71. 誘拐
原作のヴェニス回は、今まで最も大きな被害をもたらす。
魔法大会のときと比べても、圧倒的な数の死者を出す。
そしてヘンゼルとグレーテル、そしてマザーは本来のストーリーではヴェニス領を訪れない。
つまり、まだヴェニス領には大きな危険が残っているということだ。
災厄をもたらす者は、まだヴェニスの中にいる。
そしてその者はアークがマザーと戦っている間にも着々と事を進めていた。
災厄の蓋が開けられようとしていた。
◇ ◇ ◇
グレーテルを連れて帰ると、赤髪野郎が騒いでいた。
「ルインが北神騎士団に誘拐された!」
知らんよ。
ていうか、北神騎士団なら問題ないだろ?
だって仮にも騎士団だ?
誘拐というよりもむしろ保護とかじゃないか?
ていうか、あのピエロ野郎使えばなんとかなるんじゃね?
え?
あいつ何者かに殺されたって?
ピエロめ、使えねぇやつだな。
エリザベートのやつ、おもちゃがなくなったといって嘆いていたな。
「ガーッハッハ! 失礼するぞ!」
もじゃ女が現れた。
赤髪野郎がモジャ女を警戒する。
「お前は剣聖!?」
「おうおう! やる気があって良いことじゃ!」
モジャ女が豪快に笑う。
「ルインはどこだ!?」
「ルイン……さて? 儂は知らんぞ?」
モジャ女が首をかしげる。
「すっとぼけるな! お前らが誘拐したのはわかっているんだ!」
「とは言うてもなぁ。儂には、誘拐なんぞの命令は下されておらん。知らんもんは知らんのじゃ」
モジャが嘘を言っているようには見えなかった。
つまり、本当にモジャは知らないのだろう。
こいつ腹芸とか苦手そうだし。
「じゃあ誰が……」
「おい、モジャ女」
「儂のことか?」
「貴様しかいなかろう」
「おー、たしかにのぉ! モジャモジャした髪をしておるからのぉ!」
「貴様は知らんというなら事実だろう。だが、貴様が知らないだけで北神騎士団の他のメンバーが攫った可能性もあるのだろう?」
まあ本当に北神騎士団が攫ったのなら、特に問題はない。
騎士団が悪さをするとは考えにくい。
「そうじゃな。可能性がないとは言い切れん」
「やはりお前たちが!」
「じゃがのぉ、儂は他の輩と仲が悪い。情報もほとんど回ってこんしのぉ。本当に知らんのよ」
副団長に情報が回ってこないというのは、いささか変な話であるのが、まあこのモジャならあり得るだろう。
見るからに人望なさそうだし。
オレも他人のことは言えんがな!
悪徳貴族であるオレも評判は最悪だからな!
「事実を確かめるためにも、王子のところに向かう必要があるな。アーク。一緒に行くぞ」
おい、赤髪野郎。
なんでオレが行く必要がある?
「は? なんでオレが行くのだ? あいにく、このあと用事があるんでな」
「それはルインを救うよりも大事な用事なのか?」
「さてな」
そもそも、救うとかそういう話じゃないだろうが。
なぜこいつらは北神騎士団を敵のように扱う?
騎士団なんだから、国の味方だろうに。
まあいい。
オレには今からエムブラに会うという用事がある。
さっき例の魔導具から連絡が来た。
場所と時間の指定もされた。
ぶっちゃけそんなに大事な用事じゃない。
だが、ルインの件はどうにかなるだろ。
そんなに騒ぐものでもない
ということで、赤髪野郎にルインのことは任せることにした。
そしてオレはエムブラのところに行こうとしたが、
「アーク殿。どこへ行かれる?」
モジャ女がいつものバカな表情とは違い、真顔で尋ねてきた。
「貴様に教える必要はなかろう」
「ガーッハッハ! たしかにな! じゃが、儂にも事情があるのでな」
「どんな事情だ?」
「アーク殿と戦う……あっ、違ったな。足止めするという大事な用事じゃな!」
モジャ女が「がーっはっは!」と豪快に笑いながら斬りかかってきた。
うおっとあぶねぇ。
こいつ何すんだよ。
オレじゃなかったら死んでるぞ?
