78. さらばヴェニス

「ロキには逃げられてしまいましたな」


 がーっはっは! とトールが豪快に笑う。


「仮にも剣聖であろう? 情けなくはないのか?」


「ははーっ。耳が痛いですなぁ」


 全く申し訳なさそうな顔をしないトールに、クロノスは怒りが湧いてきた。


 しかし、ロキを逃したのはクロノスの落ち度でもあったため、無理矢理に怒りを沈める。


「それよりトール」


「はい、なんでしょう?」


「今回の件は不問とする。だが、これ以上は裏切るなよ」


「がーっはっは! さすがは殿下! 懐が広い!」


 クロノスは北神騎士団の行動に対し、怒りを覚えていた。


 突然裏切られ、拘束されたのだ


 怒りを覚えて当然だろう。


 もしもロキの計画がうまく進んでいれば、クロノスは確実に死んでいた。


 その場合は、トールや北神騎士団の面々も死んでいたことになる。


 つまり、彼ら騎士団は捨て駒にされていたということだ。


 おそらく命令の背景までは聞かされていなかったのだろう。


 クロノスは怒りに任せて騎士団を処分することもできた。


 しかしそれをやってしまえば相手の思うツボである。


 クロノスは、今回のことをむしろプラスに捉えることにした。


 北神騎士団も今回の件には怒りを覚えていた。


 それもそうだろう。


 殺されかけたのだ。


 そのおかげで、クロノスは北神騎士団の一部を手中に収めることができたのだ。


「それでトールよ。お前は私に付くのだな?」


「がーはっは。儂もさすがに今回は腹に据えかねる」


「団長が味方になってくれたのは心強い」


「団長のぉ。儂にそういうのは向いておらんのじゃが」


 今回の命令は北神騎士団団長の独断ということで処理され、団長は更迭された。


 そして臨時であるものの、現在はトールが北神騎士団の団長を務めている。


 もちろん、北神騎士団の行動が前団長の独断の指示とは思えない。


 裏に誰かいるのは確かだ。


 クロノスはその誰かが誰なのか検討が付いている。


「やはりあやつは私の敵であるな」


 クロノスは確信を強めた。


「それにしても今回のアーク殿は圧巻でしたなぁ」


 トールがのんきに笑う。


 たしかにその通りだ。


 アークがいなければ街が崩壊していた。


 アークの活躍は喜ばしいものの、アークが味方にしているのがクロノスではなくマギサという事実が、どうしようもなくクロノスを苛立たせた。


「裏切られるのも振られるのも、どちらも嫌なものだな」


 クロノスは自重気味に呟く。


「まさか妹君に負けるとは。これは情けないですぞ、殿下」


「……口が過ぎるぞ、トール」


「がーはっは。殿下は負け癖がついてるように思われる!」


「負け癖?」


「儂は基本負けたことがないのでわからぬが、儂から見た強者と弱者の決定的な違いは負け癖よ。

負けるのが悪いとは思わぬ。じゃが、負けて良しとする者に強者はおらぬ」


「ははっ。これは辛辣だな。私を裏切ったトールにそれを言われるとは」


「がーっはっは! 殿下に魅力がないからのぉ!」


 クロノスはため息を吐く。


「やはりトールは辛辣だな。して、トールから見た強者とは誰を指す?」


「それは決まっておろう。アーク殿じゃ! あやつほどの傑物を見たことないわ! 存分にやり合いたかった!」


「そうか……。やはりアーク・ノーヤダーマか」


「妹君もさすがじゃな。あのアーク殿を味方にしている時点で妹君も傑物と言えよう」


「ふっ、ふははは! なるほど。私が捨てたものによって、私は足元を掬われたというわけか! これは傑作だ!」


 クロノスは根本的に自分の考えが間違っていることを理解した。


 自分のために誰かを使おうとするクロノスと、誰かのために自分を使おうとするマギサ。


 クロノスははからずも、憎き敵である父であるウラノスと全く同じ行動をしていた。


「どうやら私は変わらねばならぬようだ。私は変わるぞ、トール」


 クロノスは目的のためなら手段を選ばない男である。


 つまり、彼にとって自分の考え方も手段の一つである。


 考えを変えることなど、クロノスにとって造作もないことだった。


◇ ◇ ◇


 第一王子クロノスと剣聖トール。


 原作では、この二人はヴェニスにて死ぬ運命であった。


 本来なら二人は闇の手の抹殺対象に入っており、そしてロキによって葬らえるはずであった。


 しかし、今回アークの活躍もあり生き延びたのだった。


 これは大きな原作乖離である。


 すでに原作とは大きくかけ離れている中で、さらなる大きな変化が生まれたのだ。


 この後、物語に大きな影響を与えるのは言うまでもない。


 生き残ったクロノスとトールが今後の物語にどう影響を与えていくのかは誰にもわからない。


◇ ◇ ◇


 ふう。


 ヴェニス観光最高だったぜ!


 やはり貴族は最高だな!


 優雅で贅沢なセレブレティな旅行だったぜ!


 高級宿に泊まれたし、最後まで最高のおもてなしをしてもらった。


 王子も「私にはやらねばならぬことがある」と言って、すぐに帰っていった。


 そのおかげで、後半はヴェニスを満喫できた。


 そして名残惜しいが観光最終日となった。


 次はいつ来ようか?


 次回以降も最高のオモテナシが約束されてるし、毎年のようにヴェニスに行くのもありだな!


 ふははは!


「また次回も玉手箱楽しみにしておりますね」


 と、ヴェニス公に尋ねたら、


「と、とんでもない!」


 と、青い顔をされた。


 やはり恥ずかしかったのだろう。


 悲願だとのたまっておきながら、玉手箱がただの雨を降らす装置だったのだからな。


 まあ気持ちはわかる。


 あれだけ大々的に宣伝してたのに、あれじゃあなぁ。


 と、そんなこともありながら、ヴェニスに別れを告げた。


 ではアデュー、ヴェニスよ!


 さらばだ!


 最高のバケーションだったぜ!


――竜宮城編 完―――

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