24. 無知

 カミュラはアークの指示のもと、サバイバルが行われている島に潜入していた。


 学園生徒に扮し、演習に参加することなど、諜報部隊”指”のトップである彼女には容易なことだった。


 というものの、学園のセキュリティもそんなに甘くはない。


 演習場所は直前まで伏せられているし、そもそも演習場所に行くには、瞬間移動ワープ古代遺物アーティファクトを使う必要がある。


 さらには、瞬間移動ワープを使うことができるのは学園の生徒だけであり、カミュラとて簡単には侵入できない。


 しかし、カミュラはアークから指示を受けた直後に、学園から情報を盗み取り、演習場に事前に潜入していたのだ。


 すでにカミュラは数日間、演習場でサバイバルをしていた。


 アークの気まぐれに付き合わされているのである。


 しかし、カミュラはアークの指示に無駄なものはないと勘違いをしている。


 まさかアークが『ただ楽をするためだけにカミュラを演習場に忍び込ませようとしている』とは考えてもいなかった。


 今回のアークから下された命令は、『演習が無事に終わるように裏から支援しろ』というものだ。


 となると、逆に言えば、演習で何かしらの問題が発生する可能性が高いということだ。


 カミュラは”闇の手の者”の襲撃を考えた。


 しかし、アークはそれを否定した。


 つまり、闇の手の者以外の襲撃、もしくは事件の可能性があるということだ。


 もしも襲撃なら、誰が、いつ、どんな目的で襲撃してくるのか……。


 カミュラはあらゆる情報を集めアークの真意を掴もうとしたが、わからなかった。


 そもそもアークにはまともな真意などないのだから、掴めるはずもない。


 カミュラは一旦思考を放棄した。


 そしてアークから受けた『ゴーレムを倒せ』と命令を忠実にこなすことにした。


 アークの指示に従って、ゴーレムを倒していく。


 そんなときに、突如黒ゴーレムが出現した。


 黒ゴーレムは明らかに普通のゴーレムではない。


 黒ゴーレムに追われる学園生徒たちを、カミュラは無言で見つめていた。


 これこそがアークの危惧していた問題だろう、とカミュラは考えた。


 そして学園の生徒を守ることがカミュラに課せられた任務だろう。


「(みなが)無事演習を終えるよう裏で手を引け」


 とアークが言っていたのを思い出す。


 アークの命令だから、もちろんカミュラは従う。


 しかし、この学園に入ってから、平和ボケした連中に嫌気が指していた。


――アーク様は人知れず闇の手の者と戦われているというのに……。


 カミュラはアークが全身に魔法式を刻み込んでいること――刻印――に気づいていた。


 アークの覚悟を知っていた。


 命がけで戦っていることを知っていた。


 だからこそ、平和ボケした連中を見ると不快感を覚えた。


「きゃあああああ!」


 女の悲鳴が聞こえてくる。


 カミュラは変装を解き、制服の袖を捲くった。


 両腕には奴隷の手枷のようなものが嵌められている。


 それは古代遺物アーティファクトと呼ばれる、現代の技術では制作不可能な魔法道具マジックアイテムである。


 カミュラはこれを何よりも大切にしていた。


 これはアークがカミュラにプレゼントしたものである。


 もちろん、アークにも意図がある。


 アークは『ふははは! 貴様はオレのものだからな! 奴隷には鎖がお似合いだ』というしょうもない考えを持っていた。


 しかしカミュラはそのことを知らない。


 古代遺物アーティファクトをいただけたのは信頼の証だ、とカミュラは考えていた。


 その信頼に応えたいと彼女は本気で考えていた。


 見事な勘違いである。


 ちなみにこの古代遺物アーティファクトはカミュラと非常に相性が良かった。


 古代遺物アーティファクトは使用者の能力にも依存する。


 手枷の古代遺物アーティファクトである、奴隷の鎖スレイブ・チェーンは物質操作ができる者にしか扱えない。


 物質操作とは身体強化フィジカル・エンチャントの応用である。


 身体強化フィジカル・エンチャントが身体内部の魔力操作であるのに対し、物質操作は外部の魔力操作である。


