128. あばよ

「まさかイカロスが、ね」


 学園長はアークの部下から事の顛末を聞かされた。


 まさか力を求めるあまり、やってはいけないことに手を出すとは思わなかった。


 友として恥ずかしかった。


 イカロスのように私利私欲のために他者を犠牲にするものがいる。


 一方で、アークのように誰かを守るために魔法を扱うものがいる。


 魔法が悪いのではない。


 使う人達が悪いのだ。


 ならば、学園長がやるべきことは、正しい魔法を教えるのではなく、正しく魔法を扱えるよう教えることであった。

 

 それを改めて思わされた。


「それにしてもアークくんは本当にすごい子ですね。

そんなアークくんを使おうなんて、私は傲慢でしたね」


 学園長は、アークの部下に「アーク様を利用するのは、たとえあなたでも容赦しませんよ」と釘を刺された。


 今回の剣で、学園長はアークに大きな借りができてしまった。


 ラプンツェルはもう十年以上も前に行方不明になっていた。


 バベルの塔の頂点に行ってから姿を消したと言われていたが、学園長の力では、その真偽を確かめることができなかった。


 しかし、もしかするとアークならバベルの塔の頂上に行けるかもしれないと考えた。


 救い出してくれるかもしれないと期待した。


 その思惑どおり、アークは100階に到達し、ラプンツェルを連れ帰ってくれた。


「アーク君に力を貸そう」


 アークに借りができたからではない。


 アークを信じたいと思ったからだ。


 アークがいままで多くの者達を救ってきたことを、学園長は知っている。


 そのアークを信じてみたいと考えた。


 おそらく、この国で今後はさらに大きな戦いが起こるだろう。


 このバベルの塔で起きたものとは比べ物にならないほどの戦いが――。


 学園がその戦いに巻き込まれる可能性もある。


 それは学園を守る立場の学園長にはあってはならない判断かもしれない。


 それでも、よりよい未来のためにアークに力を貸すのが最善だと学園長は考えたのだった。


◇ ◇ ◇


 学園長が涙を流してオレにお礼を言ってきた。


 え、なに?


 ラプンツェルを助け出してくれてありがとう?


 どういうこと?


 ラプンツェルってあのバベルの塔の管理者だよな。


 話を聞く限り、オレのおかげでラプンツェルは管理者をやめることができたらしい。


 いや、オレは何もしてないけどね?


 強いて言うなら、グングニルを発動したくらいだ。


 もしかして、あれ実は発動しちゃダメだったやつ?


 なんかラプンツェルも発動したらまずいみたいなこと言ってた気がするし。


 つまり、辞めることができたんじゃなくて辞めさせられたってことか?


 まあ、なんにしろオレは悪くないがな!


 ふははははっ。


 感謝といえば、なぜかルインからも感謝された。


「アークのおかげで、過去に終止符を打つことができた」


 とかなんとか言ってた。


 過去に終止符ってなに?


 ルインは言葉が少ないから、言ってることが伝わりにくいんだよなぁ。


 まあよくわからんけど、満足したってことだろうな。


 うむうむ。


 そういえば、フレイヤの雰囲気が変わっていたな。


 オレの嫌がらせが随分と効いたようだ!


 こんなに気持ちの良いことはない!


 少しだけフレイヤと話をしたが、前のような嫌味な感じはなくなっていた。


 というより、ちょっと性格が変わっているように思えた。


 フレイヤから殊勝な感じが出ていた。


 ふははははっ!


 相手の性格まで変えてしまうとはな!


 想像以上にオレの作戦がうまくいったようだ!


 最高だ!


 雰囲気が変わったといえば、マギサの雰囲気も変わってたな。


 なんかこう、知的な感じが出てた。


 留学経験で研究者に触発されたのか?


 色んなものに触発されやすい年頃なんだろうな。


 そういえばマギはどこいったんだ?


