90. 散歩
オレは塔の敷地内を散歩する。
懐かしい。
昔通っていた大学もこんな感じだったな。
いや、さすがに違うか。
こんなレトロな雰囲気はなかった。
前世の大学では、レンガの建物などなかったしな。
でも少しだけ雰囲気は似ている。
前世を思い出すぜ。
大学はひたすら遊んでいた記憶しか残っていない。
あの頃は良かった。
社会に出てからはクソな上司がいたし、顔だけ良いビッチな経理もいた。
そもそも企業が腐っていた。
それと比べて大学は何も気にせず、のんびり楽しくやれた。
まあ今のオレのほうがのんびり楽しくやれてるがな!
いや、のびのびとやれているな!
この世界はオレにとって超イージーモードだからな!
伯爵最高!
この世界はマジで最高だ。
神様、ありがとう。
こんなイージーな世界に生まれ変わらせてくれて。
構内をぶらぶらと歩く。
どこにいても塔が見える。
まるで監視されているみたいだ。
オレを見下ろし、監視するとはいい度胸だ。
あとで登ってやろう。
そしてテッペンから下々を
悪徳貴族よろしく、下々を
適当に歩いていると、変な集団を見つけた。
3人で1人の少女を囲っている。
あれか?
かーごめ、かごめーってやつか?
いや、まあ違うだろうな。
よく見ると赤青黄色のクソ侯爵令息どもだ。
あのパーティーでオレに対して生意気言ったやつらだ。
ムカムカしてきた。
「おい、貴様ら」
「あん? なんだてめぇ」
どこのチンピラ風情だ、こいつら。
ローブを着ており、いかにも魔術師っぽい雰囲気だが言葉遣いがそこらの賊と変わらない。
賊であれば凍らしてやるのに。
ああ、ムカつく。
こいつらの顔を見るだけで気分が下がる。
テンション瀑下がりだ。
「面白そうな遊びをしているじゃないか? 少しオレも混ぜてくれないか?」
「あ? 正義のヒーロー気取りか? 伯爵殿?」
ハゲノー子爵にも同じようなことを言われた。
オレが正義に見えるのか?
ふははははっ。
笑いしか出てこない。
「そのマントは、魔術師気取りではなく、正義のヒーロー気取りということですか」
「ここにはふさわしくないですね。お子様のお遊びではないのですよ? 僕ちゃん?」
ぎゃははっと下品に笑う侯爵共。
ああ、なるほど。
こいつらはオレにボコされたいらしい。
それならお望み通りボコボコにしてやろう。
「
「は?」
はっ、知らないようだな。
さすがチンピラ風情だ。
頭もチンピラ並らしい。
いや、それだとチンピラに失礼だ。
「貴様らのような者にピッタリの言葉だな。
ローブを着ているから魔術師だと?
形から入るのは良いが、中身が伴っていないものほど虚しいものはない」
「んだと!?」
赤髪の侯爵令息が顔を真赤にさせた。
この程度で理性を失うと、こいつら人間なのか?
単細胞すぎる。
「特別だ。貴様らに魔術の真髄とやらを見せてやろう。
泣きわめきながら喜べ、単細胞ども」
「調子に乗るのもいい加減に――」
赤髪の男が最後まで言い切る前に口を氷漬けにしてやった。
「ん? 何か言ったか? ああ、そうか。単細胞すぎて話す脳もなくなってしまったか。それは可哀想に」
「お、お前……こんなことしてただで済むと思っているのですか? 我らは侯爵ですぞ」
「侯爵令息の間違いだろう?」
「……ッ」
まあたとえこいつらが侯爵であろうと、ぶっ潰すがな。
「ち、父上にいいつけやります!」
「はっ。上等だ。オレの機嫌を損ねたんだ。
戦争するくらい覚悟をするべきだろう?
