82. 毒されるスルト

 ヴェニスの出来事以降、スルトは以前にも増して、アークにくっついていた。


 強くなるためにアークに教えを請う……というのは半分本音で半分建前であろう。


 スルトは強くなりたいと願っている。


 復讐のためだ。


 しかし、その思いは学園に入ってから徐々に薄れていた。


 もともと孤独で、頼る相手がほとんどいなかった中、アークが現れた。


 権威も武威もあり、聡明さをも持ち合わせているアーク。


 多少傲慢に見えるところも、貴族としては十分許容範囲だろう。


 もっと傲慢な貴族などごまんといるのだから。


 頼りがいのある人物とは厄介だ。


 カリスマ性とは厄介だ。


 それは光になり、影をも作り出してしまう。


 もともとは主人公として活躍するはずであったスルトが影になってしまうほどに。


 客観的に見れば、アークというのはそれほどまでに輝いているのだ。


 そしてスルトは良くも悪くも周りからの影響を受けやすい。


 周りがスルトを英雄視すれば、彼は英雄にでもなれる人物だ。


 復讐を目指せば、復讐鬼にもなれる。


 影に徹しようと思えば影にでもなることができてしまう。


 ここ数年で、スルトはアークととともに各地をまわった。


 原作で、本来スルトが歩むはずだったストーリーを、この世界でのスルトはアークとともにこなしていた。


 その一つの例が、メデューサの実家での悪霊退治だ。


 原作では、ヴェニス編と辺境伯編の間にメデューサの実家を訪れる話がある。


 その際に、主人公スルトたちは、ゴルゴン家の名声を地に落としたメデューサの兄と対峙することになる。


 原作でも、スルトはメデューサの兄を討伐することに成功する。


 しかし、そのときには既にメデューサの実家は滅びているというオチだ。


 ゴルゴン家の一族、使用人、全員が石化して発見されるのだ。


 さすがは鬱アニメ。


 余談だが、悪霊退治の話はアニメでは放送されず後に小説版として出てきた話である。


 閑話にも鬱展開を持ってくるとは、さすが鬱アニメ。


 ゴルゴン家は失態を繰り返したのち、最期は亡霊によって一族全員を殺されるという救いのない話になっているのだ。


 どれだけ原作キャラに絶望を与えたいのだろうか?


 しかし、この世界では、アークの活躍もありゴルゴン家の名声はむしろ上がっている。


 メデューサも健在だ。


 さらに、アークたちがゴルゴン家に行き、先んじて悪霊退治することで一族は石化しないで済んでいた。


 ちなみに、アークは……。


 「ふははは! メデューサの実家か。またタダで旅ができるとは最高だな!」


 「ん? 心霊スポットか! 楽しそうだな!」


 「スルトよ。目で見るんじゃない。心で感じるんだ!(適当)」とか言って遊んでいただけなのだが。


 そんな軽いノリでしかなかったが、功を奏し、悪霊を倒してしまうのだった。


 存在を見てしまうと石にされてしまう悪霊相手に、ノリで解決してしまうのはさすがアークとも言うべきことか……。


 さらに魔力感知を覚えたスルトは、その戦いで一皮向けたのだが、もちろんアークがそれを知る由もない。


 アークはこうして無自覚に救うだけでなく、無自覚に最適解を導いていくのであった。


 そして、この旅でスルトは2つ目のレーヴァテインの宝玉を手にする。


 悪霊の魔核、コアとなっていたものがレーヴァテインの宝玉であったのだ。


 これにより、スルトの炎の剣――レーヴァテインがパワーアップし、ムスペルヘイムの力が強まった。


 こういった経緯もあり、スルトはアークとともにいることで強くなれると確信したのだ。


 そしてアークと行動すればするほどに、アークの叡智に感動し、心酔していくのであった。


 すべて勘違いであるが、もちろんスルトはそれに気づかない。


 その後、魔法大会でもスルトは大活躍をした。


 準決勝の相手はバレットだった。


 遠距離から最強の精度で狙い撃ちできるバレットは、厄介な相手であった。


 しかし、スルトは魔力感知ができる。


 感知の精度を最大限まで高めることで、バレットの狙撃を見事防ぎ、バレットに接近していった。


 接近してしまえばスルトの勝ちは確定したようなもの。


 ちなみに、アークも魔力感知ができる。


 アークの全身に組み込まれた魔法式が他の魔力と共鳴することで、アークは息をするように魔力感知を行える。


 ただし、アーク本人はこれを「自分が天才だから」と勘違いしており、原理など理解していない。


 それに対し、スルトが行った魔力感知は、アークの魔力感知とは性質が異なる。


 スルトは自身の魔力を外側に放射し、感覚の範囲を広げているのだ。


 もちろん、難易度の高い技術である。


 アークの適当な教えで魔力感知を覚えてしまうスルトは、天才なのである。


 こうして準決勝でバレットを破ったスルトは、決勝戦でルインと戦った。


 ルインもヴェニスでの出来事以降、大きな成長を果たしていた。


 本人曰く、無理矢理にアーティファクトと魔法回路を繋げたから、常人には見えないもの=魔力の流れがみえるようになったらしい。


 常人であれば、廃人になりかねない情報量だ。


 しかし、ルインは天才であり、その情報量を当然のように扱えていた。


 そんな強敵ルインを相手に、スルトは勝利をおさめることができた。


 魔力が見えるルインと魔力を感じられるスルト。


 目で見えない戦いを繰り広げていた二人は、大会史上屈指の名勝負だと言われた。


 余談だが、スルト、ルイン、バレットは三傑と呼ばれている。


 剣士、魔法使い、狙撃手。


 タイプは違うものの、それぞれ三傑と呼ばれるにふさわしい実力を有していた。


 ちなみにアークの名前がないのには理由がある。


 アークは別格すぎてもはや殿堂入りしていたからだ。


 そしてアークはこの三人を従えているため、学園を牛耳っているとも言われていた。


 スルトなどの活躍もあり、アークははからずも学園で不動の地位を手に入れていたのだった。


 こうしてアークは原作キャラまでも大きく変えてしまったのであった。


 余談だが、本来の原作であればガルム領編というのものが存在する。


 しかし、アークの活躍によってガルム領はすでに闇の手から守られていた。


 それによって主人公スルトの内面に大きな変化を与える出来事――シンモラの死を経験していない。


 本物の復讐鬼へと変貌する機会がなくなってしまっている。


 これもまた、大きな原作改変とも言えた。


 スルトを含め、数々の人物に変化を与えていくアーク。


 彼がすべて無自覚の行為であるというのは……恐怖でしかないだろう。


 こうしてスルトは、アークという毒に徐々に侵されていくのであった。

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