61. ゴミ野郎

 オレはバレット連れて一旦宿に戻った。


 そしてバレットから話を聞く。


 なぜあそこにいたのか?


 どうやら親に売られたらしい。


 親に売られるとは……まああれだな。


 悲劇だな。


 うん。


 バレットがしみったれた顔をしている。


 辛気臭い。


 死んだ顔をしやがって。


 まるで自分がこの世で一番不幸みたいな顔をしやがって。


 貴様の悲劇を喜劇にでも変えてやろう。


「バレット。行くぞ」


「……どこへ?」


「貴様を捨てたクソ野郎のところだ」


 バレットを捨てた糞野郎は、いまもヴェニスでのんきに遊んでいるらしい。


「いや……です」


「なぜ?」


「会いたくない」


「会え」


「嫌です」


 強情なやつだ。


「私は……価値のない人間です」


「価値がないだと?」


「家を裏切った罰です。その報いを……受けるべきなんです」


 なんでそうなる?


 さっぱり意味がわからん。


「家を裏切った? 裏切られたの間違いだろう」


「弓を捨てました。それは……裏切りです」


 弓を捨てろと言ったのはオレだ。


 つまり、オレにも責任があるのか?


 ははっ。


 んなわけないだろう。


 そもそも選んだのはこいつだ。


 まったく一ミリも罪悪感はない。


 それよりもムカムカする。


「気に入らんな」


 前世のクソみたいな記憶がフラッシュバックする。


 会社に、社会に、そして身内にも捨てられた過去。


 オレが何をした?


 何か悪いことでもしたのか?


 正しいことをしたと思っていた。


 正しさなんてクソの役にも立たなかった。


 じゃあ必要なのはなんだ?


 正しさじゃない。


 力だ。


 圧倒的な力が必要だ。


 誰も文句を言えないだけの力。


 幸いにも今のオレには力がある。


 このムカムカを晴らすだけの力がな。


「なら、無理やり連れて行くまでだ」


 バレットは「イヤ、イヤ!」と言って暴れていたが、知らん。


 オレは伯爵だ。


 オレの権限で無理矢理でもなんでもしてやる。


「フント」


「ハッ」


「すぐに大金を用意しろ。カジノで稼いだ分をすべてもってこい」


「かしこまりました」


 フントが恭しく頭を下げる。


 そしてオレは大金をもってクソ野郎のところに向かった。


 クソ野郎の居場所はすぐにわかった。


 ヴェニスのカジノで遊んでいやがった。


 とんだクソ野郎だ。


 そういえば、オレを落とし入れたクソハゲ上司もギャンブルをやっていたな。


 ギャンブルで金を使い果たし、横領に走ったというやつだ。


 どの世界にもクソはいるんだな。


 腹立たしい。


「おい、クソ野郎」


「あっ?」


 無精髭の男が睨んできた。


 だが、まるで迫力がない。


 そこらのチンピラのほうがよっぽど迫力がある。


 まあオレからすれば、どっちもどっちゴミなんだがな。


「……ッ?! バレット……。なんでお前がここに……」


 男は目を見開き、バレットを見る。


 バレットは俯きながらオレの後ろに隠れた。


「はっ! わかったぞ! こいつのお前の買い取り手か! そうかそうか! 若いやつに・・われたんだな!」


 バレットがぎゅっとオレの服を掴む。


「……んだよっ。そういうことか」


 クソ野郎はニタニタした顔でオレを見てきた。


 あー、やっぱりムカつく。


 胸糞が悪い。


 前世が蘇る。


「なあ若造。こいつはどうだ? もうヤッちまったか? たしかしょ――ぶごへっ……!?」


 クソ野郎の顔を殴った。


 ムカつく。


 久しぶりにここまでムカついたぜ。


 オレは別に善人ではない。


 だから見ず知らずのやつが親に売られようが、別にどうでもいい。


 むしろ、売られるような身分に生まれてきたことこそが問題だと切り捨てるような人間だ。


 だが、知り合いならわけが違う。


 ムカつく。


 それはもしかしたら”情”というやつかもしれん。


 いや違うな。


 これは情なんて大層なものじゃない。


 オレはかつてのオレと重ね合わせているだけだ。


 ムカつくから殴る。


 実にシンプルだ。


 このシンプルなことが前世ではまかり通らなかった。


 自分の主張はかき消された。


 だから力が必要なのだ。


 かき消されないだけの力が。


 そうでなければ、弱者はずっと怯えて生きなければならない。


 オレはもう弱者には戻らない。


 権力は最高だ。


 これだから伯爵はやめられん。


「はっ。もう情でも湧いたか。だったら金でもくれよ。もうなくなっちまったんだよぁ、なあ? いいだろう?

