21. 平等不平等
「少しお話しませんか?」
「……はい」
オレは渋々頷くと、王女が嬉しそうな笑みを浮かべる。
何が嬉しいのやら。
さてはこいつ。
オレが有頂天になっているところに釘を差しに来たのか?
私のほうが偉いとでも言いに来たのか?
嫌なやつめ。
さっさと話を切り上げて立ち去ろう。
「あなたとは一度お話がしかったのです」
さいですか。
「ありがとうございます」
オレはこころにもないことを言う。
「それでお話とはどのような?」
「平等についてです。ぜひアーク様のご意見を伺いたく思います」
は?
なになに?
いきなりどうした?
はっ!?
まさかこいつ!
私とお前とでも立場が違うんだぞ……とでも言いたいのか?
「平等……ですか」
「私は昔から違和感を覚えておりました。同じ人間なのにどうしてこうも不平等なのかと」
「……」
こいつ何を言ってるんだ?
自慢でもしにきたのか?
私は不平等を享受しています、とでも言いにきたのか?
「私は悲しいのです」
は?
ははっ。
まさかこいつ、本気で不平等を憂いているのか?
王女という身分のくせに?
だとしたら、とんでもなく度し難いほどの馬鹿だ。
世の中は不平等まみれだ。
オレなんて前世では不平等のオンパレードだった。
クソ上司に罪をなすりつけなれて、トラックに跳ねられて死亡するなんて笑えない最後を迎えた。
「何が悲しいのでしょう?」
「貴族と平民の不平等。富を持つものと持たざるものの不平等。
魔法を使えるものと使えないものの不平等。男と女の不平等。生まれや育ちの不平等。
あらゆる不平等がこの世界に蔓延っています。
なぜこうも世の中には不平等が蔓延しているのでしょう?」
いや、知らんがな。
「この世界が少しでも平等であれば良いと私はそう願っております。アーク様はいかがですか?」
おいおい、なんつー考えだよ。
このお嬢様は。
びっくりしすぎて目玉が飛び出しそうだぜ。
「私は神を信じております」
「えっと……神ですか?」
そう、神だ。
だって神がいないと、オレがこんなにも恵まれていることに説明がつかないだろ?
オレは王女に目を向ける。
「もしも神が公平を重んじるなら、この世界は出来損ないもいいところでしょうね」
「……つまり、どういう意味でしょう?」
どうもこーもねーよ。
この世界は不平等だし、オレもそれで良いって言ってんだよ。
わざわざ遠回しに言ってるのが伝わんねーのかな?
はあ、めんどくせー。
「多くの者達が
美しい外見と恵まれた環境や立場、十分すぎるほどの富を持つ貴方が
果たしてどれだけの人に届くのでしょう?」
「それは……」
「王女様の服はどこからきていると思いますか?」
「服屋からでしょう? 違うのですか?」
まあ違くはないが、オレが言いたいのはそういうことじゃない。
「国民の血と汗からですよ」
「……ッ」
「ついでに言えば、王女様が食べるものや触れるもの、そのほとんどが国民と血と汗からきております。
もしも本当に平等を望むであれば、一度平民の……そうですね。農民の生活を体験してみると良いでしょう。
手は切り傷でいっぱいになり、髪は汗でベタベトになり、足はヒルに刺され、全身泥まみれになるでしょう。
それでも満足に食事を取れない者もいる」
妹に農作業経験させたけど、最初はひぃひぃ言って死にそうな顔してたな。
あの傲慢な妹が農作業する姿には、優越感を覚えたぜ。
だが、妹は特殊性癖の持ち主だったのか、途中からウキウキして農作業をし始めた。
ちなみにオレは農作業とか絶対にやりたくない。
ムリだ。
オレは領民が働いている間に、優雅に紅茶を飲んでいたい。
不平等を満喫したい。
「不平等な社会は当たり前ですし、今度どれだけ社会が発展しようとも不平等は存在し続けるでしょう」
前世のそれなりに発展した社会であっても、当然のように格差はあった。
「私たちのような上に立つ者は、最も不平等を享受する者たちです。
どうせ不平等が蔓延る社会なら、私たちはその与えられた権利を最大限有効活用するべきではないでしょうか?
