34. 地獄絵図

 どん、どどどん、どかっ、どたんっ……。


 外のうるさい物音で、オレは起こされた。


 なんか騒々そうぞうしい。


 黙れ。


 オレが寝ていたのに起こすとは、不遜な者共だ。


 全員氷漬けにしてやろう。


 文句をいうために宿の外に出た。


 すると、気色悪いやつらがウロウロしていた。


 魔物だ。


 オークやゴブリン、その他にも目玉だけ異様にでかい魔物やコウモリのような魔物などがうじゃうじゃいた。


 うへー。


 きもちわるっ。


 こいつらがオレの睡眠を妨げたのか。


 はあ、くそっ。


 ただでさえクソ王女のせいで疲れてるんだ。


 覚悟はできてるだろうな?


 皆殺しにしてやる!


◇ ◇ ◇


 まさに地獄絵図。


 町では大量の魔物が徘徊し、人間を襲っていた。


 逃げ惑う人々。


 応戦する騎士。


 だが多勢に無勢。


 まだ死者は出ていないものの、次々と負傷者が出ていた。


 死者が出るのも時間の問題だ。


 そして全滅するのも時間の問題だ。


 そんな中、ルインは近衛騎士団とともに魔物と戦っていた。


 彼女は学生であるものの、実戦でも通用する魔法を身に着けている。


 騎士がいることで、彼女は詠唱の時間を確保できる。


 だが、騎士の数が減るとともに、詠唱する余裕はなくなっていく。


「アークがいれば……」


 ルインは独り言を言う。


 だが、そう呟いた自分に愕然とした。


 アークを頼りにしていたことに、そしてアークがいなければ何もできてないということに。


 アークは一人で戦う覚悟を決めている。


 そのために異常とも言える行為――刻印――を行っていた。


 ルインにはそこまでの覚悟はない。


 だが、彼女は”守られる側”でいるのは嫌だと思った。


 ルインが望めば、きっとアークは自分を守ってくれるだろう。


 しかしそれは彼の負担を大きくしているだけだ。


 足手まといだ。


 ルインにはアークほどの覚悟はない。


 だが、隣に立つ資格がほしいと思った。


 守られる立場から抜け出す必要があった。


 そのためには、一人で戦う力が必要だった。


 騎士たちは徐々に数を減らしていく。


 このままではジリ貧だ。


 ルインは、自然と一歩を踏み出していた。


 怒号が飛び交う中、騎士たちから離れ魔物のもとへと向かっていく。


――こわい。


 ルインは恐怖を抱いた。


 守られる側から守る側になるのは怖い。


 天才であるルインでも、魔物の群れは怖かった。


 彼女の目の前にはハイオークがいた。


 かつてアークに救われた、そのときの相手もハイオークだった。


 これは彼女の分岐点である。


 そして原作との分岐点でもある。


 守られる側から守る側へと変わる重要な転換点。


 ハイオークが鼻息を荒くしながら、カミュラを見下ろす。


 そして、


「うがああああぁぁぁ!」


 オークは奇声をあげて混紡を振り下ろした。


――あのときの再現ね。


 ルインは心中で呟く。


 同時に、ルインの中で時間が圧縮された。


 オークの動きがやけに緩やかに感じられた。


 ルインは目を見開く。


 脳内で瞬時に演算が処理される。


 魔術師は接近戦に向かない。


 しかし、天才と呼ばれるルインなら、やりようはいくらでもあった。


水刃アクア・カッター


 鋭利な刃物へと化した水が魔物へと向かっていく。


 水刃アクア・カッターは初級魔法である。


 ハイオークの体に傷をつけるのが精一杯だろう。


 しかし、


「がッ!」


 オークの首が飛んだ。


 並の水刃アクア・カッターでは考えられない威力を誇っていた。


 ルインは、アークの魔法の構築過程を真似ていたのだ。


 詠唱魔法の欠点としてアレンジがしにくいことが挙げられる。


 その欠点を無詠唱魔法で補った。


 しかし、いくらシャーリック理論によって演算が短縮されたとはいえ、無詠唱を扱うのは容易ではない。


 だが、彼女は天才であった。


 アークのような凡才まがいものとは違う。


 もちろん、アークの放つ魔法と比べたら威力は劣る。


 しかし、ハイオーク程度・・・なら葬れるほどの威力を誇っていた。


 これは原作にはなかったルインの成長である。


 そもそも本来のエピソードでは、シャーリック理論は存在しない。


 だから彼女が無詠唱魔法にたどり着くことはない。


 これもまたアークの介入によってもたらされた変化だ。


 こうして原作からシナリオが少しずつズレていくのであった。

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