81. 刺客
「あれがアーク・ノーヤダーマか」
男はつぶやく。
魔法学園に侵入できるチャンスは、意外と少ない。
特にここ二年前の大会以降、警備が厳重になっている。
そうでなくとも、今の世の中だ。
学園は、部外者が軽々と侵入できないようになっていた。
男は新入生として学園に入り込んだ。
もちろん、正規の手続きを経て。
目的は、アーク・ノーヤダーマを排除することだ。
今やアーク・ノーヤダーマは時の人。
影響力の大きさでいえば、学園随一。
国中を見てもアークほどの人物はそうそういない。
その分、アークを邪魔に思う存在は多い。
当然、排除しようとする勢力の数も多くなる。
アーク・ノーヤダーマは目立ちすぎたのだ。
目立つとは愚かなことだ。
この国で生きたければもう少し慎重になるべきであった。
入学式でも、下手に目立っている愚か者がいた。
わざわざあの場で「アークをぶっ潰す」と呟いている者がいた。
公衆の場でそんな馬鹿でもわかる敵意を向けるなど、愚か者としか言えない。
おそらく、男のように本気で潰そうとは考えていないだろうが。
「阿呆めが。だが、良いカモフラージュにはなりそうだ」
男の目的はアーク・ノーヤダーマの抹殺。
時間をかけてやることではない。
数日のうちにかたをつけるつもりだ。
時間をかければかけるほどリスクが高くなる。
そもそもアークをこれ以上野放しにしておいてはいけない。
さっさと殺すしかない。
アーク・ノーヤダーマがやり手なのは理解している。
まともに戦えば勝てないだろう。
だから、彼のような男が用意された。
まともに戦わずに葬るために……。
ナンバーズⅫ――蠱毒のアローン。
ナンバーズ上位陣と比べたら戦闘力に欠ける。
しかし、暗殺に関していえばナンバーズの中でも随一の実力を持っていた。
「最近は物騒になってきたものだね」
「……ッ!?」
男はとっさに後ろに下がる。
すると、先程まで男の立っていた場所に短剣が突き刺さっていた。
あと一歩でも反応が遅れれば殺されていた。
男は、ごくり、と生唾を飲み込む。
闇の中、月の明かりに照らされて少女のシルエットが浮かび上がる。
「入学式初日から殺気をぶつけすぎだよ、キミ。まるで殺してくれと言ってるようなものじゃないか」
茂みからもう一人の少女が現れた。
「誰だ、お前らは……」
男はそういってから、わずかに思考する。
答えはすぐにでた。
「干支……」
アーク・ノーヤダーマが率いる暗殺部隊――干支。
暗殺部隊という割に、その名前は有名だ。
もはや暗殺部隊というより、ただの殺人部隊だろう。
蠱毒にとって暗殺とは、もっと静かに行うものであり、干支のあり方には嫌悪感すら抱いていた。
「はじめまして、私はシャーフ。干支の羊、シャーフね」
「あんた、やっぱり馬鹿ね。どうせ死ぬやつなんかに名乗るなんて」
「えー。だってこっちのほうがカックイイでしょ?」
「そういう発想が馬鹿なのよ」
まるで緊張感のない二人。
男はジリジリと後退する。
じとりと汗がにじむ。
「はっ、ははっ……」
男はもう笑うことしかできなかった。
なに、簡単な話だ。
アークを殺そうとするやつらもいれば、アークを守ろうとするやつらもいるというわけだ。
干支の実力はあまりにも有名だ。
一人ひとりが化け物じみた強さを誇っている。
アークを襲う場合、真っ先に警戒する者たちだ。
しかし、干支の姿形は普通の人のそれとは異なるため、ひと目でわかるというもの。
なのに、今の彼女らは普通の人間と同じ姿かたちをしていた。
干支は全員、キメラだ。
魔法で姿形を変えることは可能だが、それを維持するのは思いの外難しい。
形そのものを変えるか、他人からの見え方を変えるのか、世界から存在そのものを書き換えるか。
この3つが主な方法となる。
だが、1つ目の姿かたちを変えるのはかなり難易度が高い。
姿とは魂にも紐づくものだ。
魂の形を変えられる魔法使いなど、国の中でも片手で数えるほどしかいない。
2つ目の相手からの見え方を変えることについてだが、光魔法などによって可能である。
しかし、に維持するのは難しい。
さらに他人からの見え方を完全にコントロールするのは不可能に近い。
そして3つ目。
世界から存在そのものを書き換えることだが……これは神級魔法にも匹敵する。
最も難易度が高い魔法だ。
それができる人物は、今のところこの世界にはいない。
何にしても、この情報は非常に価値があった。
ガルム領に蠱毒の目をも欺くほどの変装魔法の使い手がいる。
その情報に意味があった。
そして、これを上層部に伝えなければ何か大変なことが起こりかねない。
今後起こるだろう大きな戦いで致命傷になり得る。
だが、この事実を男が知ったということは、つまり――
「アーク様の障害となるものは排除する。それが私たち干支」
生きて逃してはくれないということだ。
暗闇の中、ひっそりと男は排除されるのであった。
アークの周りでは、このような陰の戦いが何度も勃発していた。
もちろん、アークはそれを知らない。
アークを中心に起きている戦いをアークだけが知らないというのは、もはや悲劇を通り越して喜劇であろう。
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