37. 亥
大会の出場は面倒だが、オレが無双する姿を見せびらかせるなら悪くない。
むしろ気持ちが良い!
「アーク様。紅茶でございます」
「ああ。ありがとう」
オレはちらっと使用人の女に目を向ける。
女の名前はエバ。
オレが勝手に名付けた。
エバはイノシシの仮面を被った、まるで原始人みたいな格好をしている女だ。
耳にはイノシシから抜いた牙を使ったイヤリングをつけている。
ハゲノー子爵のところで幽閉されていた少女の一人だ。
いま、オレの近くにはカミュラがいない。
カミュラはテストを入手するという重大任務があるからな。
その代わりに派遣されてきた。
変な仮面してるし、感情が全く読めん。
何を考えてるのかさっぱりわからん。
キメラの中で最も感情が読めないやつだ。
オレがじっとエバを見ていたら、彼女は首を傾けた。
「どうされましたか?」
「貴様、いまなにを考えてる?」
「アーク様は今日もお美しく凛々しいです、と考えておりました」
「ははっ、世辞か。悪くない。悪くないが……つまらんな」
オレはおべっかが嫌いじゃない。
むしろ好きだ。
世辞だろうが、オレを称える言葉なら受け取ろう。
だが、つまらんな。
よし。
ちょっと意地悪をしてやろう。
オレは悪徳貴族だからな。
こいつの忠誠心でも試してやろう。
「貴様には大切な者はいるか?」
「アーク様です」
即答しやがった。
使用人としては百点の答えだが、いまオレが求めている答えじゃない。
「いや、違う。そうじゃなくはないが……オレ以外で、だ」
「そのような方はおりません」
はっ。
面白みのない回答だ。
「人でなくとも良い。物でも過去でも、貴様の大切にするモノがあるはずだ」
「はい」
「オレが貴様からその”大切なモノ”を奪うとする。それでも貴様はオレに忠誠を誓えるか?」
エバの忠誠心を疑っているわけでもない。
キメラはみなオレへの忠誠心が高い。
それはオレでもわかっている。
それに、オレは彼女らの獣人族のような見た目が好きだ。
忠誠心が低かろうが、オレにその姿を見せ続けてくれるなら問題はない。
だが、こいつは伯爵であるオレに仕えるのだ。
それも一番近いところで、だ。
オレのそばで仕えるなら、それなりの忠誠を求めたいところだ。
「もちろんです」
またもや即答しやがった。
つまらん。
「ハッ。良い答えだ。では貴様の大切なモノを貴様の前で奪おう。それでも、貴様はオレに忠誠を誓えるんだな?」
「もちろんです。アーク様」
つまらん。
本当につまらない。
だが、見た目は良い。
ぴょこんと生えた耳とか最高すぎる。
やはり獣人族は最強だな。
◇ ◇ ◇
エバは昔のことを思い出した。
それは彼女がまだキメラになるよりも前、幸福に生きていた頃のことだ。
エバは小さな村で育った。
猪を崇めながらも猪を狩り、神に感謝しながら毎日を過ごしていた。
随分と田舎の村で、魔法具なんかもほとんど存在しなかった。
その頃、エバには婚約者がいた。
婚約者といっても、まだお互い子供だったが、小さな村では幼い頃から婚約者がいるなんて何も珍しいことではなかった。
15歳にもなれば自然と結婚するだろうと考えていた。
ちなみに村の成人は12歳。
その歳になると、男は猪狩りが解禁される。
彼女の婚約者はいつも「はやくでっけぇ猪狩りてー」と呟いていた。
当時、エバは婚約者のことが好きだった。
恋愛的な感情というよりも、親愛的な感情を抱いていたものの、その人と結ばれることを望んでいた。
平和な村で心優しい者たちと幸せな未来が待っていると疑わなかった。
そしてエバは幸せになるはずの12歳の誕生日を迎えた。
だが、幸せな未来はやってこなかった。
その日、エバの村にハゲノー子爵の私兵が訪れた。
否――訪れた、という言葉には語弊があるだろう。
ハゲノー子爵の私兵は村を襲ってきたのだ。
後に知ったことだが、ハゲノー子爵が村を襲った目的は少女の誘拐だ。
なくなっても困らないだろう村を襲って、少女を集めていたのだ。
エバは顔が良かった。
だから殺されずにすんだ。
だが、当時の彼女は殺されないのが良かったとは全く思えなかった。
ハゲノー子爵に飼われるという、地獄のような日々が始まった。
そして非人道的な実験の実験体にさせられた。
猪と合体させられたのだ。
エバは幸運にも――いや不運といったほうが正しいかもしれないが――猪と適合してしまった。
見た目もほとんど人間と変わらない。
多少歯が猪の牙のように尖っていることと、耳が猪の耳に似ていること以外は人間と同じだ。
だが、人間を辞めている事実に変わりはなかった。
死にたかった。
でも死ぬことすら許されなかった。
なぜなら、エバたちキメラはハゲノー子爵と
主人の意思に反することはすべて禁じられていた。
そうして地獄のような時間を過ごした後に、エバはアークによって救われた。
エバたちはアークに感謝している。
地獄から救ってくれただけではなく、醜いキメラとなってしまった彼女らを受け入れてくれたのだ。
そんなアークのためなら、平気で命を差し出せるとエバは考えていた。
もしもかつての婚約者とアーク、どちらかを選ばなければならないとしても、エバの考えは変わらない。
何の迷いもなくアークを選ぶだろう。
過去を捨てたエバはアークのためだけに生きていた。
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