それこそが貴族の役目だと私は考えております」
まあつまり、オレたち貴族は権利や権力を使って好き勝手やっても良いってことだ。
どうせ不平等なんだから楽しんだもの勝ちでしょ!
領民の血と汗で得られた税金を好きなように使う。
これこそが貴族の特権!
特権階級最高だぜ!
「そう、ですね……。私は浅はかでした」
「いえいえ。私の考えが正しいとは限りません。あくまでも私の一意見ですので」
まあオレはオレの考えが正しいと信じてるけどね。
悪徳貴族と言われようが、オレは好き勝手生きてやる。
前世のような見下されて見捨てられるようなクソな人生は嫌だからな!
「もう一つだけ質問させてください」
「なんでしょう?」
「アーク様はなぜ、平民の食堂で食事をされているのでしょうか?」
これ前にも金髪野郎に聞かれたな。
そんなの決まってるだろ。
「この不平等な世の中を自分の目に刻み込むためです。
不平等を噛み締めながらご飯を食べるのです」
オレがそういうと王女様は目を見開いた。
まあ彼女には理解できないだろう。
オレは平民よりも贅沢な暮らしをしていることを見ながら、ご飯をいただくのだ。
それが最高のスパイスになる。
平民共を目に刻みながら贅沢を堪能する。
さすがに王女様にはこんなご趣味はないだろうがな。
「……すごいのですね、あなたは。私には到底できそうにありません」
「しなくても良いですよ」
むしろ平民の食堂に王女様が来られたら困る。
オレより身分の高いやつが来たら楽しめなくなるだろ。
「王女様。私からも1つ良いでしょうか?」
「もちろんです」
「ご自身の都合で平等など願わないでください」
「え……?」
もしも万が一、この王女様が権力を持って平等とかいうクソな改革を進めたら、とんでもないことになる。
それだけは避けなければならない。
だから一応、釘を差しておく。
オレは王女に別れを告げてさっさと退散した。
やっぱり自分よりも身分が高いやつと話すのは疲れるな。
◇ ◇ ◇
マギサはアークの言葉を”ノブリス・オブリージュ”という意味で受け取った。
貴族という高い地位には、それ相応の責任が伴うという意味だ。
王女として必要なのは平等を訴えることではなく、その権利を正しく行使することである。
と、マギサはそういうふうに受け取った。
そしてアークが不平等を直視し自身の戒めとするために、あえて平民の食堂でご飯を食べているのだと考えた。
マギサはアークに別れ際、「ご自身の都合で平等など願わないでください」と言われた時、ドキッとした。
彼女はアークの言う通り、自分勝手な理由で平等を願っていた。
皆から平等に接して欲しいという願いから、世の中の平等を願った。
自分本位な考えを、愚かさを、アークに見抜かれているようで、マギサは情けなくなった。
もちろん、すべて勘違いであるのだが……。
アークのほうがよっぽど自分本位である。
ちなみにアークとマギサが会話した場面だが、本来であればスルトとマギサが出会う極めて重要な場面なのだ。
パーティーのバルコニーで二人が語り合い、仲を深めるシーンである。
だが、アークが介入したことで物語は原作から乖離してしまった。
スルトとマギサが話をすることはなくなり、代わりにアークがマギサと話すことになってしまった。
アークは知らず知らずのうちに二人の出会いを潰してしまったのだ。
さすがは原作クラッシャーとでも言うべきか。
余談だが、本来のストーリーでも主人公のスルトもアークと同じようなことを言っていた。
マギサはスルトに向けて「同じ目線で笑い会えるような友達になりたい」と言うのだが、スルトはそれを鼻で笑って平等を否定するのだ。
そしてスルトは自身の過酷な過去をマギサに語るのだ。
スルトの過去を聞いたマギサは自分の考えが恥ずかしくなり、後にノブリス・オブリージュの考えに行き着くことになる。
幸か不幸か、はたまたシナリオの修正力でも働いたのか。
結果として、マギサは原作と同じ考えに至ったのであった。
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