127. 解放
こいつ、馬鹿なのか?
いや、馬鹿なんだろうな。
おかげで楽勝だったわ。
ふはははっ!
と、まあ楽勝だったけど、こいつどうしよっかな?
死んではいないが……殺すか?
いや、待てよ……。
やばっ。
こいつの顔どっかで見たと思ったが、塔長のイカロスじゃね?
え?
なんでイカロスが悪魔になってんの?
まさか実験でもしてたのか?
やばいぞ、これはかなりやばい案件だ。
殺すのはまずいだろ、さすがに。
いや殺してはないけどさ。
永久保存状態にしただけだけどさ。
それって死んでるのと一緒じゃない?
いやいや。まあ死んでるようなもんだけど、一応生きてるよ?
ニブルヘイム・ゼロの解除は難しいんだよな。
マジでどうしような?
これ怒られたりしないか?
いや、別に怒られても問題ないか!
なんたってオレは伯爵だからな!
権力使えばなんとでもなるだろう。
たしか妹のエリザベートが第一王子と文通してるしな。
王子にでも頼み込もう。
いや、そもそもの話、これをなかったことにすれば良くね?
イカロスを隠せばいいんだ。
でも、この悪魔結構重そうなんだよな。
ペンと箸しか持てない貴族のオレには荷が重いぜ。
近くにプフェーアトがいたが、プフェーアトに運ぶのを頼むのは気が引ける。
だってプフェーアトかなりの重症だし。
てか、なんで重症なの?
大丈夫?
もしかして、バンジージャンプでもしてた?
わかるよ、その気持ち。
オレもさっきバンジーしてたし。
いやまあ冗談だけど。
あーだこーだ考えてたら、たまたまティガーがオレの前を通りかかった。
良いところにいたな、ティガー。
というわけでティガーにイカロスを隠すように命じた。
隠す場所は……まあ人に見つからないところで。
土の中は……なんかの理由で見つかるかもしれないから怖いな。
地面がダメなら空はどうだ?
バベルの塔頂上とか。
いや、バベルの塔はさすがにやばい。
そもそもティガーはアホだし、バベルの塔登れないだろ。
って、ティガーのやつ。
ひとの話最後まで聞かずに行っちまった。
まあいいか。
ティガーは馬鹿な子だけど、命令は忠実に守るから安心だ!
というわけでオレはなぜか重症のラプンツェルを運ぶことにした。
ほんと、なんでこんなに重症なんだ?
◇ ◇ ◇
ラプンツェルは研究ができれば孤独でも構わないと考えていた。
研究さえ進められれば、あとはすべて些細なことだと思った。
だが、本当の孤独というものは想像した以上の苦しみだった。
空腹にもならず、睡眠も必要としない空間は、楽しみなく休憩もできない地獄の日々。
研究し放題の最高の環境だったが、最低の気分だった。
誰とも交わらず、ずっと一人の世界。
寝ることもできないため、四六時中孤独を味わい続ける。
そんなラプンツェルにとって唯一の救いは、家族であった。
ラプンツェルは、まさか自分が子供の成長を楽しみにするとは思わなかった。
思いがけない内心の変化に驚いた。
イカロスによって子どもたちが実験対象にされたときは怒りを覚えた。
殺してしまいたいほどの憎しみが生まれた。
アークによって子どもたちが救われたときは涙を流して喜んだ。
アークのもとで子どもたちがすくすくと育つ姿を見るのが楽しみになった。
触れ合うことはできない。
声すらも届かない。
想いなんてもっての外だ。
こんなにも子どもたちに会いたくなるなんて、ラプンツェルは予想だにしなかった。
子どもたちは自分のことを覚えてないだろう。
そしてラプンツェルも、この部屋を出てしまえば、今までの管理者としての記憶が消えてしまうだろう。
子どもたちを見てきた記憶がすべて失われてしまう。
それは胸が張り裂けそうなほどつらいことだった。
でも、ここから出られて子どもたちと触れられるなら、記憶なんてなくなっても構わなかった。
出られるなら――。
だが、この管理者の部屋は誰かがいなければならない。
いま100階までたどり着けるのはアークとラプンツェルだけ。
アークはこの世界に必要だ。
この部屋に閉じ込めておくことなどできない。
だから結局、ラプンツェルがこの部屋がこの部屋にい続けなければいけなかった。
しかし、彼女のもとに一人の少女が現れた。
「今まで待たせて申し訳ありません。あなたを助けに参りました」
少女はラプンツェルがここに来る前のバベルの塔の管理者だ。
「なぜあなたがここに?」
「アーク様のご指示です」
その少女、ティガーはアークに頼まれてとあるものをここまで運んできたといった。
普段は馬鹿っぽく「にゃー、にゃー」言ってるティガーだが、ここではまるで別人のような振る舞いをしていた。
否、別人といっても差し支えない状態だった。
ティガーはもともとバベルの塔の管理者をやっていた。
しかし、塔から出た際に記憶が失われてしまったのだ。
普段アークたちが接しているティガーとバベルの塔の管理者であるティガーは別人だった。
「不思議ですね。この空間にいるときだけは、昔を思い出すことができます。
自分が全能になった気分になりますが、それは勘違いなのでしょう。
ここは神の鳥かごに過ぎないです」
ティガーが言う通り、すべてを見渡せる目は神にでもなった気分になれる。
しかし、その全能感よりも虚しさが勝ってしまう。
「それにしても、まさかそんなものを運んでくるなんて……」
ティガーが運んできたのは、なんとイカロスだった。
イカロスは神級魔法が使える。
つまり100階に到達しうる人材だ。
そして氷漬けにされているとはいえ、生きている。
「良い身代わりになるでしょ?」
ティガーがいたずらっぽく笑った。
「え、ええ。そうですね」
ラプンツェルは若干引き気味に頷く。
イカロスを管理者にすれば、ラプンツェルは外に出ることができる。
「でも大丈夫なのですか?」
「もちろん。アーク様の魔法は完璧です。起き上がることはないでしょう」
ティガーが胸を張って答えた。
ラプンツェルも、別にアークの魔法を疑っているわけではない。
しかし、こんな方法で本当に出られるのか心配になった。
だが、その心配はまったくの杞憂だった。
イカロスを管理者にすることで、すんなりと外に出ることができた。
「まさか本当に私を救い出してくれるなんて……」
ラプンツェルは、さすがはアークだと思った。
そうしてラプンツェルは十数年ぶりにようやく、地上に降り立つことができた。
管理者として経験した記憶は綺麗サッパリ消えていたが――。
「……ああ。私のかわいい子たち」
記憶はなくなったものの、感情まではなくならなかった。
二人を愛してるという感情だけは残っていた。
ラプンツェルはプフェーアトとシャーフの二人と、たどたどしく、しかし嬉しそうに話をするのだった。
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