80. 新入生

「はあ……。ここが魔法学園かぁ」


 くるくるとした白髪の少女が学園の前に立つ。


 魔法学園。


 国内最大の教育機関であり、魔法使いを目指す者が必ずと言っていいほど通う学園だ。


 いわば魔法使いになるための登竜門。


 貴賎を問わず……というには、少し語弊があるが、才能があれば平民でも入学を許される。


 そんな少女の憧れは、やはり……。


「なにこんなところでぼーっとしてるのさ?」


 白髪少女の肩を叩いたのは、赤みがかった茶髪の少女だ。


 二人は姉妹であり、顔は似ているものの髪質だけは異なっている。


 白髪少女は、自分とは異なる、艶のあるストレートな姉の髪を羨ましく思いながら、


「いったいなぁ。人が感傷に浸ってるのに……」


 と、つぶやく。


「どうせまた、アーク様のこと考えてたんでしょ。あんたいつもそれしか考えてないもんね」


「仕方ないじゃん! だってあの人、超カッコいかったんだよ!」

 

 白髪の少女がパタパタと両手を動かす。


 すると、茶髪少女がフッと鼻で笑う。


「ははーっ。あんたはアーク様と違って臆病だからねー」


「そんなことないし……」


「でも、こんなバカっぽい子が魔法学園に受かるとはね。愛の力も馬鹿・・・にできないね」


「誰がバカだってー!? まあそりゃあさ、姉ちゃんと比べたら馬鹿かもしれないけどさ!」


 白髪の少女がポコポコと茶髪少女の体を叩く。


「そういうキミだって、アーク様に会いたいから来たんじゃないのか?」


「わ、わたしはあんたが一人だって心配で……!」


「へー。ほんとにそうかなー? だって姉さん。昨日もアーク様の名前を――ふごっ」


「黙れ! 死ね! バカッ!」


 白髪少女の腹を割りと本気で殴る茶髪少女。


 そして茶髪少女は、白髪少女を置いて学園にどしどしと踏み込んでいった。


 顔を赤くしながら……。


 白髪少女は「暴力反対……」と呟きながら、茶髪少女のあとに着いていった。


 学園は活気づいていた。


 新入生が入学する時期、というのもあるだろう。


 活気づいた学園に、白髪の少女は目を輝かせる。


 彼女は知っている。


 今のこの学園があるのも、アークのおかげだということを。


 本当なら崩壊していたのを、アークが救ったということを。


 学園は、ずっと彼女が求めていた場所だ。


 学ぶこと、それは白髪少女が欲しくて得られなかったもの。


 白髪の少女はずっと学ぶ場所を求めていた。


 ずっと、ずっと前から。


 それは彼女のさがだからだ。


 生まれ持っての性。


 エリザベートが残虐性を持っているように、彼女には探求・・・するという性がある。


 ここに通えるのもアークのおかげであった。


 入学式が始まる。


「皆さん。入学おめでとうございます」


 学園長が話を始める。


 だが、白髪の少女は学園長の話など全くといっていいほど聞いていなかった。


 彼女の意識はアークにうつっていた。


 顔を見ないようにしているものの、否応なしに意識に入り込んでくる。


 アークのことが。


 隣にいる茶髪少女も同じようにアークを見ていた。


「姉さん。やっぱり目で追ってる」


 彼女は姉を小突く。


「うっさい、バカ」


 パシッと頭を叩かれる白髪少女。


「叩かないでよ、もう。大事な知識が飛んじゃうでしょ」


「安心して。あんたの頭にたいしたものは入ってないから」


「そりゃ、姉さんと比べたらたいしたことないだろうけどさ」


 とはいうものの、白髪少女は馬鹿ではない。


 平民で魔法学園に入学するだけでも十分に頭が良い。


 もっと言えば、白髪の少女なら学年の次席程度なら取れる能力があった。


 だが、彼女も彼女の姉も首席や次席ではない。


 それは平民であるが故の差別……ではない。


 かつてはそういった差別も存在し、平民に首席を取らせないような制度があった。


 しかし、今の学園長になってからそういった制度は消えた。


 平等を謳うために、まずは評価制度を改めたのは学園長の功績の一つだろう。


 その証拠にシャーリックが首席で卒業している。


 平民でも首席になれる。


 では、なぜ彼女らが首席や次席を目指さなかったのか?


 その必要性がなかったからである。


 さらにいえば、彼女らの目的と異なっていたからだ。


「新入生の諸君、入学おめでとう」


 白髪少女は目を輝かせる。


 学園長に続き、憧れの人――アーク・ノーヤダーマが舞台の上に立ったのだ。


 そこかしこで黄色い声が聞こえてくる。


 黄色い声ではなく、野太い声も混じっている。


 好意的な声が多い中、


「ふんっ。なにがアーク・ノーヤダーマだ。所詮は貴族のガキだろ? 偉ぶりやがって」


 そんな男の言葉が白髪の少女の耳に入った。


 男はきっと誰にも聞こえないくらいの声で呟いたのだろう。


 だが、白髪の少女の耳に届いていた。


 彼女よりも耳が良い姉も、当然その声に気づいているだろう。


 だが、二人は顔を一切変えない。


 何も気づかない乙女のような表情でアークを見つめ続ける。


「馬鹿どもが。あの小僧ぶっ潰したら、こいつらどんな顔するだろうな?」


 白髪少女の耳には、男の声がすべて聞こえてくる。


 だが、気づかないふりを続ける。


 そのまま何事もなく、入学式が終わり、学園から与えられた部屋に入る二人。


 質素な作りになっている。


 茶髪の少女が部屋の隅々見て回る。


「はあ。やっぱりアーク様はいつ見ても最高だね! 姉さん!」


「え? まあ、うん……」


「なに? 照れてるの?」


「そ、そんなんじゃないから! あんた、死ね! ボケ! バカ! だからあんたは馬鹿なのよ!」


 白髪少女はあははっ、と笑う。


 同じ馬鹿でも、姉のいう馬鹿は痛くも痒くもない。


「どうだった?」


「大丈夫よ。念のため、魔法結界よろしく」


「ん、わかった」


 白髪少女は部屋を覆うように魔法結界を貼る。


「それで姉さん。どうします?」


「まあそうねぇ……あれだけが殺意を向けられちゃぁ、動けざるを得ないでしょうね」


「そうだよね」


 二人の顔から表情が消え、残ったのは冷徹な眼差しだった。

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