます」
ランスロットの頭では、それしかテュール率いる第一軍を倒す方法が思いつかない。
しかし、側面を戦うのが難しいということも知っている。
「ふむ……」
アークが顎に手をおき、考え込む。
しばらく、沈黙が続く。
その時間だけランスロットの胃が痛むのは言うまでもない。
そもそも、ランスロットは戦術に詳しくない。
テュールの軍が正面からでは勝てないから、横から行くしかないという超浅い考えだ。
素人同然の意見であり、ランスロットは自身の浅い考えが見透かされているようで胃がキリキリした。
「まあ、悪くないな」
アークがそういうと同時に、軍事会議の空気が少しだけ弛緩する。
ランスロットもほっとした。
だが、次の言葉で彼は地獄に落とされることとなる。
「ならばランスロットよ。貴様が全軍を率い、第一軍を殲滅せよ」
ランスロットはあまりのことに反応が遅れる。
「軍の指揮権を一時期的に貴様に預けよう。期待しているぞ、ランスロットよ」
「……はっ」
ランスロットは遅れてから頭を下げる。
こうしてランスロットは大役を任されるのであった。
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