17. 存在しない存在

 はあ。


 最悪だ。


 憂鬱だ。


 同じクラスに公爵令嬢がいやがる。


 オレが威張れる機会が減ってしまうじゃないか。


 オレよりも身分の高いやつなんかいらない。


 全員消えてしまえばいい。


 死ねとは言わんが、少なくともオレの目の前からは消えて欲しい。


 まあいい。


 同じクラスだろうとなんだろうと、関わらなければいいのだ!


 わーっはっは!


 平民共を従えて、好き勝手やってやるぜ!


◇ ◇ ◇


 授業が始まった。


 オレはいま、エムブラとかいう人形みたいな顔した教師から、現代魔法理論の授業を受けている。


 オレのような貴族からすれば、授業なんて容易い。


 優秀な家庭教師から学んだんだ。


 貧民共とは頭の出来が違う!


 ハッハッハッ……!


 はあ。


 だが、やはり公爵令嬢が鼻につくな。


 ちらっと公爵令嬢を見る。


 やつはなかなか頭が良いらしい。


 それもそうだ。


 公爵令嬢なら、良い教育を受けてきたのだろう。


 ムカつくぜ。


 頭が良いのをひけらかしやがって。


 公爵令嬢のやつ、教師に向かって次々と質問していきやがる。


 初授業なのに、内容がどんどん難しくなっていく。


 自分勝手なやつだ。


 他のやつらがついていけてないだろ?


 まあオレみたいな貴族からすれば、余裕についていけたけどな!


 逆にエムブラのほうから公爵令嬢に質問を出しやがった。


 現代魔法における理想的な演算時間について、だ。


 公爵令嬢がすました顔で答える。


 公爵令嬢が自慢気に、得意げに答えているのを見て、オレはニヤニヤが止まらなかった。


 公爵令嬢が答えているのは、少し前までは正しかった。


 だがオレは知っている。


 現在はもっと理論が進化していることを。


 オレが雇った優秀な家庭教師が新たな理論を考え出したからな!


 シャーリックからオレは直々に教えてもらっている。


 これが金と権力をふんだんに使った結果だ!


 オレはドヤ顔で公爵令嬢の間違いを指摘してやった。


 ふはははは!


 知識マウント最高だぜ!


 ふっ。


 公爵令嬢はすました顔をしているが、きっと内心悔しがっているだろうな!


 わーっはっは!


◇ ◇ ◇


 バード男爵令嬢であるバレット・フロムアローはアークと同じクラスになれて嬉しく思っていた。


 そもそも学園に入学したのもアークに会うためであった。


 貧乏貴族であるバレットは、授業料をまともに払えない。


 そのため、平民と同じように授業料を一部免除してもらっている。


 その上でさらに奨学金も貰っている。


 貴族が授業料を免除され奨学金を貰うというのは恥である。


 しかし、アークに会うためなら、その程度の恥は甘んじて受け入れようとバレットは考えていた。


 まさかあのアークと一緒のクラスになれたと知ったときは、内心ガッツポーズをし、思わず小躍りしそうになった。


 バレットはアークに対し、密かに好意を抱いていた。


 だが、バレットはアークに話しかけることができなかった。


 単純に恥ずかしかったのだ。


 影からこっそりとアークを見ていた。


「はあ……。今日のアーク様もカッコよかったです」


 現代魔法理論の授業。


 初回の授業とは思えないほど高度な内容だった。


 というのも、公爵令嬢が次々と教師であるエムブラに質問を出すからだ。


 正直、バレットにはなんの話をしているのか全く理解できなかった。


 おそらく他の生徒も同じだろう。


 明らかに一年生では習わないような内容だが、エムブラはルインと質問を交わしながら授業を進めていった。


 だが、二人の会話にアークが入ってきたときには、さすがにバレットも驚いた。


 バレットには内容がまったくわからなかったが、アークがすごいということだけは理解できた。


 バレットはふと、自分のことが情けなくなった。


 バレットの家は貧乏だ。


 何もない。


 無駄な誇りだけを抱いているだけの貧乏貴族だ。


 バレット自身も何もない。


 頭が良いわけでもなければ、自慢できるモノがあるわけでもない。


 それに対し、アークは様々なものを持っている。


 すべてアーク自身で掴んできたものだ。


 フロムアロー家と比べても劣ってしまうくらいの領地を、アークは見事立て直したのだ。


 バレットは今まで何もないことを諦めていた。


 しかし今、持っていない自分を恥じるようになった。


 そして少しでもアークに近づきたいと考えるのだった。





 本来のストーリーでは、バレットは魔法学園にはいない。


 闇の手の者の一員として、主人公たちの前に立ちはだかる。


 しかしこの世界では、バレットはアークに好意を抱き、現状を変えるために努力しようと決意した。


 この変化が今後、どのように物語に影響を与えていくのだろうか。

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