 バベルの塔で会ってから、マギとは連絡がつかなくなった。


 TEL友がいなくなって、少し悲しい……。


 でもまあしょうがないか。


 マギはマギサの敵だし、本来オレと仲良くする立場にはいない。


 気持ちを切り替えていこう。


 その後、ニヤニヤした顔のロストと話をした。


 さては貴様、フレイヤへの悪巧みが成功して喜んでいるんだな?


 お主も悪よのぉ。


 と思ったら、どうやらニヤニヤしてる理由は他にあるようだった。


 ロストがオレにセミークとかいう女を紹介してきた。


 なんだ貴様。


 美人の彼女を紹介してマウントでも取ったつもりか?


 ふははははっ。


 オレはガルム伯爵だぞ?


 やろうと思えばハーレムなんていつでも作れる立場だ!


 たかが一人の女を捕まえたところで調子に乗るなよ?


「紹介するのは女ひとりか? もっと紹介する者がいるだろう?」


 と煽ってやった。


 まあ、どうせいないだろうがな。


 貴様の器量では一人捕まえるので精一杯だ。


 と思ったら、なんかロストが大勢に連れてきやがった。


 おぅ……まじか……。


 老若男女いやがる。


 ロストの器は相当でかいようだ……。


 ま、まあオレはガルム伯爵だからな!


 オレには大量の領民しもべたちがいる!


 つまり、オレのほうがすごいし、偉い!


 ふっ、ははははっ。


 干支のやつらも満足してそうだったな。


 プフェーアトはちゃんと終わらせてこれたらしい。


 彼氏と別れられたってことか?


 そういえば、良い出会いもあったとか言ってたな。


 え、もう新しい人でも見つけたの?


 手が早いな。


 シャーフもいい人と出会えたらしい。


 どうやらオレが知らないところで出会いの場に言っていたらしい。


 姉妹でお盛んなことだ・


 まあ修学旅行ってのは、何かが起こるもんだ。


 前世でも修学旅行で付き合ったカップルはたくさんいたしな。


 まあクリスマスまでに別れるやつもたくさんいたが……。


 そういえば申も出会いの場に行ったのだろうか?


 申はプフェーアトやシャーフとも仲が良いらしいし。


 そもそも、申のやつどこにいたんだ?


 あいつ、いつも変装してるから見つけられないんだよなぁ。


 ま、いっか。


 さすがにティガーは出会いの場には行っていないだろう。


 あいつ、異性とか興味なさそうだし。


 こっそりティガーにイカロスをどこに隠したか聞いたが、忘れたとかいいやがった。


 やはり、あいつはアホだ。


 まあオレもイカロスの件は忘れるとしよう!


 なんだかんだいって、バベルの塔は楽しかったぜ。


 嫌いなやつを貶められたし、塔の頂上にも登れたし、フルダイブ体験もできたし、悪魔の狩猟という貴重な経験もできた。


 満喫した修学旅行だったぜい!


 サンキュー、バベルの塔。


 あばよ!


◇ ◇ ◇


 勘違いと偶然が重なった結果、バベルの塔では多くの者たちが救われた。


 ルサールカに囚われてしまった者たちやバベルの塔の頂上で外に出られなかったラプンツェル、心を救われたマギ。


 森の一族と再会できたロストや、ラプンツェルの帰りを待っていた学園長。


 さらにいえば敵であるロキも救われたことになるだろう。


 すべてが偶然であるにも関わらず、誰も偶然だとは思っていなかった。


 みながアークのおかげであると考えていた。


 こうしてまたアークに対する勘違いは加速していく。


 そしてこの結果、原作との乖離が大きく進んでしまったのは言うまでもないことだった。


 アークが介在したこの世界は、すでに原作とは別の世界とも言えた。


 ガルム領、学園、ヴェニス、メデューサの実家、バベルの塔などなど……。


 アークはすでに数多くの原作シナリオをぶっこわしてしまった。


 この変化が最後にどういう結末をもたらすのか?


 それは誰にもわからない。


――バベルの塔編 完――

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