94. ハニトラ

 オレはぶらぶらと構内を散歩する。


 歩いていると、ついさっき別れたばかりのロストと出くわした。


 難しい顔をしてやがるな。


 とりあえず声をかけてやるか。


「そんなしょぼくれた顔をしてどうした?」


「君か……」


「あの女、フレイヤのことか?」


「……ッ」


 ロストが顔をしかめる。


 やはりロストもあいつが嫌いらしい。


 これは気が合うぞ!


「何が気に食わないんだ?」


「気に食わないとか、そういうのじゃない。ただ……」


「ただ?」


「胸がざわつく。彼女には何かあるような気がして……」


「なにが?」


「……いや、ごめん。なんでもないよ」


 ロストが首を振る。


 なんだこいつ。


 思わせぶりなことを言いやがって。


 まあいい。


 それならオレも適当なこと言ってやる。


「フレイヤは黒だぞ」


「……!?」


 ロストが目を見開く。


「なぜそう言い切れる?」


「フレイヤは今まで何人もの人間を貶めてきただろう」


 オレは前世のあの経理を思い出しながら話す。


 あの前世の女狐もおそらく、多くの男を虜にして弄んだのだろう。


「貶めてきた? どうやって?」


「ハニートラップだ」


「ハニー……トラップ?」


「知らないのか?」


「知ってる。知ってるけど……」


 ロストはどこか釈然としない顔をしている。


 こいつ、色仕掛けの効果を知らないだろ?


 なまじ顔が良いから、そういうことには疎いのだろうな。


 男なんてちょっとかわいいやつに言い寄られたら、すぐに心を許してしまう。


 ゴキブリホイホイごとく、ホイホイハニートラップに引っかかる。


 前世のオレも女狐に引っかかったといえば引っかかったのだろう。


 顔が良くて(表情上は)優しいから、ころっと騙された。


 くそッ……。


 考えるだけでも怒りが湧いてくる。


「色仕掛けってのは、魂さえ引き抜くってことだ」


「魂……?」


 比喩表現だけどな。


「フレイヤも魂の研究をしてるだろ? そういうのは得意なはずだぜ?」


「まさか!?」


 ロストが驚いた顔をする。


 そんなに驚くことか?


 それともオレの比喩表現がうまかったから驚いたのか?


 それなら納得だぜ!


 オレには文才もあるようだ!


 やはり、オレは神様から愛されているらしい。


 ふははははっ!


◇ ◇ ◇


 ロストと別れたあと、干支の羊のシャーフがひっそりと現れた。


 いつも思うけど、干支って普通の登場とかできないの?


 最近の流行りなの?


 まあいいけど。


 オレ、干支好きだし。


 彼女らが楽しそうなら、なんら問題はない。


「アーク様。どどう動かれますか?」


 どどう動くか。


 どどどどうしような?


「ひとまず塔に登る」


「塔ですか……。あそこなら何か手がかりもあるけど……」


 ふむ。


 手がかりか……。


 で、なんの手がかり?


 とりあえずわかったように頷いておく。


「アーク様の睨んでいた通り、フレイヤは闇の手の者です」


 ふむ。


 出たよ、闇の手。


 とりあえずわかったように頷いておく。


「そ、それも! 彼女はナンバーⅦ。色欲の力を持ちますっ!」


 ふーん……。


 なるほど?


 随分と力説するな。


 これは否定しちゃ申し訳ない。


 わかったように頷いておく。


「人間を魅了し、道具に変えるというおっそろしい力を持っています!」


 あー、なるほどね。


 魅了して道具として意のままに操るってことか。


 それは危険だ。


 たしかに危険だ。


「アーク様もくれぐれもお気をつけください!」


「はっ。それこそ無用な心配だ。やつに心を許すことは絶対にない」


 オレがあんな女に好意を抱くわけないだろ。


「し、失礼いたしました」


 シャーフがとっさに頭を下げてから、ぱっと顔をあげた。


「フレイヤを排除しますか?」


「いや、勝手なことはしなくていい。やつにはとっておきの罰をくれてやるからな」


 あいつを貶める方法はすでに考えついている。


 ふははは!


「その代わりシャーフ。貴様にひとつやってほしいことがある」


「はい、喜んで!」


 まだ何も言ってないのだがな。


「フレイヤの持っているものを奪え」


 ああいう女が一番好きなのは自分の持ち物だ。


 前世のあの女狐もブランドバックを大事そうに持っていたしな。


「そうだ、ロストも一緒に連れていくと良い。あいつはきっと頼りになるぞ」


 これでロストを実行犯に仕立てられるな!


 こうやって他人を使って悪さをするなんて……ふははははっ。


 オレはなんと悪いやつなのだ!


 最高の気分だぜ!


「かしこまりました」


 シャーフが恭しく頭を下げた。


 ふははははははは!


 オレは伯爵だ!


 好きなようにやらせてもらうぜ!


 人からものを奪おうというのに、まったく良心が傷まないようだ!


 ふっ、やはりオレは悪徳貴族のようだな!


 ふはははっ!

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