22. 決闘
スルトは天涯孤独の身だ。
闇の手の者に両親と妹、そして
さらにスルト自身も顔を斬られ、焼かれ、3日間生死をさまよった。
彼の目的は闇の手の者を滅ぼすことだ。
魔法学園に入ったのも、そのための力が欲しかったからだ。
スルトは呑気に学園生活を送る生徒たちを馬鹿にしていた。
本物の戦場を知らない餓鬼共、と。
そして貴族共に嫌悪感を抱いていた。
何も救ってくれなかった無能共、と。
アークに対しても同様の評価をしていた。
というより、スルトはアークの功績を知らなかった。
だからアークを”ただの貴族”と考えていた。
だが、スルトは見下していたアークによって助けられてしまった。
彼にとってそれは屈辱であった。
しかしそれ以上に自分の力不足を嘆いた。
たった一体の魔物すらまともに戦えないのに、闇の手の者たちと戦えるのだろうか?
スルトは一人悶々と悩むのであった。
しかし本来のシナリオであれば、スルトは公爵令嬢であるルインとともに魔物を倒し、大きく成長しているはずであった。
スルトは一つ成長の機会を逸していた。
それがスルトの焦りを助長していた。
そして、その焦りがアークへの敵対心となっていた。
◇ ◇ ◇
最近やたらと赤髪野郎がオレを睨んでくる。
なんなんだ、あいつは?
貴族のオレにそんな目を向けるなんて教育がなってないようだな。
まあいい。
オレは心が宇宙よりも広いからな。
平民の視線など一々気にしていても仕方がない。
と思ってたら、向こうから決闘を申し込まれた。
ふんっ。
平民の分際で生意気だな。
オレの寛大さがわからなかったらしい。
仕方ない。
オレが格の違いを見せてやろう。
ってなわけで決闘当日。
オレたちの試合をたくさんのやつらが見に来た。
オレが戦うところをそんなに見たいのか?
良いだろう。
良いだろう。
存分に見せてやろう。
オレのような高貴な存在が戦うところを見て、昇天しても知らないからな?
「アーク・ノーヤダーマ。俺はお前が嫌いだ」
「はっ。結構なことだ。それでどうする?」
「お前を倒す。倒して俺は前に進む」
「やってみるがいい。倒せるものならばな」
調子に乗っているやつをわからせるのは気持ちが良い。
遊んでやろう。
スルトは魔法剣士のようだ。
魔法剣士とは、魔法と剣の両方を使いこなす者だ。
ちなみにオレは剣を使えない。
あんな重いもの持てるかよ。
それに剣を使うとか泥臭いだろ?
オレのような貴族は魔法を使って、優雅に華麗に敵を殲滅するのだ。
試合が始まった。
オレは遠距離から氷魔法を使いまくる。
剣士なんて近づけられなければ負けることはない。
オレの敵ではないのだ!
フハハハハ!
高貴なオレに勝てるはずないのさ!
延々と氷魔法を放っていたらスルトが力尽きた。
少しは持ったようであるが、やはりオレの圧勝である。
これでやつもオレに対して尊敬と大尊敬の念を向けることになるだろう。
ワーッハッハー!
平民がオレに勝てるわけないだろ!
貴族に逆らっても無駄だと思い知ったか!
◇ ◇ ◇
ロストは二人の激闘――否、一方的な戦いを観客席から見ていた。
ちなみにロストは未だにスルトと出会っていない。
本来であれば、ロストはすでにスルトと知り合っているはずである。
しかし、その出会いがアークの原作介入によってなくなってしまった。
だが、ロストはスルトことを把握していた。
スルトの剣の腕前は上級生にも轟くほどであった。
そんなスルトがどこまでアークに食いついていけるか、ロストは興味があった。
そうして始まった決闘。
戦いは一方的なものとなった。
アークが開始早々から氷魔法を放ち続けた。
それをスルトが凌ぐだけの戦いだった。
相手に距離を詰めさせないのは、魔術師の基本的な戦術だ。
だからアークの取った戦法は一般的であり、理にかなっている。
だがそれは理にかなっているだけであって、簡単にできるほど甘い話ではない。
というよりも、剣士からすれば魔術師が距離を取ってくるのは想定内だ。
それをどう攻略するかが剣士の戦いである。
基本的に、剣士が魔術師と戦うときは、クールタイムを利用する。
クールタイムとは、一度魔法を発動したあと再び魔法を発動するまでに要する時間のことだ。
剣士はクールタイムのスキをついて魔術師に接近する。
しかし、アークはほぼクールタイムをなしで魔法を放ち続けた。
それは演算時間を極めて短くするシャーリック理論をもとにした方法である。
シャーリック理論とは並列演算を用いることで、演算の高速化を可能する理論である。
この理論を応用すれば無詠唱魔法を使えるだけでなく、2つの魔法を連続・あるいは同時に放つこともできる。
だが並列演算を用いたところで、大量の演算処理が必要であることに変わりはない。
普通なら演算処理が追いつかない。
だが、アークはそんな演算処理をこともなげにやってのけた。
ロストからすれば、アークの技術は感嘆を通り越して戦慄すら覚えるものだった。
これほど周りを驚かせているアークだったが、彼は「魔法を連続で放ったら最強じゃね?」という極めて浅い考えで行っていた。
というにも、アークは演算処理のほとんどを刻印した魔法式に任せている。
そのため、アークは特に何も考えずに魔法を放っているのだった。
アークと周囲との認識の違いは、こういうところからも生まれているのであった。
◇ ◇ ◇
スルトとアークの決闘。
これは原作にもある流れだ。
だが、その過程と結果は大きく異なる。
生意気な平民に怒りを覚えたアークがスルトに突っかかり、決闘を申し込む。
その結果、アークはスルトにボコボコにされてしまう。
それが本来の流れである。
しかし、今回は過程も結果はその逆である。
スルトがアークに突っかかり、アークがスルトを倒してしまった。
こうして原作とは違うストーリーになっていくのであった。
余談だが、アークが氷魔法でスルトを圧倒する姿を大勢の生徒が見ていた。
またアークはそこそこ顔が良く他人を冷たく突き放す言動が多いことから、”氷の君”というなんともサブイ呼び名を付けられてしまった。
もちろん、アークがそれを知ることはない。
一部の女子生徒がひそかにそう呼んでいるだけだからだ。
ちなみに一部の女子生徒とは、新たに発足されたアークのファンクラブのことである。
アークにファンクラブができるなんて、世も末かもしれない。
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