77. 夢と現実

 酷い夢を見ていた。


 ルインは起き上がり、目を擦る。


 そこにはいつもの光景があった。


「よかった」


 どうやら彼女は寝てる間に泣いていたようだ。


 目が濡れていた。


 夢の中で、ルインは街を崩壊させてしまった。


 時計塔以外のすべてが浄土の水ニライカナイによって消えていってしまう。


 美しい街が一瞬で廃墟と化したのだ。


 そして父であるヴェニス公はショックのあまり自死してしまう。


 スルト、マギサ、ロストは助かっていた。


 しかし、みな死んだような顔をしていた。


――自分も死ねば良かった。


 ルインはそのとき、夢の中でたしかにそう思った。


 こんな絶望の中で生きるなら死んでしまったほうがマシだ。


 自分のせいで、ヴェニスが崩壊した。


 同時にルインの精神も崩壊した。


 悲劇で溢れかえっているこの世界でも、それはとびっきりの悲劇だ。


 夢のはずであるのに、あまりにも鮮明な夢はまるで現実に起こったことのように感じられた。


「……あっ。アーク」


 アークがルインを見下ろすように立っていた。


「起きたか?」


「うん」


 夢ではアークは出てこなかった。


 なぜだかはわからない。


 でも、その夢の中ではアークがいないことのほうが自然だった。


 現実では、ルインがアークを招待しないわけがないのに……。


「ありがとう」


 ルインは今回の顛末について聞かされていた。


「なぜ礼を言う? まさか玉手箱のことか?」


「……うん」


 アークがいなければ、おそらく夢の出来事が現実になっていただろう。


「貴様も災難だったな。まさか玉手箱があんなものだとは」


 ルインを慮る言葉に、彼女はふと涙が出そうになった。


 それを堪えるように息を吐く。


「……さっき夢を見てた」


「夢?」


「アークがいない夢。アークがいることで、こんなにも救われているんだと理解した」


「それはそうだろうな。オレの価値は計り知れん」


 ルインはフッと笑みをこぼす。


「うん。知ってる」


 ルインは続ける。


「昔から、この街について関心がなかった。興味ないし、どうでもいいと思ってた。

この街もそうだし、この街に生きている人たちについても」


 ルインが外の景色を見る。


 そこには、水の都と呼ばれる美しい街並みが広がっていた。


「改めて見ると、こんなにいい街なんだなって。気づかなかったよ」


 夢の中で見た街の景色は酷いものだった。


 今の美しい外観とは比べれば、よりその惨状がわかる。


「ああ。いい街だ」


 アークが頷く。


「でしょ? なんで気づかなかったんだろう? なくしたあとじゃ、遅いのに」


 夢の出来事がフラッシュバックする。


 あの悲劇が、悲しみが、ルインのもとに流れ込んでくる。


 思わず下を向いた。


「何を悲しむ必要がある? まだなくしてないだろう?」


「そうだね。うん、その通り」


 ルインは顔を上げる。


 そこにはアークの顔がある。


 夢では出てこなかったアーク。


 でも、現実にはアークがいる。


 それだけがどれほど心強いことか。


「ありがと。アーク。この街を救ってくれて、本当にありがとう」


「オレは何もやっていない。感謝されるようなことは何もしてないぞ」


 その謙虚すぎる姿勢に、ルインの顔から思わず笑みがこぼれた。


 こういう人だからこそ、ルインは彼を好きになったのだ。


「だが。もし貴様がオレに感謝していると言うなら、次にヴェニスに来るときも最高のオモテナシをしてくれ」


「次回どころか、今後ヴェニスに来る時は毎回最高のオモテナシをするよ」


 街を救われたのと一回のオモテナシでは到底釣り合わない。


「ははっ、それは最高の贅沢だ。楽しみにしている」


 ルインは、ほんとに謙虚だなぁ、と思った。


 そして今後何度もヴェニスに足を運んでくれることを嬉しく思った。


 それもこれもすべてアークが街を守ってくれたおかげである。


 どれだけ感謝してもしきれない。


 ルインは生涯ずっとアークに恩返しし続けていこうと決意した。


◇ ◇ ◇


 原作では、ヴェニスはニライカナイによって海に沈んでしまうはずであった。


 それによる被害は計り知れない。


 時計塔にいた面々意外は全員死亡してしまうのだ。


 そして街も崩壊し、廃墟と化してしまう。


 これまでのストーリーの中でも一番の被害がでるはずであったヴェニス編。


 その原作の流れをアークはぶっ壊したのだった。


 それはつまり、闇の手の計画を大きく狂わしたということ。


 これによってアークはさらに闇の手の者に狙われていくこととなる。


 だが、そもそもアークは自分が成していることに気づいていない。


 原作シナリオを無自覚でぶっ壊し、知らず知らずのうちに闇の手の最大の脅威となるアークであった。

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