32. 赤ずきん

 スルトをいじってやったあと、オレは部屋に戻ることにした。


 だが、


「アーク様!」


 王女に呼び止められた。


 ちっ。


 最悪だ。


 最悪の最悪だ。


 いま一番会いたくない相手だ。


 見つかったからには仕方ない。


「どうされましたか?」


 オレは笑顔を作って対応する。


 顔はひきつっていないはずだ。


「ホゥトちゃんがいないのです!」


 は?


 え?


 ホゥトって、誰?


 あ、そうだ思い出しだ。


 昼間にオレにくっついてきた餓鬼だ。


「どうしましょう……」


 どうしましょう、と言われても……。


 正直、今日はじめて会った餓鬼がどうなろうとオレの知ったこっちゃない。


 それもあの餓鬼、オレのことが嫌いみたいだからな。


 さすがに今日はもう王女相手に、パフォーマンスするのも疲れた。


 オレは適当に会話を無理やり切り上げて、部屋に戻った。


 くくくっ。


 オレは貴族だからな!


 平民がどうなろうと知らん!


 というか迷子になっただけで、なぜオレが探さなきゃならない?


 オレは伯爵だぞ?


 平民の子供を探すなど、オレがやるべきことではない。


 近衛のやつらにでも任せておけ。


 部屋に入ると、


「アーク様」


 うおっ!?


 ビビった。


 って、カミュラか。


 脅かすなよ。


 てか、勝手に人の部屋に入るなよ。


「どうした?」


「少女の場所までご案内します」


 は?


 なんで?


 マジで意味がわからん。


 どういうこと?


 オレが探しに行かないだろ?


 なんでオレが行くこと前提で話が進んでるんだ?


 行くわけないじゃん。


「時間がありません。このままでは少女が死んでしまいます」


 そうか、そうか。


 なるほどね。


 それは大変だ。


「じゃあカミュラ。よろしく」


「……?」


「オレには大事な用事がある。ここに残るから、ホゥトって子救出しといて」


「それは少女を救うよりも大事な用事でしょうか?」


「当然だ」


 なんでオレが行く必要あるの?


 ないだろ?


 オレには、ここでゆっくり休むという大事な用事があるのだ。


 少女の救出<<<<<オレの休憩だ。


 カミュラが少し考える素振りを見せ、


「かしこまりました」


 と恭しく頭を下げた。


「あ、そうそう。王女も連れて行ってあげて」


 なんかあの王女も少女を探してるようだったし。


「マギサ様をでしょうか……?」


 カミュラは首を傾げる。


「なんだ?」


「いえ……なんでもありません。かしこまりました」


 カミュラはもう一度頭を下げてから、部屋を出ていった。


 王女といい、カミュラといい、何を勘違いしているのだろうか?


 本気でオレが助けに行くとでも思っているのだろうか?


 だとしたら、勘違いも甚だしい。


 オレはオレのためだけに生きている。


 そして今のオレが一番求めているのは、ゆっくり休むことだ。


 よし。


 寝るか。


◇ ◇ ◇


 カミュラはアークの指示通り・・・・・・、王女とスルトとともに少女の救出に向かった。


 彼女は当初、アークも一緒に来るものだと考えていた。


 アークなら少女を助けるために行動する。


 そう考えていたのだが、予想が外れた。


 だが、冷静に考えて少女の救出程度なら、カミュラでも十分こなせる。


 だから少女の救出をカミュラに任せたのだろう、と考えることもできるが、2つ腑に落ちない点があった。


 1つ目が、アークが少女救出よりも大事な用事があると言った点だ。


 わざわざ彼が町に残るということは、つまり、今から町で何かが起こる可能性が高いということだ。


 カミュラはアークを絶対視している。


 ”万が一”なんてことが起こらないことは理解している。


 だからカミュラはアークに対して何も心配はしていない。


 心配するということ自体がおこがましいことだと考えている。


 そして2つ目が王女をカミュラに同行させようとした点だ。


 わざわざ王女を危険な場所に向かわせようとする意図がわからなかった。


 しかし、これも1つ目の疑問を考えれば納得がいく。


 おそらく町にいるほうが危険ということだろう。


 なにが危険なのかはカミュラはわからない。


 だからひとまず、目の前の任務を遂行することに専念しようと考えた。


「それでカミュラ様。どうやってホゥトちゃんを見つけるのでしょうか?」


 カミュラはマギサとスルトと合流していた。


「これを使います」


 カミュラは二人に奴隷の鎖スレイブ・チェーンを見せる。


 奴隷の鎖スレイブ・チェーンには2つの機能がある。


 右腕の手枷は戦闘用。


 左腕の手枷は探索用だ。


 正確には、探索するためというより束縛するための機能だ。


 対象を逃さないための力である。


 どんな人間にも魔力が宿っている。


 奴隷の鎖スレイブ・チェーンを使えば、記憶した魔力を追いかけることができる。


 ただし、対象が離れすぎている場合は奴隷の鎖スレイブ・チェーンを使っても反応がない。


 しかし、今回の場合、対象はそう遠くには離れていないはずだ。


 カミュラは左手の鎖をぶらんと下ろす。


 案の定、鎖の先が対象者の方向を示した。


 あとは鎖に導かれるように少女を探すだけだ。


 カミュラは鎖を操作しながら、少女のもとに向かった。


 その後ろをマギサとスルトが付いてくる。


 行き先は森の中だった。


 森には、異様な静けさが漂っていた。


 静寂は危険だ。


 生物が危機を察して逃げ出したかとでも言うべきか。


「……」


 誰も口を開こうとしない。


 誰もが異常事態だと認識している。


 そして走ること数十分。


「きゃあああああああ!」


 少女の声が森の中に響き渡った。


 マギサがビクッと肩を揺らす、スルトが剣を抜く。


 そしてカミュラは身体強化を使い、一気に加速した。


 カミュラは2人を置き去りにして、少女のもとへと向かった。

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