75. ニブルヘイム
オレたちが楽しく談笑?していたら、急に外が騒がしくなった。
こんな人気のない倉庫でも、人々が騒いでいるのが伝わってくるくらいだ。
オレたちは倉庫から出る。
すると、
「まさか……あれは」
空には雲のようなものが浮かんでいた。
よく見れば、それは雲ではない。
水の塊だ。
中心部、時計塔を中心にドーナツ状に水が浮かんでいる。
なんだ?
ヴェニスにはこんな仕掛けもあるのか?
さすが観光都市だな。
「玉手箱が開かれるとは……。あれを開けるのは古代文明人だけだと聞いておりましたが」
偽マギサが真剣な顔をしている。
なんだ?
あれが玉手箱の仕掛けか?
空に浮かぶドーナツ状の巨大な水の塊。
玉手箱はただの水を降らす装置ってことか。
ヴェニス公が悲願とか言っていたから、もっとすごいものだと期待していたのにな。
拍子抜けだ。
ただの手品だろ。
「あの程度が玉手箱か。雨を降らすだけの装置など取るに足らんな」
オレはポケットから魔石を取り出す。
ちっ、少し足りないか。
ブルジョア魔法を使おうと思ったが、これでは魔石の量が足りない。
「何か策があるのでしょうか?」
偽マギサが聞いてきた。
「なに簡単な手品ですよ。あの水を消してみせましょう」
「消す!? あれをですか?」
「はい、ただ残念ながら少しばかり魔力が足りません。ちょうど良い魔石を持ってはいませんか?」
「……それは奇遇ですね。むしろ狙っていたではないかと疑ってしまうくらいです」
偽マギサがローブの中からでかい魔石を取り出した。
なんだこれ?
かなりの大きさだな。
こんなでかい魔石どうやって収納してたの?
「クリスタル・エーテルです。まさかこれを見越していたのでしょうか?
あなたはどこまで把握しているのですか? まさか未来予知でもできるとでも?」
は?
どういうこと?
なにも見越してないけど。
未来予知はできないが、未来が明るいのは間違いない!
オレは伯爵だからな!
「未来予知はできないが、未来を予測することはできる」
オレの未来が明るいことなど、簡単に予測できるのだ!
ふははは!
「さすがですね」
ところで、このクリスタル・エーテルってやつには大量の魔力が内包されているようだ。
これだけの魔力があれば十分だろう。
さーて。
オレの最強ブルジョア魔法を見せてやろう!
「マギサ様。本当によろしいのですか?」
「ここで死ぬよりはマシでしょう」
「……かしこまりました」
二人が何かコソコソと話しているが、まあいい。
オレは偽マギサからクリスタル・エーテルを受け取る。
そして空を見上げた。
ちょうど、雨が降ってきた。
なんだこれは……。
これが秘宝だなんて拍子抜けにも程がある。
期待ハズレもいいところだ。
オレが最高のエンタメというものを見せてやろう!
クリスタル・エーテルから魔力を吸い上げる。
さあさあショータイムの始まりだ!
「――ニブルヘイム!」
◇ ◇ ◇
時計塔の頂上。
ロキとヴェニス公、そしてルインがいる。
ヴェニス公は体を拘束され、街全体を見渡せるように磔にされていた。
「と、これがヴェニスの歴史です」
ロキはヴェニス公に語る。
本当の歴史を。
「馬鹿馬鹿しい! それは貴様の妄想だろうが!」
「妄想ではありませんよ、ヴェニス公爵」
「たとえそれが真実だとして、ここまでするのはなぜだ? もう何百年も前のことだろう!」
「はははっ。これは面白いことを言いなさる。
かつてあなた方先祖がした何をしたか。怒りというものは何百年経とうが消えないのですよ」
「亡霊めッ!」
「その亡霊によってあなた方は滅びるのです」
ロキは玉手箱を作動させた。
古代文明人の恨みと怒りがつめられた玉手箱。
怨嗟が広がるようにもくもくと雲が出現する。
そして雲が時計塔を中心としてドーナツ状に広がっていく。
ヴェニス公は目を見開く。
ヴェニス公も玉手箱が厄災の箱であることを理解していた。
「さあ玉手箱が開かれた! すべてを無に返す力! 我ら積年の怨みがついに成就する!
