25. きれい
「くそっ! ゴキブリかよ!」
スルトは思わず悪態をつく。
「やめて。下品」
すかさず公爵令嬢のルインが冷たく言い放つ。
二人の顔に余裕はない。
学園の演習で、突如現れた黒ゴーレム集団。
明らかに普通のゴーレムとは違っていた。
動きが素早く耐久度が高い。
だが、それだけなら演習の範囲内だと言えるだろう。
問題は黒ゴーレムが生徒たちを
演習ではありえない。
ゴーレムは生徒に恐怖を与えることはあっても、殺しにかかることは絶対にないからだ。
これはあくまでも学園の演習に過ぎない。
事故で死者が出ることはあっても、故意に死者を出すことはない。
明らかに何かがおかしい。
「なんだよ、こいつら」
スルトはたった一体の黒ゴーレムすら倒せないことに、苛立ちを覚えていた。
スルトの剣では、黒ゴーレムに致命傷を与えることはできなかった。
「スルト」
「なんだ?」
「私を守って」
「……どういうことだ」
「あのゴーレムは並の耐久度じゃない。一気に蹴散らしたいが、術式を構成するには1分ほどかかる」
スルトにとって、ルインを守りながらゴーレムたちの攻撃を1分耐えきるのは簡単じゃない。
しかし、この程度の相手を凌げないほど不甲斐なくもない。
「わかった」
スルトは強く頷く。
二人はまるで示し合わせたように、動き始めた。
スルトは
それと同時に、ルインが詠唱を始める。
黒ゴーレムたちはルインを標的に変えた。
この状態で一番危険なのがルインだと判断したからだろう。
しかし、スルトが黒ゴーレムの行く手を阻む。
カンカン、と音が響く。
一進一退の攻防が続く。
スルトの剣は黒ゴーレムの強固な体に傷を入れることさえできない。
だが、それで十分だった。
スルトは1分間、黒ゴーレムたちの攻撃をしのいだ。
そして、
「――――」
ルインの雰囲気が変わったのを感じ取り、スルトは後ろに大きく飛ぶ。
と、その瞬間、ルインが魔法を放った。
「
水の最上級魔法――ニライカナイ。
魔法には生活魔法、下級魔法、中級魔法、上級魔法、最上級魔法、神級魔法がある。
10代という若さで最上級魔法を会得したルインは、まさしく天才と呼べる存在だった。
ニライカナイに包まれたものは、浄土へと連れて行かれる。
すべてを無に返す魔法。
浄土の水が黒ゴーレムたちを包み込んだ。
直後、
「――――」
黒ゴーレムたちは動きを止め、その場に崩れ落ち、そして泡となって消えていった。
「よくやった」
スルトはルインに目を向ける。
言葉とは裏腹に、ルインの魔法に驚き称賛していた。
あのゴーレムたちを一瞬で葬ったのだ。
そして自分では一体も倒すことができなかったことに、スルトは悔しさを覚えた。
「これは演習の一環じゃない」
「だろうな」
スルトは悔しさを顔に出さないようにして答えた。
なにはともあれ助かった。
そう安堵した――そのときだ。
ごそごそ。
ごそごそごそごそ。
ごそごそごそごそごそごそごそごそごそごそごそごそ。
周囲から嫌な音がした。
スルトはとっさに剣を構え、周りを見渡す。
「本当にゴキブリだな」
一匹見つけると何十匹はいると言われるゴキブリ。
スルトは黒ゴーレムをゴキブリのようだと評したが、案外間違ってはいないのかもしれない。
顔をしかめたスルトを囲うように、大量の黒ゴーレムたちが現れた。
「ゴキブリのほうが百倍マシよ」
ルインは眉をひそめた。
ざっと見たところで黒ゴーレムは10体以上もいる。
「さっきの魔法、まだ使えるか?」
「無理」
「はっ。詰んだな」
スルトは軽口を言いながら、黒ゴーレムたちを見据える。
こんなときに他力本願な自分に嫌気が差した。
「やってやるよ。かかってこい、ゴキブリども。一匹残らず駆逐してやるよ」
スルトが決死の覚悟を決めたときだ。
――
スルトの全身を冷気が襲う。
突如として、周囲の気温が急激に低下したのだ。
そして次の瞬間、黒ゴーレムの体が白く染められていた。
