125. ありえない

 ふぅ、いいクッションできたぜ。


 悪魔のおかげでオレは無傷だ。


 まあ悪魔がいようがいまいが無傷に変わりはないがな。


 そもそも、オレの進路にいたこいつが悪い。


 貴族のオレの道を塞ぐなど、万死に値する。


「くっ。アーク・ノーヤダーマか……。目障りな奴め」


 おー、死んでなかったのか。


 頑丈なやつだ。


 てか、なんでオレの名前を知ってるんだ?


 ああ、そうか。


 オレは有名人だからな。


 ガルム伯爵とはこのオレのことだぜ!


「貴様こそ目障りだ。オレの行く手を阻もうとするなど、死んでも文句はいえまい?」


 そもそも、相手は悪魔だ。


 悪魔って初めて見たけど、敵であるのは間違いない。


 どうせ魔物の一種だろう。


「死ぬのはお前のほうだ、アーク・ノーヤダーマ」


 悪魔が空を飛んでオレを見下してくる。


 ふはははっ。


「オレを見下すとはいい度胸だな? 地に落としてやろう」


 空飛んでるやつをどう倒すか?


 決まってるだろ。


 狙い撃ちするんだよ!


 貴族のたしなみといえば狩猟だ。


 何度かやったことがあるが、あれは楽しいな!


 上位者としての優越感を得られる!


 貴族の特権だぜ!


 ってなわけで狩猟で遊びまくったオレだ。


 空を飛んでるやつを落とすのは簡単だ。


「フハハハハハハハッ。無限発射だ!」


 大量の氷を空中に浮かべて発射し続ける。


「――――」


 あらゆる角度からイカロスを狙いうちする。


 イカロスが空中で逃げ回っている。


 フハハハッ。


 貴族のオレに勝てるわけがなかろう!


 踊れ!


 踊りまくれ!


 そして地に堕ちろ!


 落ちぬならオレが落としてやろう!


 さあ、踊れ!


 見世物としてオレに見せ続けろ!


◇ ◇ ◇


――最強を手に入れた。


 イカロスに唯一足りてなかったモノ。


 それは器だ。


 魔法の才能はある。


 自惚れるだけの研鑽を積んできたつもりだ。


 だが、魔法を扱う器が足りなかった。


 神級魔法に届きうる知識はあった。


 技術はあった。


 しかし、肉体はこだけが足りなかった。


 だが今、最強の器を手に入れた。


 かつて神殺しと恐れられた悪魔がいた。


 神たちはその悪魔を殺すことができず、封印した。


 なぜなら、その悪魔は不死に近い肉体を持っていたからだ。


 封印によって悪魔は徐々に弱体化していき、イカロスが発見したときには、すでに魂は抜けていた。


 しかし、強靭な体だけは残っていた。


 イカロスは研究の末、悪魔と一体化する方法を見つけた。


 そうしてヘルによって死が充満しているこの瞬間。


 魂の分離がされやすいこのタイミングで、イカロスはついに悪魔化に成功した。


 悪魔となったイカロスに敵うものなどいない。


 少なくとも人間ではイカロスには敵わないだろう。


 不死とも言える最強の肉体と何十年のかけて培った最高峰の魔法技術。


 2つが組み合わさったイカロスは、最強の存在と言えた。


 その力を見せつけるためにイカロスはアークのもとに向かった。


 アークを倒すことで、自分が頂点に立つにふさわしい存在であると証明できる。


 負ける要素がない……はずだったが――。


「な……なぜだッ!」


 イカロスは防戦一方となっていたのだった。


 重力魔法で氷塊を落としたと思えば、また違う場所から氷塊が放たれる。


 無限にも思える連続攻撃。


 ありえない。


 ありえてはならない。


 イカロスは最強を手に入れたはずであった。


 しかし、アークを圧倒するどころか、むしろ圧倒されていた。


 それもアークが使っているのは初歩的な魔法だ。


 氷を放つだけの魔法――氷塊に圧倒されている。


 ありえてはならないことだった。


 魔法を極めてイカロスが、ただの初級魔法になど負けてはならない。


 そんな屈辱あってはならなかった。


「……ッ」


 アークの魔法は単純だが、その威力は馬鹿にならない。


 まともに喰らえば、かなりのダメージを受けるだろう。


 普通の初級魔法では、イカロスに傷ひとつつけることはできない。


 しかし、アークは刻印によって詠唱を省略している。


 それによって、詠唱による制限を受けていない。


 そのため、初級魔法であっても、初級とは思えない威力になっていた。


 それが間断なく放たれるのだ。


 ちなみに悪魔となったイカロスは、たとえ致命傷と呼ばれるような傷であっても、すぐに回復できる。


 しかし、そんな戦い方は、イカロスの美学に反していた。


 魔法で勝たなくては意味がなかった。


 突然、アークの魔法が途切れる。


「ここまで私をこけにするとはな。許さんぞ、アーク・ノーヤダーマ!」


 イカロスはアークを探す。


「どこだ――!?」


 アークが建物の中へ隠れたのだろうか。


 それならば魔力探知を使えば良い。


 いや、むしろ建物ごと周りを押しつぶしてしまうのが良さそうだ。


 と、一瞬の思考――。


「なぜ、お前がここにいる……!?」


 それが仇となった。


 イカロスの頭上にアークがいたのだ。


 空を飛べないはずなのに。


「見下される気分はどうだ? ――絶対零度アブソリュート・ゼロ


 イカロスはとっさに魔法防御障壁を発動させる。


「くっ……!?」


 全身氷漬けは防げたものの、しかし翼が凍らされてしまった。


 翼には刻印が刻まれており、イカロスの飛行を手助けする役割があった。


 つまり、イカロスは空を自由に飛ぶことが出来なくなった。


「くそッ!?」


 イカロスが地面に落下していく。


「地に落ちろ」


 その上でアークがニヤニヤと笑みを浮かべていた。

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