なあ? 侯爵令息ども」
まあこの程度のことで戦争になるとは思えないがな。
「良いのですか? 本当に!?」
青髪のやつが睨んでくる。
だが、こいつらに睨まれたところで全く怖くない。
ガキが強がってるようにしか見えない。
「父親に泣きべそかきながら頼み込むと良い。
パパ―、助けてー! 僕ちゃん、ガルム伯爵に泣かされちゃったよー。
うわーん、ごめんなさーい。3人で囲って女の子虐めてたら、やられちゃったよー。
パパー、たすけてーってな」
「……ッ」
「さあて、まだやるか? やるなら全身もれなく氷漬けをプレゼントしてやるが?」
「く、くそぉ!」
「どうなっても知りませんからね!」
「んごんごんごー!!」
男たちが一目散に逃げていった。
ふっ、チンピラ風情がオレに逆らおうなんて千億万年速いんだよ。
10億万回転生してから出直してこい。
何度来ても氷漬けにしてやるがな。
「あ、あの……」
なんだ?
いじめられっ子の少女がオレの袖を引っ張った。
「ありがとうございます。助けてくださって……」
助けた?
何を言ってる?
助けたつもりは毛頭ない。
たまたま貴様がそこにいただけだ。
まああえてそれを伝えるつもりもないが。
「私、アフロディーテと申します」
「アークだ。よろしく」
「アーク……あのアーク・ノーヤダーマ様でしょうか!?」
アフロディーテが目を輝かせながら近づいてきた。
「あ、ああ……」
「アーク様はシャーリック理論の構築に関わってて、無詠唱魔法が扱えて、その若さで神級魔法も扱えるんですよね!!」
「そ、そうだな」
手を握られる。
無礼だな。
まあ振り払うつもりもないが……。
いじめられっ子のくせに、意外と押しが強い。
そのギャップに戸惑いを感じる。
アフロディーテが神級魔法についてしつこいぐらい聞いてきた。
ニブルヘイムはうちの家の書物庫に理論が描かれていたものだ。
正直、シャーリックの教えがなければ理論を読み解くことはできなかった。
それにシャーリック理論がなければ実現するのは不可能だった。
たとえ刻印を使おうとも、ニブルヘイムの魔法は複雑過ぎた。
すべてはシャーリックのおかげである。
シャーリックを家庭教師にしたオレの功績でもあるがな!
ふははははっ。
シャーリックに無理やり術式の再構成を任せた。
そして刻印に術式を入れ込み、いつでも発動できる状態にした。
だが、ひとつ問題があった。
ニブルヘイムを行使するには、そもそものオレの魔力量が足りなかった。
しかし、まあ問題ない。
オレは伯爵だ。
ブルジョアだ。
オレは魔石が大量を持っている。
ブルジョア魔法を組み合わせれば良い。
つまり、魔石を大量に消費すれば良いだけだ。
オレが得意げにアフロディーテに説明してやった。
「素晴らしいです! ほんっと素晴らしいです! アーク様!」
アフロディーテがオレを褒めまくる。
ふははは!
嫌いじゃないぞ!
オレは称賛されるのが大好きだからな!
うむうむ、くるしゅうない。
アフロディーテと話し込んでいると、いつの間にか遅い時間になっていた。
「あ、すみません。長い時間引き止めてしまって」
「いや、大丈夫だ」
オレにとっても有意義な時間だった。
自分が褒められる時間は、当然、有意義な時間だ。
アフロディーテと別れると、代わりにシャーフが黒衣装をまとって現れた。
「良いのですか?」
「何がだ?」
「侯爵家のこととアフロディーテのことです。彼らは保守派に属しますが……」
ん?
それがどうした?
というかオレはどちらの派閥でもない。
関係ないことだ。
「構わない。むしろ、これは好機とは思わないか?」
シャーフが首をひねる。
「好機……?」
侯爵令息どもも、ここにいる間はただの学生の一人だ。
学生という身分なら、別に喧嘩で済むしな!
好きなようにやれる!
どうせ、戦争まで発展することもないだろうしな!
「賽は投げられた。すでに戦いは始まっているということだ」
この塔でボコボコにして、あいつらに上下関係をわからせてやろう!
ふはははっ!
「アーク様は本当に勇敢です!」
シャーフが目を輝かせながら言う。
たかが別に学生同士の喧嘩だ。
勇敢もクソもないだろう。
まあ褒められるのは嫌いではないがな!
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