「貴様、オレを殺すつもりか?」
「がーっはっは! 面白い冗談をいう。貴殿がこの程度で死ぬわけなかろう!」
ふっ、それもそうだ。
「して、どういうつもりだ?」
「儂もこう見えても騎士。上からの命令には従わないといけないということじゃ」
「クロノス殿下か?」
「はてさて。それを応えるのはさすがにまずいのでの」
すっとけぼけやがるな、こいつ。
「本音では儂は貴殿と戦ってみたいだけじゃ!」
「酔狂なやつめ。だが、オレは貴様と戦う理由がない。だからまあ、貴様の相手は他に任せよう」
オレの後ろからフントが現れる。
「剣聖を斬れるのは楽しみだぜ!」
「おー! これは強者じゃ! 腕が鳴るのぉ! っておい! アーク殿! どこへ行かれる!?」
フントにモジャ女の相手を任せて、エムブラのところに向かう。
オレを足止めだと?
クソ食らえだ。
誰も何人もオレの足を止められん!
「ふんぬ!!」
モジャ女がフントを飛び越えて、オレのところまで飛んできやがった。
なんちゅー原始人だ。
「行かせませんよ。アーク様のもとには!」
「ぬっ!?」
モジャ女に向かって魔弾が放たれた。
バレットが加勢してくれたようだ。
その隙にオレは離脱する。
モジャが後ろで騒いでいるが無視だ。
ふははは!
「んで、なぜ貴様はついてきているんだ?」
「うふふ。お兄様。酷いですわ」
「何が酷いんだ?」
「放置プレイとはいかがなものかと存じます」
なんだよ、放置プレイって。
めんどくさいやつだな。
「そういう貴様はどういうプレイが好きなんだ?」
「うふふっ。それは乙女の秘密というものですよ。お、に、い、さ、ま」
妹がなまめかしい仕草をする。
いや、別に妹の性癖を暴くつもりはないんだが。
そういえばエリザベートのやつ、昔パーティーでいい相手がいないとぼやいていたしな。
いい相手でも紹介してやるか。
「そんなに構ってもらいたいなら、いい相手紹介してやるぞ?」
恋人でもできれば孤独も紛らわせるだろう。
「それはお兄様よりも素晴らしい人ですか?」
「オレよりも素晴らしい存在などいないだろう……が、まあオレよりは身分が上だ」
たしか王子のやつ、最近振られたとか愚痴っていたしな。
「まあ! それはまさか、クロノス殿下?」
よくわかったな。
オレはあの王子が嫌いだけど、こいつなら合うかもしれない。
昔のエリザベートはイケメン見て「キャー、素敵ー」とか言ってたし。
「どうやら王子は一人で寂しくしてるらしい」
いい人がいないと言って嘆いていたからな。
エリザベートがいい人がどうかわからんが、まあ会ってみないとわからんこともある。
オレはあいつ嫌いだけど。
「一人? いつもは周りにいらっしゃる方々は?」
「周りにいるやつらがいい人とは限らんだろう。最近(女に)振られたらしいから、会いに行けばきっと喜ぶぞ?」
いつも周りの女どもにキャーキャー言われてるが、王子のタイプではないらしい。
「それもそうですわね。すぐに行く必要がありそうですわ」
やはりエリザベートは王子にも興味があるのか。
ミーハーだな。
まあミーハーが悪いとは思わん。
ついでに兄として、デートの場所とタイミングについても教えてやろう。
「時計塔の上はデートスポットだぞ」
「うふふ。デートというのは、お兄様も面白い表現をしますわね」
そうか?
貴族らしく、デートというよりも逢瀬と表現したほうが良かったか?
まあいい。
「急げよ。日が暮れてしまうと台無しになるからな」
夕日が見える時間帯が最もいいだろう。
「ええ。かしこりました」
エリザベートが楽しげな表情を浮かべて去っていく。
それほど王子に会いたかったのだろうか?
やはりエリザベートは面食いのようだ。
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