38. 適当なアドバイス

 おんどりゃー、死にやがれー!


 ドカンとものすごい音が訓練場に響く。


 オレはいま的に向かってひたすら魔法を放ち続けている。


 的は王女を模した人形だ。


 この人形は魔法道具らしく、自分の好きなように形状を選べる。


 さすがに全く王女と同じ見た目では、誰かに見つかったときに面倒なことになる。


 だから大枠が王女に似ている人形を作った。


 さらにこの人形、壊しても勝手に修復される機能もついているため、好きなだけ王女(を模した人形)に魔法をぶっ放せる。


 あいつのせいで、オレの貴重な休暇がなくなったからな。


 オレの恨みはでかいぞ?


 死ね、死ね、死ねーっ!


 はあはあ。


 良いストレス発散になるぜ。


 エバも「さすがです」とオレを手放しで褒め称える。


 ふははは!


 そうだろ?


 王女なんてくそくらえだ。


 なんてことをしてたら、


「あ、あの、アーク様……」


 貧乏男爵が弓を大切に抱えながら訓練場に現れた。


 たしか名前はバレットだ。


 いつも通り自信なさげにもじもじしていた。


 まあこいつは落ちぶれたフロムアロー家の男爵令嬢だからな!


 金なし、権威なし、権力なし、未来なしの名ばかりの貴族ってやつだ。


 可哀想にな。


 オレのような金も権威も権力も未来もすべてを持っているものとは、何もかもが違う。


 ふはははは!


 こういうやつは見ているだけで優越感を満たしてくれる。


「え、えっと……実は私も……魔法大会に出場しまして……」


 へー、そうなんだ。


 まあ興味無いけど。


 誰が相手だろうと叩き潰すだけだ。


「その……ちゃんと勝てるでしょうか?」


 なぜそれをオレに聞く?


 まあいい。


 率直に答えてやろう。


「無理だな。少なくともそんな過去の遺物を大事に抱えているようではな」


 フロムアロー家は弓で成り上がった家系だ。


 だが魔法の発展によって弓が廃れ、同時に権力や権威も落ちていったとか。


 過去の栄光が忘れられないのか、今でも弓に縋り付くような可哀想な一族だ。


 いまの時代、弓では魔法には敵わんというのに。


「でも私にはこれしかありません」


「弓がなければ何もできないのか?」


 まあ、なにもできないだろうな。


「過去の栄光に縋っているうちは、落ちぶれたままだぞ?」


 過去ってのは甘美なもんだよな。


 過去が美しければ美しいほどに、つい縋りたくなる。


 でも、こいつは気づくべきだ。


 もう何もないということに。


 オレはアドバイスなど言うつもりはない。


 ただ残酷な真実を伝えるだけだ。


「弱くて惨めで何も持たない自分を受け入れろ」


 受け入れて、惨めなまま生きろ。


 そしてオレのような何もかも持っている人間を羨むといい。


 そのほうが遺物ゆみに縋るよりは幾分かマシだろう。


「受け入れるって……どうやって?」


「弓なんて捨てちまえ。そうだな、代わりに魔銃でも持てばいい」


 弓使いが銃を持つなんて屈辱だろう?


 ハッハッハ!


 やはりオレという人間は性格が悪いぜ。


 まあ悪徳領主だから仕方ないか!


「私は変わるべきなんですね……。変わるためには、これはもう不要です!」


 バレットはそういってバキッと弓を折りやがった。


 は?


 なにやってんの?


 さんざん言ってやったのに、なぜかバレットのやつ覚悟のこもった目になりやがった。


 なんでだ?


 もしかしてこいつ、マゾなのか?


