14. キメラ
その少女は死んだ目をして生きてきた。
彼女はハゲノー子爵によってキメラに改造された者の一人だ。
ネズミの耳を持っている。
名前は捨てた。
というより、捨てさせられた。
231番。
施設では、それが彼女の名前だった。
名前というよりもただの番号だが。
両親はハゲノー子爵に逆らったということで処刑された。
彼女には双子の姉がいた。
しかし、姉はキメラの実験に耐えきれず、命を落とした。
常に見守ってくれていた両親と半身といえる姉を失った彼女には、もはや何も残されていなかった。
ただ生きているだけだった。
息をしているだけだった。
闇が少女を丸呑みにした。
そんな希望がまったく見えない世界で、その男は現れた。
名前はアーク・ノーヤダーマ。
彼女たちを闇の中から救ってくれた人物だ。
彼女は当初、アークのことを信用していなかった。
そもそもこの世界に信じられるものなど何もないと思っていた。
「貴様らはオレのものだ」
アークがキメラとなった少女たちに向けて言い放った言葉だ。
モノ扱いされても、彼女は何も感じなかった。
怒りも悲しみもない。
ただ、
ハゲノー子爵からアークへと所有者が変わっただけ。
彼女はそう認識していた。
奴隷として扱われることに変わりはない。
人生に希望なんてない。
だが、彼女のその認識はアークの次の言葉で打ち砕かれた。
「貴様らに命じることはただ一つだ。生きろ。生きて、その姿をオレに見せ続けろ」
彼女は思わずアークを見た。
まさかそんな言葉を言われるとは思わなかったからだ。
アークは本気の目をしていた。
本気で彼女らに「生きろ」と命じていた。
彼女にはわからなかった。
もうずっと、絶望の中で生きてきた。
生きることに希望なんて見いだせなかった。
救い出して欲しいときには、誰も手を差し伸べてくれなかった。
両親も姉も失った。
残されたのは醜いキメラとなった自分だけだ。
少女は久しぶりに感情を覚えた。
その感情は怒りである。
彼女はアークに冷たく言い放った。
「こんな醜い姿の私たちに生きろと? 残酷なことをおっしゃいますね」
キメラとなった彼女らに居場所などない。
「醜い? わからんな。オレにはどこが醜いか全く理解できん」
「この耳が見えないのですか? 人間ではないこの耳が」
彼女はネズミとなった耳をアークに見せつける。
「ほら、私はもう人間ではないのですよ。これを醜いと言わずなんと言います?
こんな私に居場所なんてありません。誰も受け入れてなんてくれません。
そんな世界で生きろだなんて、まるで拷問でしょうに」
「じゃあオレが作ってやろう」
アークは一点の曇りのない瞳で言い切った。
「――――」
「受け入れてやろう。貴様らの存在が否定されるなら、そんなこの世界をオレが否定してやろう。
居場所がないならオレが作ってやる。オレの場所が貴様らの居場所だ。どうだ? 文句があるか?」
少女は信じられなかった。
そんな酔狂なことをする人物がこの世界にいるとは思えなかったからだ。
彼女らに居場所を作ったとして、アークになんの得があるのだろう?
醜い者たちを匿っていると、後ろ指をさされるだけだ。
だから彼女はアークの言葉を信じられなかった。
嘘だと思った。
どうせ裏切られるなら最初から信じないほうが良いと思った。
でも……本当は信じたかった。
それから間もなくして、アークの言葉に嘘がないことがわかった。
彼女らキメラに食べるものも住む場所も働く環境さえも与えてくれた。
最初は疑っていた彼女だったが、疑うことすら馬鹿らしいほどアークがお人好しだと気づいた。
アークによって救われた。
返しきれない恩ができた。
一生かけてこの恩を返したいと思った。
「アーク様のためにこの身を捧げることを誓います」
彼女はアークに一生の忠誠を誓った。
第一章 領地改革編 ――完――
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