70. 帰るぞ

 ったくよ。


 グレーテルのやつ勝手にいなくなりやがって。


 オレから逃げるとはいい度胸だ。


 だが、オレから逃げられると思うな。


 ネズミを通して、ラトゥからの連絡が入った。


 グレーテルの居場所がわかったらしい。


 ふははは!


 今のオレには最強の移動手段がある。


 オレはピエロ野郎を叩き起こし、無理やり働かせた。


 相変わらず不気味に笑ってやがる。


 バラの花びらを数える暇があったら、オレを手伝えピエロ野郎。


 ピエロ野郎の移動には制限があるらしいが、今回は運良くその制限をクリアできた。


 ピエロを使ってグレーテルのところまで飛んでいった。


 すると、口が汚いデカブツがいたから、腕を氷漬けにしてやった。


 そしてグレーテルをキャッチ。


「んまー! わたくしの食事の邪魔とは! 誰ですの!」


 巨体の女がつばを撒き散らしてきた。


 んま、んま、うるせーな。


 殺すぞ?


「マナーがなってないぞ、ババア。貴様に礼儀というものを教えてやろう」


「んまっ! 生意気な小僧ですの……ちょっとかわいい顔してるからっていい気にならないで頂戴!

って、あなたアーク・ノーヤダーマですわね! ちょうど良かったですわ!」


「にげて! アーク!」


 グレーテルがなんかほざいてるが、無視だ。


「逃げるだと? 誰が? なぜ?」


「マザーは……駄目! あなたでも敵わないの!」


 ふはははははっ!


 面白いことをいう。


 オレが敵わないだと?


 冗談にしては笑えないな。


「いいか覚えておけ、グレーテル。オレの辞書に逃げるという文字はない」


 つまり、グレーテルよ。


 オレから逃げられると思うなよ?


「……でも、アークにもうこれ以上迷惑を――いたっ」


 オレはこつんとグレーテルの頭にでこピンしてやった。


「迷惑かけたくなと思うなら、黙って見ておけ」


 オレはグレーテルをおろし、巨体ババアの前に立つ。


「お話は終わったかしら?」


「ああ。いつでも来ていいぞ。調理してやる」


「んまー! お生意気なこと!」


 マザーの腕がニョキニョキと再生していく。


 便利な体だな!


 壊しがいがありそうだぜ!


「ふははは! 無礼な貴様に不様な死に様をくれてやろう!」


◇ ◇ ◇


 グレーテルは唖然としていた。


 マザーが一方的にやられることなど、今までに一度も見たことがなかった。


 アーク・ノーヤダーマ。


 抹殺対象ウォンテッドの少年であり、闇の手が危険視する人物であるとはグレーテルも把握していた。


 しかし、グレーテルはアークの力を甘く見積もっていた。


 マザーには勝てない。


 長年マザーと一緒にいたグレーテルは、マザーの脅威を理解していた。


 マザーはあらゆるものを食べてしまう。


 能力すらも食べられてしまう。


 さらにマザーには驚異的な回復能力があった。


 ヘルから与えられた暴食の力は、食べた人物の分だけ再生できるというものだ。


 魔法を奪いながら再生し続けるマザーは、ナンバーズの上位を張るだけの強さを持っていた。


 ナンバーズⅤの力は別格であった。


 だが、そんなマザーをアークは圧倒していた。


「ンマー!!!」


 マザーが吠える。


 しかし、


――パリンッ。


 マザーの体が砕ける。


 マザーは相手の魔法を食べることができる。


 しかし、食べるためには条件をクリアする必要がある。


 マザーが相手の魔法や能力を食べる条件は2つ。


 1つ目は魔法の発生を目で見ること。


 2つ目は発生した魔法を飲み込むこと。


 アークは無詠唱で魔法を放つことができる。


 それはつまり、1つ目の条件が当てはまらないということだ。


 さらにアークはマザーに食べさせる隙を与えさせずに戦っていた。


 魔法と魔法の間には、必ずクールタイムが発生するが、アークはクールタイムをほとんどなしで魔法を放ち続けることができる。


 つまり、マザーは2つ目の条件もクリアできないのだ。


「んま! んまー! この私がこんなやつに――」


「黙れ、ババア」


 アークの放った氷塊がマザーの・・・にどでかい穴を開ける。


 マザーは魔法使い相手に相性が良いはずだ。


 彼女は高い再生能力を誇るため、自身の体を犠牲にしてでも魔法を食べることができる。


 しかし、食事が追いつかないほどにアークの連撃は凄まじかった。


 逆に剣士相手となるとマザーは相性が悪いため、ナンバーズの中でもファイブに甘んじているとも言える。


 事実、原作ではスルトに負けている。


 スルトのムスペルヘイムがマザーの回復を凌駕したのも要因の一つだが……。


 と、余談はさておき。


 多くの子供・・・を持ちながら、ヘンゼルとグレーテルを従えていたマザーは、総合的に見ればナンバーズⅤと呼ぶには十分な実力があった。


 単体でも高い戦闘力を誇る。


 そんなマザーが押されている。


 一方的に蹂躙されている。


 その光景はグレーテルにとって衝撃だった。


「んまッ!? 私の体が――ッ!」


 マザーの再生能力が限界を迎えた。


「もう終わりか? では最後の晩餐と行こうか」


「私はまだ死ねないの! 私にはもっと愛が――」


――絶対零度アブソリュート・ゼロ


 マザーが最後までセリフを吐くことなく最期を迎えた。


 目を血走らせ、口を大きく開き、鬼のような形相をし、銅像のように佇んだまま動かなくなった。


 それはあまりにもあっけない終わりであった。


 今までグレーテルを苦しめているものが、こんなにあっさりと終わって良いものなのだろうか?


 グレーテルはむしろ不安に駆られるほどであった。


 これは夢ではないのか?


 こんなに都合の良い話があるわけがない。


 自分の人生にしては出来すぎている。


 そうグレーテルは感じていた。


 いまにはマザーが動き出し、自分とアークを食らってしまうのではないか?


 しかし、マザーが動き出す気配はなかった。


「おい、グレーテル」


「……は、はい!」


「帰るぞ」


 帰るとは?


 グレーテルは疑問を覚えた。

 

 今までのグレーテルの帰る場所はマザーのところだった。


 しかし、マザーはもういない。


 そこ以外にどこに帰ればよいかわからなかった。


「帰るって……どこに?」


「決まってるだろうが。オレたちのところにだよ」


「でも私には、私が近くにいると……」


 グレーテルはハッと思い出す。


 彼女は飢餓の口減らし《グレート・ファミン》を失ったのだ。


 つまりそれは、周りの者を不幸に可能性がなくなったということだ。


「さあ行くぞ。貴様にはたくさん説教しなくちゃいけないからな。覚えておけよ。オレは優しくない。貴様にたっぷりと罰を受けてもらおう」


 そういうアークの手は優しかった。


 優しくグレーテルの頭を撫でてくれた。


 その手のぬくもりに愛を感じた。


「あっ……うぅ……」


 グレーテルは目から涙がこぼれ落ちる。


 手に入れられないと思っていた。


 幻だと思っていた。


 幸せなんて一生来ないものだと思っていた。


 普通の生活なんてできるわけがないと思っていた。


「……うん、帰る。みんなのところに」


 グレーテルは泣きながら笑ったのだった。

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