126. 物量作戦

 氷の物量押しは最強なんだぜ?


 スルトに対し、魔法の練習という名のもと氷塊をぶつけまくった。


 そのおかげで速度、質ともに向上した。


 いい訓練相手サンドバッグができてよかったぜ!


 それにしても、この悪魔……戦いってものがわかってないな。


 オレの発射する氷塊をいちいち地面に落としてやがる。


 避ければよいものを。


 全部の攻撃に対応するとか馬鹿なのか?


 無駄過ぎて笑えてくる。


 魔法使いの戦いなんて、初級魔法だけで十分なんだよ。


 最後にデザートよろしく中級魔法とか上級魔法とか使えば、十分だ。


 にしても、なかなかにしぶといな。


 なかなか堕ちてくれない。


 粘りすぎだろ。


 つまらん。


 こうなったらオレも出向くべきだな。


 オレの手で貴様を地に落としてやろう!


 空飛べるのが貴様だけだと思うなよ!


 必殺、ジャンプ!


 イカロスの頭上に向かって飛んでやったぜ。


「なぜ、お前がここにいる……!?」


 イカロスが驚愕に目を見開く。


 なにをそんなに驚くことがある?


 身体強化使って、一気に飛んだだけだ。


 ほら?


 人間でも空を飛べるんだぜ?


 悪魔さん。


「見下される気分はどうだ? ――絶対零度アブソリュート・ゼロ


 イカロスを凍らそうと思ったが、魔法で防がれた。


 まあでも、翼を凍らしてやったぜ。


 地に堕ちろ、クソ悪魔野郎。


 フハハハッ!


 悪魔が貴様は天に近づこうなど百年はやい話だ!


◇ ◇ ◇


 こんなはずではなかった。


 力を手に入れ、神級魔法も扱えるようになった。


 誰にも負けないほどの圧倒的な力を手に入れた。


 それなのに、初級魔法なんかに圧倒された。


 認められなかった。


 イカロスはあらゆる魔法を覚えた。


 一流の魔法技術を持っている。


 魔法に関して、イカロスの右に出る者はいないはずだった。


 自負があった。


 バベルの塔、100階にも到達できる。


 自分こそが神に選ばれた人間――神を超える存在だと思った。


 それなのに、まさか初級魔法程度に圧倒されるなど……。


 そんなのはあってはならない。


 イカロスは立ち上がる。


 眼の前にはアークがいた。


 すでに絶対零度の魔法は解呪できており、体も傷も癒えている。


「失望したぞ、アーク。

神級魔法を覚えているにも関わらず、初級魔法を使うとはな。

お前にはプライドというものがないようだ」


「そんなプライド、犬にでも食わせておけ、といいたいが……。

貴様の言う通り魔法で貴様を打ち倒すのも悪くない。

良いだろう、お互い最強の魔法を戦おうではないか?」


「ははっ。良いぞ! ならば私の最強をもってお前を倒そう。魔法の真髄を見えてやろう!」


 イカロスは神を大地に引きずり下ろす神級魔法――天地逆転リバーサル・フォーチュンを扱える。


 その名の通り、天と地を逆転させる。


 大地がひび割れ浮き上がり、空が崩壊し落ちてくる、まるで世紀末を思わせる魔法だ。


 最終的に空と大地が収束し、辺り一帯に甚大な被害をもたらす。


「私こそ、最強! 私こそ、至高! 刮目せよ、リバーサル――」


「この瞬間を待っていた」


 アークがニヤリを笑った。


 と、次の瞬間。


「がはっ……!?」


 イカロスの胸を剣が貫いていた。


 イカロスはゆっくりと振り向く。


「お前は……」


 プフェーアトがイカロスに後ろに立っていた。


 馬のプフェーアトは干支最速だ。


 地上であれば、イカロスに気づかれず近づくのも容易だ。


 逆にイカロスが地上にいなければ無理だ。


 プフェーアトはすぐさまイカロスとの距離を取る。


 イカロスは怒りの形相でプフェーアトをにらみつけた。


 傷など、すぐに復活する。


 戦いに横槍を入れられたのが許せなかった。


「くっ! 我ら至高の戦いに、小娘が割って入るな!」


 イカロスは怒りのあまり、アークのことを意識から外してしまった。


「よくやった、プフェーアト」


 一瞬のうちに、アークがイカロスの目の前まで来ていた。


「――ニブルヘイム・ゼロ」


 アークの神級魔法が放たれた。


「なっ……こんな卑怯な――」


 イカロスの動きが止まった。


「最強という言葉を軽々使うやつは、最強ではないのだよ。貴様はよくてナンバー2だ。

もちろん、ナンバー1はオレだがな」


 アークは立ったまま固まったイカロスに向けて言い放った。


◇ ◇ ◇


 ニブルヘイム・ゼロ。


 空間を、時間そのものを凍らす神級魔法である。


 そもそもの話だが、氷魔法で時間を凍らすなど不可能だ。


 モノを凍らすのと時間を凍らすのは、似ているようでまったく原理が異なる。


 しかし、神級魔法なら時間ごと、空間ごと凍らすことができる。


 神の住まう世界は、この世界との時間の概念が異なり、その仕組を利用することで時間と空間を凍らすことができる。


 ニブルヘイムと似た原理の魔法であるが、ニブルヘイム・ゼロは狭い範囲でしか使えない。


 つまり、一対一用の神級魔法なのだ。


 この魔法の最大の強みは、防ぐ手段が存在しないことだ。


 それこそ同等の神級魔法でなければ。


 対人戦闘において最強ともいえる魔法だが、もちろん、欠点もある。


 アークの魔法の中では比較的発動に時間がかかることだ。


 ニブルヘイム・ゼロを使うには、瞬間的に別世界とアクセスする必要があり、シャーリック理論で時間短縮されていても発動までに時間がかかってしまう。


 もちろん、アークがシャーリック理論を扱えるはずがないため、刻印が自動でアクセスしていただけである。


 ちなみに、ニブルヘイムのほうがニブルヘイム・ゼロよりも短い時間で発動できる。


 その理由として、ニブルヘイムのほうが浅いアクセスで済むからだ。


 逆にニブルヘイムは大量の魔力が必要になるため、クリスタル・エーテルや大量の魔石がなければ発動できないという欠点がある。


 つまり、ニブルヘイムが広くて浅いのに対し、ニブルヘイム・ゼロは狭くて広いのだ。


 ニブルヘイム・ゼロの範囲は、手で触れられる距離でないと効果がないほどに狭い。


 当たれば最強の魔法だが、そもそも当てることが難しい魔法だ。


 閑話休題。


 イカロスの敗因、それは魔法に対するプライドであった。


 プライドがなければ、アークにニブルヘイム・ゼロを使わせる時間など与えなかった。


 プライドがなければ、プフェーアトの横槍に怒りを覚えることはなかった。


 アークにニブルヘイム・ゼロを使わせなければ、イカロスは勝てていた。


 プフェーアトに横槍を入れられようが、ニブルヘイム・ゼロを避ける手段などいくらでもあった。


 そもそもイカロスは不死とも言える肉体と無限ともいえる魔力量があったのだ。


 持久戦に持ち込めば、イカロスが負けるはずがないのだ。


 しかし、イカロスのプライドがそれを許さなかった。


 魔法でアークを上回ろうとしてしまった。


 プライドが最も大きな敗因であり、しかし、それはイカロスにとっては避けようのない敗因であった。


 なぜなら、イカロスは傲慢・・・だったからだ。

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