91. 予兆

「国が割れている。戦争が起きるだろう」


 カミュラは地図を睨みながら呟いた。


 アークに救われた者は大勢いるが、ひとつだけアークのせいで生じている問題もある。


 それは国が二分されたことだ。


 アークがいなければ第一王子はなくなっていた。


 アークがいなければ第二王女の勢力はここまで大きくはならなかった。


 悪い見方をすれば、アークは国を内紛に導いているとも言えた。


 そしてその前哨戦が、このバベルの塔で行われようとしていた。


 ちなみに、この状況をカミュラはある程度把握していた。


 ヴェニスでの出来事以降、アークたちと闇の手とでの間で大きな戦いは行われていない。


 アークがゴルゴン家の悪霊を退治したが、あれは闇の手とは直接的な関係はない。


 悪霊が単体で暴れただけである。


 次にしかけてくるとしたら、バベルの塔の可能性が非常に高い、とカミュラは考えていた。


 バベルの塔には、非常に強力で一撃必殺のような魔法が存在する。


 それを手にするため、もしくは無力化するために闇の手は動くだろう。


 否、もうすでに動いている可能性が高い。


 だが、カミュラもう当然手を打っている。


 その一つがシャーリックをバベルの塔に送り込むことだ。


 シャーリックはカミュラたちのように諜報には向いていないが、一定の成果は現れていた。


 シャーリックが急進派のトップとして睨みを効かせることで、保守派の独占を防いでいた。


 カミュラの期待するシャーリックの動きとしては十分であった。


 さらに何かしら動きがあれば、カミュラの耳に入るようになっていた。


 カミュラの耳に入るということは、当然、アークの耳にも入る。


 カミュラは重要な情報をアークには伝えていた。


 アークなら一を伝えて十どころか百を理解し、最適解を導くだろう。


 そういう確信がカミュラにはあった。


 その結果が、このタイミングでのバベルの塔遠征であった。


 このタイミングで動くことこそがベストだと、アークが判断したということだろう。


 最適解はすでにアークの頭では出されているはず――そうカミュラは考えていた。


 あとカミュラがやることといえば、アークのサポートをするだけ。


 そのサポートすら、干支4人を送り出した時点で十分だろう。 


 カミュラはアークがどこまで想定して動いているかを知らない。


 だが、アークなら大丈夫という強い、もはや盲目とも言える信頼感を抱いていた。


「あとは……私の考えることじゃない」


 バベルの塔にはアークがいる。


 心配することすらおこがましい。


 カミュラがやることは、引き続き情報を集め続けることだった。


 今後の大きな戦に向けて。




 と、カミュラは考えているが、もちろんアークは何も知らない。


 一を聞いてゼロを理解するのがアークなのである。


 カミュラもそうだが、アークに関わった人はアークを実際の100万倍も高く評価しているのであった。


 評価が高すぎて、もはや別人とも言えるだろう。


 本当のアークを知るのは、本人のみである。


 いや、本人すらも自分を過大評価している。


 つまり、この世界でアークを知るのは誰もいないということだった。

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