33. 最初の絶望
「おにいちゃん……」
ホゥトは暗い森の中を一人で歩く。
兄を探しに来たのだ。
ホゥトの兄は優しかった。
そんな兄が大好きだった。
このままずっと兄と一緒にいられると思っていた。
突然、魔物が襲来した。
そして兄は町を守るために魔物と戦いに行った。
その後、兄は帰ってこなかった。
周りからは、兄は死んだと言われた。
しかし、ホゥトはその言葉を信じなかった。
どこかに兄がいると信じていた。
そんなホゥトを町民たちは悲しそうな目で見ていた。
兄の死を受け止めきれていないのだろう、と。
しかし、ホゥトは本気で兄が生きていると信じていた。
なぜなら、時々兄の声が聞こえてきたからだ。
兄だけではない。
死んだと言われた多くの人達の声が聞こえてきていた。
そんなとき、王女が町に訪れた。
王女はホゥトたちに謝罪したが、彼女には謝罪される理由がわからなかった。
だって、
――ホゥト
兄は近くにいるのだから。
それは本物の兄の声だ。
彼女は導かれるように、森の中に入っていった。
奥へ、奥へと。
どんどんと進んでいく。
暗い森の中を迷いなく、密日枯れながら歩く。
そして、
「れ……っど……」
そこには兄がいた。
「おにいちゃ……」
兄の声だ。
兄と同じ雰囲気だ。
だが、
「……ッ!?」
「おにい……じゃんだ……よ」
それはまるまるとしていた。
顔が小さく、手や足も小さく、異様に腹だけが大きい。
魔物だ。
腹が裂けて、巨大な口が見えた。
「ひっ……」
ホゥトは正気に戻った。
これは兄じゃない。
兄と同じ声をしたなにかだ。
魔物だ。
魔物がゆっくりとホゥトに近づいてきた。
「やあ……」
ホゥトはゆっくりと後ろに下がる。
しかし、足が木の根に引っかかり、尻もちをついた。
魔物がホゥトの目の前にきた。
「一緒に……なろう……」
魔物が巨大な口を開け、ホゥトを飲み込もうとした。
「きゃあああああああ!」
ホゥトは恐怖のあまり叫び声をあげた。
と、その瞬間――。
「拘束せよ――
女の声が響いた。
鎖が魔物を巻きついた。
◇ ◇ ◇
カミュラは間一髪のところで、少女を守ることができた。
「ぐ……ぐッ…………」
魔物が苦しそうにうめき声を上げる。
「うっ……ううぅ……」
魔物が泣く。
カミュラはその姿を冷徹な目で見る。
そして、
「うおおおおおおおお!」
カミュラを追い越すように現れたスルトが魔物を真上から突き刺した。
「ぐ、がああぁぁぁぁ! ああぁぁっぁ!」
魔物が雄叫びを上げながら、体を激しく揺らす。
カミュラは拘束する力を強める。
すると、さらに魔物は苦しそうにうめき声を上げた。
「頭を潰しただけでは魔物は死にませんよ」
「だったら、燃やし尽くすだけだ」
スルトの剣に轟轟と火が灯る。
陽剣――レーヴァテイン。
世界を焼き尽くすと言われる伝説の黒剣である。
3つある窪みの中央には、燃えるような赤い魔石がはめ込まれていた。
それはスルトがアークからもらった魔石である。
スルトは未だにこの剣を使いこなせていない。
だが、その一部でも使うことができれば大きな力を得ることができる。
そして、その力の一部を得た。
スルトはレーヴァテインを上段に構え、
「ムスペルヘイム――!」
レーヴァテインを振り下ろす。
剣から炎が放たれ、魔物を覆った。
「うがああああああ!」
魔物が
暗闇の中で、スルトの放った炎だけが輝く。
炎が魔物を焼き尽くす。
そして――
――幸せにな。
魔物が呟いた。
静かな森の中で、その声は異様なほどに響いた。
そして、魔物は静かな笑みをたたえ、消滅していった。
「おにいちゃん……?」
ホゥトは魔物がいなくなった場所を呆然と見つめていた。
◇ ◇ ◇
カミュラは目を伏せた。
脳裏に浮かぶのはアークとの会話だ。
少女を救うよりも大事な用事があるとアークは言い、さらにカミュラに命じて王女をこの場所まで
なぜアークは町で待機しているのか。
なぜ王女をこの場所まで連れてきたのか。
町にいたら危険なためだ。
では何が危険なのか?
今から何が起ころうとしているのか?
その答えは先程スルトが倒した魔物にあった。
なぜ魔物が出現するのか?
これまで言われてきたことの一つとして魔力濃度があげられる。
魔力濃度が高い地域ほど魔物が発生しやすい。
だが、そもそも魔物とは何か?
魔物とは、人間が死んだあとの姿である。
カミュラはそう結論づけた。
どういう原理かはわからないが、死者が魔物になるらしい。
ホゥトの兄が魔物になったように。
そして、それはつまり、最近死者が多数出現したエリアは魔物の大量発生する懸念があるということだ。
と、なると、アークが町に残った理由。
そして王女を町から出した理由。
それはすべて一つに繋がる。
町で今から大量に魔物が発生するということだ。
アークは町を助けるために町に居残った。
そして万が一のために王女を避難させた。
カミュラはそこまで理解し、心を痛めた。
なぜ相談してくれなかったのか?
今までもそうだ。
アークはカミュラに何の相談もしてくれない。
発生する魔物の数はかなりのものになるだろう。
一人で背負うには、あまりにも大きな責任だ。
その一部でも責任を分けて欲しかった。
打ち明けて欲しかった。
「いまのは……なんだったのでしょう? 何が起きているのでしょうか……」
遅れてきたマギサが、顔を真っ青にしながらカミュラに問いかけた。
カミュラは答えるかどうか迷った。
だが、おそらくマギサもスルトも、そして少女も理解している。
魔物のもとが人間であることを。
だから彼女はなるべく感情を込めずに言った。
「魔物は人間の死後の姿です」
誰かが息を呑む音が静寂の中に響き渡った。
◇ ◇ ◇
原作で最初に絶望を味わうイベントがある。
それが王女の慰問である。
このイベントは何も救えずに終わるという
原作では主人公一行であるスルト、マギサ、そしてルインが少女を助けに行く。
そこで巨大な口の魔物と遭遇する。
なんとか撃退したものの、腹の中から少女が出てくるというものだ。
つまり、スルトたちは少女を助けられなかったのだ。
少女が魔物の腹から出てきた時の絶望は、彼らにとって相当なものであった。
助けが間に合わなかったことに、スルトたちが悲しみに暮れるというものだ。
だが絶望はここでは終わらない。
少女が赤頭巾の魔物となってスルトたちに襲いかかってくる。
ここで彼らは魔物がもと人間なのだと知り、動揺しながらも赤頭巾の魔物を倒す。
二段階構えの悲劇で、心身ともに疲れ果てるスルトたち。
しかし、ここからが本当の絶望である。
魔物を倒した主人公たちは呆然としつつも、朝になってから町に戻った頃、町が崩壊していているのだ。
大量の魔物が町に押し寄せてきた跡だけが残っているというものだ。
住民も近衛騎士団も全滅。
これが慰問イベントのオチである。
最初の絶望とされるイベント。
何の救いもないイベント。
しかし、アークの介入によって原作とは離れ始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます