12 都市侵攻
12 都市侵攻
暦や日付を日常的に視界に入れていないと、たとえ毎日忘れないように日付を記憶していても、いつの間に過ぎた月日に驚かされることがある。
明日の命どころか一瞬先の生死さえ、野蛮人の気紛れで決められてしまうのではないかと恐れていた日々から、実に二年が過ぎていた。私は〈徴税人〉の中でも確固たる地位を築いていた。ボスや〈断頭〉や古株の兵士たちの会合には当然のように出席していた。
このとき〈断頭〉隊だけで隊員が七十人近くいた。レッド隊の二十三人を加えると百人近い大所帯になっていて、〈強肩〉隊を新たに作って別れて行動するかどうかがよく議論されていた。
「三十人連れて行くなら、女たちも八、九人ほどこっちに回してもらうぜ」
それが〈強肩〉の要求だった。あたしはそれに公然と反対した。
「あいつらはあたしが指揮しないと戦力を発揮できない。せっかく鍛えたのにそれは惜しいだろ?」
「俺たちに男だけでやっていけと? 炊事も洗濯も、夜のお楽しみもか?」
〈強肩〉はもうすっかり〈蛇喰鷲〉のことなど忘れ去っていて、他の男たちと同じようにレッド隊の全員――私以外――を犯している。その生活が当たり前だったから、男だけの集団を作って暮らすなど考えられなかっただろう。
「そんなことをさせる気はない。なあレッド、〈猛牛〉をリーダーにして、九人ほど〈強肩〉隊に回してやることはできるだろう?」
ボスの提案にも、私は首を縦に振らなかった。
「ダメだよ、ボス。あの子は強いけど、今は私しかみんなをまとめられない。レッド隊を分けるには時間が必要」
あながち嘘でもなかったが、もちろん私が反対した理由は別にある。
復讐の対象であるこいつらには、同じ場所にいてもらわないと困るからだ。〈強肩〉隊が新たに出来てしまえば、同時に血祭りに上げる機会がなくなってしまう。
「それよりも、人数が増えた今がいよいよ好機だと思わない?」
だから私は誘導した。隊を分けるのではなく、百人の衣食住を賄える物資を獲得するという目標へ。
「都市への侵攻か……。確かに今の人数で奇襲をかければ……」
「〈断頭〉隊以外の隊も集めれば相当な人数になるでしょ?」
以前からこの目標を掲げている一方で、ボスが都市部への襲撃に及び腰なのもわかっていた。
だが私には豊富な物資を略奪して隊を分けずに済むようにしたいということ以外にも、ある程度の規模の町を襲撃したい理由があった。
「ボス、今こそ長い悲願を成就させるときだよ。都会の、白人に尻尾を振って豊かな暮らしをしてる奴らこそ、私たちの本当の敵でしょ」
迷彩テープをほとんど隙間なく張り付けた野戦服は、思った以上に身体の動きを邪魔しなかった。戦闘になれば全く気にならないというわけにはいかないかもしれないが、車のハンドルを握る程度なら違和感はない。
政府軍から鹵獲した迷彩テープは、量が少ないこともあって今までは限られた者しか使っていなかった。即ち身体が大きく的になりやすいボス、指揮を執る立場ながら自分も前に出がちな〈断頭〉、得意の手榴弾の投擲やロケットランチャーの射撃時に身を晒すことの多い〈強肩〉。他の兵士はくすんだ緑の軍服か元々迷彩模様の野戦服を着る。少年兵も少女兵も戦闘時にはサイズの合わないそれらに袖を通している。
今回の侵攻では私や古株の兵士も何人か野戦服に迷彩テープを張り付けることになった。それも山野用の迷彩ではなく、灰色系統の色を多く使った都市迷彩のテープだ。
「それ本当に意味あるのかなあ? 都会なんて行ったこともないけど、どの家もそんな冴えない色してるの?」
「少なくとも首都は割とそんな感じだったよ」
助手席の〈荒縄〉は都市迷彩の効果を疑っているが、私が誘拐される前二週間過ごした首都の街並みを思い出すと、それなりに意味はありそうだった。
「首都かあ……いつか行ってみたいな。数えきれないくらいの人がいるんでしょ?」
「たいしたことないよ。ロンドンに比べればね」
一千万人、と言いかけてやめる。この子には到底理解の及ばない数字だ。そんな桁の数字を見聞きする機会など今までの人生でなかっただろう。
「何を持っていこうかな。服は二着だけにして、あとは美味しい食べ物がいいかなあ。レッドは何が欲しい?」
レッド隊の面々は町で綺麗な服や下着、そして普段食べることのできないものを片端から強奪していくのを楽しみにしていた。
「服はなんでもいいかな。サイズの合うブラジャーは欲しいけど」
「じゃああたしが選んであげる! レッドに似合うような綺麗な服」
「ああ、任せるよ」
目的の町に着くと、そのまま車で入っていく。〈断頭〉と〈強肩〉の乗る車には重機関銃が据えつけられていて目立ちすぎるので後から町に入る。
警察署の攻撃には戦力を割くが、他は同時により多くの箇所を叩くため、少人数の編成で散らばっていた。
スーパーマーケットのような店で七人を下ろして、残り四人で発電所に向かった。レッド隊の残り十二人は別の車で、こちらも二チームに分かれて各々決まった施設を襲撃する。
「さて、さっさと片付けよう」
服と同じ迷彩テープを随所に巻き付けたアサルトライフルを構え、正面から堂々と乗り込む。
「今からこの発電所は我々が占拠する! 抵抗せずに外に出ろ!」
脅しに天井に一発発砲すると、その場の職員は一目散に逃げていく。
「大勢殺して、我々の声を世界に届ける。白人に尻尾を振って生きる連中に、誇り高き先祖たちが白人に受けた痛みを教えてやれ」
出発前にボスはそう語っていたが、何も町の住民を皆殺しにするような狂ったことをやるわけではない。無力化できれば逃走されても構わない。
「しばらく占拠する予定の町に死体の山を作ったら処理が面倒すぎるからな。殺すのは抵抗する奴だけでいいぞ。少ないようなら無抵抗の奴もいくらか殺すが」
幸いにも警備員が抵抗してくれた。これで今逃げて行った職員の中から犠牲者が出なくて済むといいのだが。
治安の悪い国らしく警備員たちの武装もそれなりだったが、私たちとは実戦経験が違う。銃撃戦で順調に相手の数を減らしていき、最後に
「あと一人なら私だけで十分だ。あんたらは他の部屋にまだ誰か残ってないか捜索してきて」
狭い廊下で散弾は脅威になるが、一対一ならそれほどまずい相手ではない。無防備に身を晒すと相手は発砲してくるが、そのときは遮蔽物の陰。撃ってくるタイミングがわかるなら身を隠すのは簡単だ。
見覚えのある型のショットガンは、装弾数が八発。撃ち切ったことを確認して、十五メートルの距離を一気に詰める。
生きた人間相手に、試したいことがあった。
あの「蠅の舞」を繰り返すことで掴んだ感覚。
弾丸を装填中の警備員の腹を軽く突く。急所を狙う必要はない。鳩尾ではなく腹筋の固い部分を、力を入れずにただ触れるように、速さだけを意識して突く。
死体や丸太を突き続けて気付いたことだが、脱力は速さを生む。力むことで速度は停滞する。
警備員はやや怯んだが、全く力をいれていない突きはたいして効きはしない。ただ速さに反応できていないだけだ。反撃に殴りかかってくるのをかわすと同じ位置にもう一突き。力を抜いて肘から先だけを放り投げるように。
そして次の瞬間、今度は身体全体を使って、渾身の力を込めたヌキテを繰り出した。
「うわっ、派手にばら撒いてるね」
「ああ、こいつのショットガンを奪ってぶち込んでやった」
何度か続く銃声を気にして駆けつけてきた〈荒縄〉が見下ろすのは、胴体に大きな風穴が空いて内臓をはみ出させた死体だ。
だが実際は散弾銃でこの男を撃ってはいない。男の腹には、私が素手で風穴を空けた。
「まだ設備は壊してないね?」
「うん、言われたとおり触ってないよ」
複数の分隊で広い範囲を攻撃する以上、長い時間ボスや他の男たちの目を逃れることができる公算が大きかった。
その隙に、私はネットを使うつもりだった。
政府軍の兵士はもちろん、田舎の村民だって携帯端末くらいは持っているし、よほどの僻地でなければネットにだって繋がる。だが少年兵はネットの使用を厳しく禁じられていたし、いくら文字を覚えてもこの国の言葉が使われている携帯端末を、男たちに見つからないよう素早くいじるのは難しかった。いくら場数を踏んでも、戦闘中にしばらく触れてもいない電子機器で必要な情報を検索する余裕はない。
そして戦場から帰れば身体検査があって略奪品や武器を回収される。それでも隠して持ち帰ることは不可能ではなかったが、見つかったときのリスクを考えて実行はしなかった。
ネットを使えば、外の世界に助けを求めることもできたろう。だが私はそのためにネットを使いたかったわけではない。とうの昔に――少なくとも戦場に駆り出されて敵兵の所持品を漁ることが可能になる頃には――己の手で復讐を果たすと決めていて、自分の生存を知らせて助けてもらおうという気はなくなっていた。
ネットを使う理由はただ一つ。知識がほしかったからだ。
制御室というのだろうか。コンピューターが並んだ部屋があったので、そこを使うことにした。
「爆弾を仕掛ける前に、ちょっとコンピューターを使いたい。男たちが来ないか、外で見張っててくれ」
ネットを使おうとしていることを察しても、今のレッド隊隊員は私を密告しないと信じていた。三人は頷いて部屋の外に出た。通路に誰かがやって来たら探知するのは私には簡単なことだったが、短時間で情報を得るために集中したかったし、PCだろうと携帯端末だろうと、後ろから画面を覗かれるのは気持ちのいいものではない。
並んだPCの中で、すぐに英語で使えるものがあった。これこそ町で見つけたかったものだ。外界の情報が何でも知れるなら、知りたいことは山ほどあった。だが時間は限られている。
私はブラウザを立ち上げ、「ルミナス」とだけ文字入力し、検索した。
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