身内だと思ってさ」


 クソ野郎はヨレヨレと立ち上がりながら、オレに不様な顔を見せてくる。


 醜いな。


 なんて醜いんだ。


「貴様。何か勘違いしているようだな?」


「あん――ぶぎっ!?」


 クソ野郎を腹パンする。


「貴様はゴミだ。ゴミが人間様の言葉をしゃべるな。

ゴミがオレと同じ目線で会話をするな。身の程を知れ、痴れ者!」


「ぐがっ……!」


 クソ野郎の頭を踏みつけた。


 ああ、気分が良い。


 貴族なら好きなようにやれる。


 ムカついたら平民をゴミのように扱える。


 最高だ。


「フロムアロー家。たしか弓を大事にしていた一族らしいな」


「……」


「だが魔法の発展とともに弓は衰退した。哀れだな。フロムアロー家とは」


「おまえぇ――ぐがぁ!」


 クソ野郎を踏みつける力を強め、地面とキスさせてやった。


「喋るな。ゴミ。オレが話しているだろう?」


「……ッ」


「弓とともに誇りを捨て、娘を売るとは。ここまで地に落ちた家も珍しい。滑稽過ぎて哀れみを通り越して、もはや喜劇だな」


「お前に何がわかる! 我らは誇り高きフロムアロー家だぞ! 先に裏切ったのはその小娘のほうだ!

弓を捨て魔銃を持つなど言語道断! 魔銃は所詮弱者が使う武器ッ!

弓こそが史上だ! 誇りを捨てた娘に価値などない! そんな娘売って何が悪い!」


「ゴミはどこまでいってもゴミだな。喋るなという言葉が聞こえんのか?

ああ、そうか。ゴミだから耳もついていないようだ。じゃあその耳は不要だな」


「――ッ!?」


 とりあえず耳を凍らせてやった。


「いっ、やめてくれ……」


「ああ、そうか。ゴミには蓋をせねばならんな」


 これ以上ゴミを撒き散らさないように、口も凍らせてやった。


「時代は変化する。当たり前のことだろう? 弓も矢も、そして貴様らも過去の遺物になったのだ」


「んん……ッ」


「魔銃を使うのが弱者といったな。だがオレはその魔銃によって肩を撃ち抜かれた。

あの痛みは覚えているぞ。銃弾がオレの肩をぶち抜いた感触は今でも覚えている。

弱者が使う武器が魔銃だと? ではオレは弱者に撃ち抜かれたのか? なあバレットよ。貴様は弱者なのか?」


「……」


 バレットが黙って下を向く。


「貴様が答えないならオレが答えてやろう。バレットよ。貴様は強い」


 オレの肩をぶち抜いたバレットを弱いとは言わせない。


 それはオレに対する侮辱だ。


「誇りとは物に宿るものじゃない。命に宿るものよ。

バレット。貴様は先程己には価値がないと言ったな」


「……はい」


「貴様が貴様の価値を否定するなら、オレがそれを否定してやろう。貴様の価値をオレが決めてやる」


 貧乏男爵が決める価値などクソ食らえだ。


「オレをぶち抜いた貴様の銃弾。その価値は計り知れん。

誇りを持て! バレット・フロムアロー! 貴様は過去を捨てて未来だんがんに希望をのせたのだ。

その一撃はオレに届いた! 誇れ!

ゴミになんと思われようが関係ない! 貴様はオレが認めたのだ!」


「アーク様……私は……。どうしたら良いのでしょう?」


「バレット。貴様は売られたんだな?」


「……はい」


「では貴様をオレが買い取ってやろう」


 オレはフントに持たせた大金をばら撒いた。


 同時に、クソ野郎を開放してやる。


 クソ野郎は見苦しくも、金をせっせと集め始める。


「この金を貴様にくれてやろう、クソ野郎。うじ虫野郎」


「……!」


 クソ野郎は気色悪い笑みを浮かべやがった。


 下品な笑いだ。


 以前退治していた山賊共も、同じような顔をしてやがったな。


「そしてこの金でバレットを買い取ろう!」


 余裕で家が買えるほどの金だ。


「……!?」


 バレットが驚いた顔をする。


「だが下郎。勘違いするなよ?

これが、この程度が、オレがバレットに抱いている価値だと思うなよ?

この程度のはした金では足りんほどの価値をバレットは持っている。

貴様にはわからんだろうがな。これは哀れな貴様に恵んでやるオレの慈悲だ」


 クソ野郎はオレの言葉などまるで聞いていなかった。


 床に落ちた金を集めるのに必死だった。


 ふははは!


 なんて哀れなんだ!


 ゴミめ!


 ゴミを見下すのは気持ちが良い。


 これだから権力はたまらん。


 好き放題やれるからな。


 オレはクソ野郎の手を踏みつけてやった。


「……ッ!?」


「約束しろ、ゴミ野郎。この金を受け取ったなら、もう二度とバレットの前に姿を現すな」


「んんっ!」


 下郎は二度、三度と首を大きく縦に振った。


 そしてクソ野郎は再び金に目を向けた。


「行くぞ、バレット」


「……待ってください」


 バレットがクソ野郎を見下ろす。


「お父様。今までありがとうございました。

どんな扱いを受けようとも、育ててくれたことには感謝しております」


 クソ野郎が顔を上げてバレットを見る


「どうか達者で。そしてどうか、お願いです。私のことなど忘れてください。

私も忘れますので。私の未来にはもう、あなたもフロムアロー家も必要ありません」


 バレットがスッキリした顔で言い放った。


 ふむ、いい顔だ。

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