72. スルトの覚醒

 しばらく歩くと、港が見えてきた。


 といっても今はほとんど使われていない港だ。


 五番倉庫が待ち合わせ場所だ。


 倉庫に入る。


 人の気配がある。


 中にはエムブラがいた。


「アークくん。お久しぶりですね」


「そうですね、先生。お久しぶりです」


「聞かないのですか?」


「何をですか?」


「私のことですよ。それともすでに知っているのですか? 色々と資料を残して去ってしまいましたからね」


 何を言ってるかさっぱりだ。


「聞きませんよ。人にはそれぞれ理由というものがあります。詮索などしません」


 大方仕事がイヤになって辞めたのだろう。


 辞めた理由を聞いて深ぼるのは、いささかデリカシーにかける。


 前世のオレも仕事を辞めた経験がある。


 辞めたというよりも、辞めさせられたというほうが正しいが。


 仕事がクビになって、居酒屋で飲んでいると、酔っ払いに絡まれたことがある。


 そこで仕事の話になり、辞めた理由を聞かれた。


 もちろん、オレは答えたくなどなかった。


 言いたくないことなど、人にはたくさんあるだろう。


「そう言いながら、きっと君は詮索しているのでしょうね。あれこれ、と」


 なんだと?


 オレがそんなプライバシーを探るような男に見えるのか?


 心外だな。


 オレは必要でなければ、人のプライバシーまで首を突っ込むことはない。


 まあ必要であれば、カミュラやラトゥに命じて情報を集めさせるがな。


「それで雇用主はどこでしょう?」


「もういらっしゃいますよ」


 エムブラがそういうと同時に、倉庫の奥からカツカツと音が聞こえてきた。


 暗闇から姿が浮き彫りになる。


 ローブで顔を隠しているから表情までは見えないし、雰囲気しかわからない。


 だが、どこかで見たことがある気がする。


「お初にお目にかかります。アーク・ノーヤダーマ様。私はマギサ・サクリ・オーディンと申します」


 そういって彼女はフードを取った。


 え……?


 なんで王女がここに?


 さっきまでベッドで寝てただろ。


「ご存知かと思いますが、私はあなたの知っているマギサとは違いますよ」


 え?


 それはつまり、マギサは双子だってこと?


◇ ◇ ◇


 スルトはアークからの教えについて考えさせられた。


「そも貴様は気づいていないのか?

貴様には剣の才能がない。

剣聖をみてみろ。貴様がどれほど努力しようが、あれにはなれまい。

ならば、貴様が目指すのは剣の高みか?

己を見極めよ」


 剣士としては限界がある。


 その言葉に納得してしまっていた。


 剣聖相手に戦いにすらならなかった。


 スルトが一生剣を振り続けたとして、そこまでになれるだろうか?


 いな、なれはしまい。


 それが才能というものだ。


 ただ剣の上達のみが目的なら、剣を振り続けるのも良いだろう。


 しかし、スルトの目的は復讐だ。


 剣とは手段に過ぎない。 


 スルトは真面目にアークの言葉を受け止めていた。


 アークが適当に発言しただけであるのに、やはりスルトは真面目なのである。


 と、それはさておき。


 スルトにとっては復讐が一番の目的である。


 その目的を達するためには、別に剣で強くならなくても良い。


 なんであろうと強くなれば構わない。


 もっと言えば、復讐を成し遂げられるなら強くならなくても構わない。


 しかし、強くなくては目的を達することはできない。


 だから強さが必要なのである。


 そして強くなるヒントをアークが教えてくれた。


「常に全力であるのが正しいとは限らん。力を抜け。熱くなるのは一瞬で良い。

貴様の心にある熱を開放するのは一瞬で良い。最後の一振りだけに込めろ。

でなければ貴様程度の熱では、火を燃やすこともできまい」


 スルトはムスペルヘイムを覚えたことで満足していた。


 ムスペルヘイムを使えば、大抵のものは焼き払うことができる。


 しかし、ムスペルヘイムが強すぎるあまり、それに頼り過ぎていた。


 ムスペルヘイムを使えばなんとかなると考えていた。


 だが、ムスペルヘイムには制限がある。


 そう何度も使える魔法ではない。


 そして使えば使うほど火力が落ちていく。


 ならば力を制御すれば良い。


 火を灯すのは一瞬だけ。


「はあぁッ――!」


 スルトは北神騎士団に向けて剣を振るう。


 多勢に無勢。


 しかしそんな状況下でスルトは善戦していた。


 力を抑えつつ、これぞといたったときにムスペルヘイムを放つ。


 そうすることで、騎士たちと張り合うことができた。


 もともと剣士としての腕前もあるスルトがムスペルヘイムを使いこなしたらどうなるか?


 騎士団でも手に負えない存在となる。


 アークの適当なアドバイスによって覚醒するとは、さすがは主人公だ。


 不必要な戦いを避けながら、スルトは駐屯地に向かった。


 そしてようやく駐屯地にたどり着く。


 しかし、そこで目にしたのは、あまりにも意外な光景だった。


「なぜ殿下が……?」


 縛られているクロノスの姿がそこにはあった。


◇ ◇ ◇


 原作のヴェニス回。


 そこでは、主人公一行であるスルト、マギサ、ロストが剣聖トールと戦うこととなる。


 しかし、トールは王国最強の騎士である。


 3対1でも圧倒されてしまう。


 そうしてスルトたちがトールと戦っている間にも、玉手箱が開かれてしまう。


 その際、トールの機転によって3人は無事助かるのだが……。


 トールは彼らを救うために死んでしまう。


 それが本来のストーリーだ。


 原作では、闇の手の者たちの目的の一つに、剣聖トールおよび第一王子クロノスの抹殺があった。


 つまり、本来なら抹殺対象ウォンテッドはアークではなく、トールとクロノスになるはずであった。


 そして原作では、無事、闇の手は目的を達成させたのだった。


 だがこの世界では、アークの介入によって主人公たちはトールとは戦わなくなった。


 そのおかげで、スルトはクロノスのもとにたどり着くことができたのだった。


 この結果がどう未来を変えるかは誰にもわからない。

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