◇ ◇ ◇


 バレットはアークに好意を抱いていた。


 魔法大会に参加したのも、少しでもアークに認められたいという下心からだった。


 アークが訓練所にいると知り、偶然をよそおって話しかけた。


 しかし、アークに辛い現実を突きつけられてしまった。


「弓がなければ何もできないのか?」


 フロムアロー家は代々弓を扱ってきた。


 弓に対する誇りは人一倍あった。


 父も母も祖父も祖母も弓をこよなく愛し、偏執的なまでに弓に拘っていた。


 貧乏であっても、大切な弓だけ・・・は売らなかった。


 弓だけは守り続けた。


 まるでそれを売ったら、何もかも失ってしまうかのように。


 そんな家庭で、そんな過程を経て育てられたバレットもまた弓を盲信していた。


 魔法が発展した現代で、弓使いは過去のものだ。


 一流の弓使いが、三流の魔法使いが負けてしまうほどに。


 それはバレットも薄々理解していた。


 しかしそれでも、彼女には弓しかないと思っていた。


 唯一の自信、拠り所。


 それがたとえ藁よりも脆いものであっても、バレットは弓に縋るしかなかった。


「過去の栄光に縋っているうちは、落ちぶれたままだぞ?」


 アークの言うとおりであった。


「弱くて惨めで何も持たない自分を受け入れろ」


 受け入れるのが怖かった。


 受け入れたら、本当に何もなくなってしまう気がした。


 そんなバレットに対し、「代わりに魔銃でも持てばいい」とアークは言った。


 バレットは魔銃に憎悪を抱いていた。


 弓の地位を貶めたのは魔銃だからだ。


 しかし、弓に囚われたままでは前に進めないことを理解していた。


 変わるべきであることを理解していた。


 バレットは過去の遺物である弓も、両親の教えも、無駄な誇りも捨てようと決心した。


「変わるためには、これはもう不要です!」


 そういって彼女は大切な弓を折った。


 それが決別の証だった。


 そしてその日のうちに魔銃を買った。


 お金はなかったため、生活費をほとんどすべて使って魔銃を購入した。


 魔法大会で良い成績を残せば賞金がもらえる。


 その賞金を手にすれば当分の生活費は問題ない。


 ちなみにバレットは家からの補助がほとんどないため、生活費をバイトと奨学金で賄っている。


 大会で結果を残せなければ、金銭的にかなり危うい状況に陥ってしまう。


 逆に言えば、自身を追い込んだことで覚悟が決まったとも言える。


 バレットは魔法大会当日まで死ぬ気で魔銃の腕を磨き続けた。


 彼女の練習する姿は鬼気迫るものがあったという。


 普通なら魔銃を数日練習した程度では、ほとんど使い物にならない。


 しかし、バレットは天才的なセンスを持っていた。


 もともと弓を扱ってきたこともあり、狙った的に当てる技術は最高級のものを持っていた。


 さらに魔銃は弓よりも遥かに使い勝手が良い。


 バレットにとって、魔銃の操作など造作もないことだった。


 そうして始まった魔法大会。


 魔法大会には予選と本戦がある。


 予選はサバイバル形式で行われる。


 本戦出場の16名を決めるため、何十人もの生徒が魔法によって拡張された空間で競い合う。


 その中でバレットは、見事本戦出場を決めたのであった。


 大穴も大穴である。


 誰もバレットが勝つとは予想していなかった。


 もちろん、運もあった。


 飛び抜けて強い者がいなかったこと。


 注目されなかったため、誰からも狙われなかったこと。


 用意されたフィールドが複雑な地形であり身を隠す場所が多く、魔銃を扱う彼女にとっては有利なフィールドだったこと。


 しかし、運が良かったとはいえ、最後まで勝ち残ったのは彼女の実力である。


 これによってバレットは自信を持つようになった。


 さらに本戦でもバレットの快進撃は続いた。


 一回戦、二回戦と勝利。


 もともとバレットには才能があったのだ。


 今まではその才能が表に出なかっただけだ。


 魔銃を持ったことで、才能が表に出てきただけだ。


 こうしてアークの何気ない言動によってバレットは覚醒したのであった。

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