五章 しん愛編

129. 幕開け

 誰かを想うということは辛いことだ。


 誰かを愛するということは、もっと辛いことだ。


 苦しく辛く、この世界に一人ぼっちだと思ったとき、人は絶望するのだろう。


 助けてという声は届かず、暗い道をただひたすら歩いていく。


 出口の見えない道を――。


 それならいっそのこと、道などないほうが良かった。


 生などいらなかった。


 生まれてこなければよかった。


 人は人との関わり合いの中で生きていく。


 関わり愛し愛されながら生きていく。


 しかし、自分はその環の中にいられない。


 想い、想われ、そうやって紡がれる物語に自分はいない。


 いや、想うことはあった。


 しかし、一方通行なそれはただただ世界の残酷さを痛感させるものでしかなかった。


 想われることはない。


 ならば愛など不要だ。


 その感情を知らなければよかったと……そう本気で思った。


 世界は残酷だった。


 生きるということは残酷だった。


 愛するということはもっと残酷だった。


 ああ、息苦しい。


 生きるのが苦しい。


――はやく、私を……殺して。


 少女はそれだけを願い、深い眠りに落ちていった。


◇ ◇ ◇


 ふははははっ。


 学園に帰ってきてから一ヶ月が経ったぜ!


 修学旅行は楽しかったが、学園生活もいいもんだな!


 好き勝手し放題だからな!


 最上級生であるオレは誰かに気を使う必要がない!


 まあ下級生の頃から気を使うことなどなかったがば!


 ふははははっ!


 貴族だからな!


 好き勝手やってやるぜ!


 それもオレはただの貴族じゃない。


 悪徳貴族だ!


 オレのバックには王女がいる。


 より一層好き勝手振る舞える!


 まさにここは天国だ!


 悪徳貴族最高だぜ!


 だがまあ……あれだ。


 学園生活も少し飽きてきた。


 いつもと同じ日常が嫌というわけではないし、好き放題できるこの環境は悪くない。


 だが人間というのは飽きが来る生き物なのである。


 このまま学園生活やっててもつまらんだろうな。


 もっと刺激が欲しい!


 よし、旅に出よう!


 学園生活をサボってやるぜ!


 ということでオレは学園側には何も伝えずにサボることを決めた。


 まあオレは貴族だからな!


 好きなようにやってやるぜ!


 ふははははっ。


 さっそくオレは羊のシャーフと馬のプフェーアトにこのことを告げた。


「すでにご存知だったのですね。さすがアーク様です。

いえ、この程度知っていて当然でした。申し訳ございません」


 プフェーアトがオレを称賛してきた。


 オレが何を知っているというのか?


 まあそんなことどうでもいい。


 称賛される理由がよくわからんかったが、称賛されるのは大歓迎だ!


 なぜかマギサ、ルイン、スルトもついてくると言ってきた。


 どこから話が漏れた?


 オレが秘密裏にサボろうとしている計画が……。


 まあいい。


 貴様らもサボりたいってことか?


 いいだろう!


 一緒に学校をボイコットしようではないか!


 ふははははっ。


◇ ◇ ◇


 この国には四大侯爵がいる。


 ブラウ侯爵、ゲルプ侯爵、ロット侯爵、グリューン侯爵だ。


 北のブラウ、南のグリューン、西のロット、東のゲルプ。


 ロット侯爵、ブラウ侯爵、ゲルプ侯爵は完全に王派であり、グリューン侯爵は中立派と言われている。


 というより、グリューン侯爵は立場を表明しておらず、謎に包まれている。


 さらにグリューン侯爵は四大侯爵の一つであるが、他の侯爵と比べると些か物足りない。


 過去に起こした侯爵令嬢の暴走により、一気に格が落ちたのだ。


 最近では、グリューン侯爵を除いた三大侯爵と呼ばれている。


 つまり、四大侯爵のうち3つの侯爵がアークと敵対派閥である状況。


 その中でアークを特に恨んでいる侯爵がいる。


 ロット侯爵だ。


 ガルム領の隣接するロット侯爵領。


 アークはそこから人材の引き抜きを行っていた。


 それに対し、ロット侯爵は抗議を行っていたがアークはそれに反論。


「私が引き抜きを行った証拠はどこにある? 貴様の怠惰を私の責任にするのはどうだろうか? なあ、ロット侯爵」


 と、ロット侯爵の顔を真赤にさせるような発言すらしていた。


 本来ならロット侯爵のほうが地位も上であり、発言権もあるはずだ。


 しかし、あまりにもガルム領の発展が著しく、兵力も整っていたため、ロット侯爵は手を出せずにいた。


 だが、火種は燻っていた。


 ロット侯爵は、ガルム領を狙う機会を虎視眈々と狙っていた。


 少なくともアークがいないときに攻め入る必要があった。


 だがアークがいなかろうと、アーク軍は精強と知られている。


 ランスロット率いるアーク軍にロット侯爵は恐れをなしていた。


 逆にロット侯爵の兵の質は低く、徴兵で人をかさ増ししたとしても量が増えるだけで、影響は微々たるものだ。


 攻め入るための口実はあろうと、攻め入る力がない。


 ロット侯爵はその事実を歯がゆく感じていた。


 だが、そんなロット侯爵のもとに朗報が2つ届く。


 1つ目はアークがロット侯爵令息を侮辱し、魔法を行使したことだ。


 「侮辱」および「魔法行使」に関しては、戦争の大義名分としては十分なものであった。


 ロット領次期侯爵への挑発は、敵対と取られてもおかしくはない行為だ。


 しかしこれだけでは朗報にはなり得ない。


 大事なのはもう一つの朗報。


 援軍だ。


 これまで中立を貫いていたグリューン侯爵から援軍の話が届いた。


 戦力として、大したあてにはならないグリューン侯爵。


 最初は無視しようと考えた。


 だがしかし、グリューン侯爵の率いる軍を見せられ、ロットは考えを改めた。


「あれが味方なら、アークなど大した相手でもないわ」


 なぜなら、グリューン侯爵の引き連れてきた軍は、この世界の最強種たる竜であったのだ。


 竜の軍勢が味方になる。


 これほどの吉報が他にあるだろうか?


 ロット侯爵は息子が帰還してまもなく、ガルム領に進軍を開始した。


「見ておれよ、アーク。お前の領地を蹂躙してやろう」


 これが、歴史を動かす内乱の幕開けとなるのだった。


◇ ◇ ◇


 ロット侯爵は知らない。


 アークがこっそりと学園を抜け出そうとしていることを。


 アークの行動を読もうなど、誰にもできることではないのであった。


 このアークの突拍子もない行動が、はたして吉と出る凶と出るか。


 それは誰にもわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る