◇ ◇ ◇
ルインは冷めた目で世界を見ていた。
幼い頃から天才と持て囃されてきた。
ウラシマ家はじまって以来の天才児と言われてきた。
大抵のことは理解できた。
同年代はもちろん、大人に対してもどこか見下した目で見てきた。
知識という点では、大人に負けることはあっても、頭の良さで負けることはなかった。
そもそも知識すらも、ルイン以下の大人が大勢いた。
事実、大抵の大人は彼女に敵わなかった。
さすが公爵令嬢だと持て囃すものもいれば、傲慢な娘だと陰口叩くものもいた。
すり寄ってくるものも、遠目で見てくるものも、ルインにとってはどうでも良い者たちだった。
一番の面倒なのは、彼女の頭を利用しようとするものたちだ。
少し調べればわかることを、自分の頭で考えればわかることを、盲目的に彼女に意見を求める者たちが多くいた。
公爵令嬢である彼女の意見を何も考えずに受け入れる者もいた。
そんなものたちを軽蔑しながら、彼女は周りを冷めた目で見ていた。
そして何にも感動を覚えなくなった。
もう百年以上も使える者がいなかった魔法――ニライカナイを覚えたときですらも、感動しなかった。
ニライカナイの習得はウラシマ家の悲願だと言われ、周囲からもてはやされたが心底どうでも良かった。
しかし、いまルインは感動していた。
――
初めて聞く魔法だった。
おそらくアークのオリジナル魔法であろう。
だが感動したのは新規性という点ではない。
その魔法があまりにも美しかったからだ。
アークは一瞬で、10体以上の黒ゴーレムを倒した。
それもルインとは違い、発動までにほとんど時間をかけていない。
シャーリック理論によれば、魔法式の組み立てることで大幅に演算時間を短縮できる。
つまり、シャーリック理論を用いれば、高度な魔法式を一瞬で構成できる。
さらに構成した魔法式を土台にして詠唱魔法を使うことで、より高度な魔法が完成するだろう。
しかし無詠唱魔法と詠唱魔法は根本的に違う。
2つを同時に扱うというのは、まったくの異なる思考プロセスを同時に行っているということだ。
それは右を見て左を見るような行為である。
正確に言えば、無詠唱魔法と詠唱魔法を直列に接続しているため、同時に2つの魔法を構築しているわけではないが難易度が高いことは言うまでもない。
しかし、アークはそれを可能にしていた。
それも一瞬で、だ。
魔法の難易度はルインが会得しているニライカナイに匹敵する。
つまり、アークは
無駄のないプロセスと幻想的で美しい魔法に、ルインは感動していた。
もちろん……と言うのはあれだが、アークに最上級魔法を使えるだけの能力はない。
アークは無詠唱の演算処理を刻印に任せているから、
要はシステムの力を借りているということだ。
実際にアークが行っているのは詠唱魔法の部分だけだ。
しかも、単純な詠唱魔法――初級魔法レベルの詠唱だ。
しかし、そもそも刻印自体が狂人的な行いであり、それをやろうとする酔狂な者はいない。
国内でも、過去に強化人間を作る目的として、孤児を集め、魔法式を強制的に施す実験が行われてきた。
だが結果は失敗。
ほとんどの者は死に、生き残った者も体内の魔法回路が壊れまともに動くことができなくなってしまった。
そのような経緯もあり、刻印を自ら進んで行う者などいないのだ。
と、余談はさておき。
ルインはアークが刻印をしていることを知らない。
つまり、アークが無詠唱魔法と詠唱魔法を並行して行ったように見えるのだ。
だからルインは、アークの技術の高さに感動していた。
「きれい……」
ルインは同年代で自分よりも賢い者を初めてみた。
目を輝かせながらアークを見た。
もちろん、アークの頭の出来はルインが尊敬するほどのものではなく、凡人の粋を出ないのだが……。
こうしてまた勘違いが加速していくのである。
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