 つまり、対処物を強化・操作する魔法である。


 カミュラは身体強化に長けており、その延長線上の技術である物質操作も得意であった。


 アークが意図したわけではないが、カミュラは非常に相性の良い武器を手に入れたのだった。


 カミュラは右腕の手枷に魔力を込める。


 すると、ジャラジャラと音を立てながら鎖が顕在化した。


 何年もかけて体に慣らした鎖を、カミュラは手足のように動かすことができる。


「穿け」


 鎖の先が黒ゴーレムに迫る。


 そして、


――ドスッ


 鎖が黒ゴーレムの胸を軽々と貫き、魔石の核を割った。


 核を失ったゴーレムはその場に崩れように倒れた。


 黒ゴーレムは決して弱くない。


 むしろ、強い。


 黒ゴーレムの体は高い防御力を誇っており、軽々と貫けるようなものではない。


 敬愛する主人に並べるよう、カミュラは血のにじむような努力を重ねてきた。


「闇の手の者ではないなら、この襲撃は一体誰が?」


 カミュラが顎に手を置き、黒ゴーレムを見下ろす。


「あ、あの……」


 カミュラは振り返る。


 少女がいた。


 カミュラは彼女を知っている。


 というよりも、学園生徒すべてを把握している。


 ポンコツなアークと違って、彼女の頭は非常に良いのだ。


 少女の名はバレット。


 かつてアークが意図せず助けた少女である。


 カミュラはバレットがアークに好意を向けていることに気づいている。


 それに対して思うところはないわけでもない。


 しかし、あの敬愛する主人に好意を向けるのも納得である、とも考えている。


 カミュラの脳はアークのことになるバグるのだ。


「あ、ありがとうございます」


 バレットが弱々しく言いながら、じーっとカミュラを見つめる。


「あなたは確か……」


「カミュラと申します」


 カミュラはうやうやしく頭を下げる。


 バレットもカミュラのことは知っていた。


 ただし、アークの使用人であるということしか知らない。


 まさかカミュラが戦えるとは思っていなかった。


 そもそも、なぜカミュラがここにいるのか?


 アークはどこにいるのか?


 闇の手の者とはなんなのか?


 バレットは疑問が尽きなかった。


 カミュラは「それでは私はこれで」と一礼してから、この場を去ろうとするが、


「あ、あの!」


 バレットがカミュラを呼び止めた。


「なにか?」


「いま、何が起きているのでしょうか!?」


 カミュラは振り向き、目を細める。


「あなたには関係のないことです。

どうぞ学園生活を堪能してください。何も知らないままに」


 カミュラは冷たく、皮肉げに、突き放すように言い放つ。


「何も知らないのは嫌です!」


 バレットはアークの力になりたいと考えていた。


 少しでも近づくために、彼女なりに努力をしたいと思っていた。


「世の中には知らなくても良いこともあります。

知ったところで不幸しか呼ばないこともあるのですよ」


 カミュラは知っている。


 バレットの父が裏でバレットをハゲノー子爵に売ろうとしていたことを。


 しかし、その事実をバレットは知らない。


 あえて知らせないようにしているのだ。


 借金のカタに父親に売られそうになっていたという事実は不幸しか呼ばないのだ。


「一つだけ覚えておいてください。

バレット様はアーク様に救われました。あなたが想像している以上に救われております」


 アークの行いは決してバレットに伝えるべきではない。


 しかし、カミュラからしてみれば、バレットが救われたことにも気づかずに脳天気な顔で学園生活を送るのも許しがたかった。


「あなたの今があるのはアーク様のおかげだということを、どうかお忘れなく」


 カミュラは今度こそ、バレットのもとを去っていった。


 そして残されたバレットだが、カミュラが何を言いたいのかわからず、途方に暮れるのであった。

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