見ろヴェニス公! ここで、その目で、街が滅びるのを見物するが良い!」
「やめてくれっ! 頼む! 私からこの街を奪わないでくれ」
「奪うだと? 何か勘違いしていないか? 先に奪ったのは貴様らのほうであろう?
このときを我らは何百年も待ち続けてきた。待ちわびたぞ!
時を超え、我らの
よくぞここまで街を発展させてくれた! 感謝するぞ、ヴェニス公!」
「頼む……やめてくれ」
もう誰にも街の崩壊は止められない。
「ははははッ! 絶景だ!」
ロキが高笑いした――、そのときだ。
「――――」
ふいにロキは肌寒さを覚えた。
同時に、嫌な予感を覚えた。
――パキッ。
空が固まった。
そう錯覚するような光景が目の前に広がっていた。
「そんな……バカな……。ありえん」
ロキは驚愕に目を見開く。
普通の魔法では
氷すらも浄化させてしまうのが
もしも可能性があるとすれば、ニライカナイを上回る力でニライカナイを凍らせるということだ。
それはつまり、最上級魔法をも上回る魔法ということだ。
つまり、神級魔法。
しかし、神級魔法とはその名の通り神の魔法。
それを扱える者など、この街にはいないはずであった。
「まさか……」
もしもそんなことができる人物がいれば――思い当たるのは一人。
「くくくくっ。あははははっ」
ロキは狂ったように笑う。
「なるほど、そうか。そういうことか……。やはり貴様は油断ならぬ相手だ。アーク・ノーヤダーマ!!」
ロキが最も警戒していた人物、アーク・ノーヤダーマ。
ロキの計画を最も崩す可能性があった人物だ。
なぜならロキはアークの行動が読めなかったからだ。
一見何も考えていないような行動が、すべて何かに繋がっている。
それが不気味で仕方がなかった。
ロキはわざわざナンバーズの幹部、マザーを送り込んだ。
その上でさらに剣聖トールを送り込み、足止めをさせようとした。
アークに対して最大限の警戒をしていた。
ロキの計画は順調だった。
しかし、
――パリンッ。
ニライカナイが砕け散っていく。
それはキラキラと煌く幻想的な光景であり、同時にロキにとっては憎々しい光景であった、
何百年も積もり積もった怒りが、怨みが、たった一人の魔法によって砕け散る。
そんなことがあっていいのだろうか?
「我らの願いがこんなことで潰されてたまるものか!」
これでもう玉手箱は使えない。
玉手箱は一度しか開けず、一度しか使えない
「そうか! わかったぞ、貴様の狙いが! 貴様はあえて私に玉手箱を開かせたのだな」
ロキはアークを罠にかけたつもりだったが、逆に自分が罠にかけられていたのだと悟った。
アークは最初から、玉手箱に対抗する手段を持っていたのだろう。
つまり、アークからすれば以下に自分がいるときに玉手箱を開けさせるかが重要となるわけだ。
逆に一度開いてしまえば、玉手箱の脅威はなくなる。
このタイミングでわざとロキに玉手箱を開けさせることで、玉手箱を永久に無効化させる。
それがアークの狙いだろう、とロキは考えた。
「くくっ! はーっはっは! たった一人の小僧に我らの計画が崩されるとはな! これほど憎たらしいことはない!」
ロキは拳を握る。
爪が皮ふに深く突き刺さり、血がにじみ出る。
「だが、ただで終わると思うなよ。アーク・ノーヤダーマ。代わりに貴様の大切なものを奪ってやろう」
ロキはルインを見下ろす。
ここでルインを殺すことで、アークに一矢報いることができる。
「さて、痛み分けといこうではないか」
と、ロキが呟いたときだ。
ぎぎぎ、と古い扉が開く音がした。
そして、
「そこまでにしてもらおうか。ロキよ」
第一王子のクロノスが剣聖トールを引き連れて屋上へと姿を表したのだった。
さらにトールの後ろからは、北神騎士団、エリザベート、スルト、フントが続く。
「随分と私たちをコケにしてくれたようだな」
ロキは完全に包囲されたのだった。
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